「わかりやすい」は危うくないか?

この週末の日経新聞「経済論壇から」で、大竹文雄先生がこんなことを書いておられました。

 今回の選挙では、政府与党から意識的に単純化された争点が次々と打ち出された。しかし、単純化には複雑な世の中を、シンプルな論理で説明し、問題点を鮮やかに浮かび上がらせるものもあれば、難しい問題から眼をそらせるための「過度の単純化」もある。
(平成17年9月25日付日本経済新聞朝刊から)

なるほど、なるほど。言われてみれば、小泉政権の重要なキーワードは「わかりやすさ」なのかもしれません。


実際、Webで公開されている経済財政諮問会議の議事録、議事要旨をみても、「わかりやすい」ということが非常に重視されているという印象があります。たとえば、

(竹中議員) ほかにいかがでしょうか。
(小泉議長) 具体化というのは、わかりやすいのは大事ですね。例えば、公用車は全部低公害車に切りかえる。わかりやすいでしょう。保育所、待機児童ゼロ作戦、3年で15万人増やす。補助教員、5万人増やす。こういうわかりやすいのを出していただきたい。一言で。
(塩川議員) そういうのじゃないとわからないよ。こんな理念ばかり言ったって、わからないんですよ。
(小泉議長) 国民が「なるほど、こうか」と。努めてわかりやすいのをやってよ。
(塩川議員) 9月になったら、これは評価を受けるよ。かなり言われるよ。一体小泉内閣は何をやるんだと。
(小泉議長) 民営化をばんと今日打ち出したけど、ああいうわかりやすいのを。補助金も一括、地方交付税を含めて地方分権と。そういうふうにやると。
(平成13年第16回経済財政諮問会議議事録から)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2001/0828/minutes-s.pdf

もちろん、国民に対してわかりやすく説明する、ということは大事なことだろうとは思います。ですから、

(竹中議員) 異議がないので、本議題については原案どおり経済財政諮問会議として了承することとする。
(小泉議長) 短期間のうちに精力的にこの難しい作業を進めていただき、また、概算要求の成案をまとめていただき、本当にありがとうございます。「30兆円、5兆円、2兆円」のキーワード、1.6兆円がなぜ5兆円、2兆円になるのかはわかりにくいので、国民にわかりやすい表現を工夫して欲しい。最終的には結果が一番大事であり、相当変わったことを結果で示していかなければならない。それは私の一番の責任であるので、皆さんにもよろしくお願いしたい。今日は本当にありがとうございました。
(平成13年第15回経済財政諮問会議議事要旨)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2001/0809/shimon-s.pdf

まあ、これはこれで政治的配慮としてわかるものではあります。また、

(金子臨時議員) 非常に良い分析をしていただいたと思う。あと、足らざるところを補うということは民間事業者がやらないとできないが、これをどのようにやるかというところが、なかなかできない。飛騨高山では、土産物はいっぱい売れるが、作っているのはみんな信州の山を越えている。これを作れば良いのだが、地域の民間企業がなかなか作らない。だから、足らざるところを民間にどうやって補わせるかということを考えていただきたい。
(小泉議長) 具体的な特区というのは面白い。具体例を言ってもらうとわかりやすい。外国ではそういう規制緩和があるのかどうかなど、検討の価値はある。
(平成16年第23回経済財政諮問会議議事要旨から)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2004/0907/shimon-s.pdf

これも同様で、政策推進のために「わかりやすく」訴求するというのは大事なことなのでしょう。同様に、

(竹中議員) 市場化テストについては民間議員から非常に具体的な提案があった。それに対して、麻生議員からは地方はやっているのだから、国の役割が大事であるという示唆があった。村上臨時議員からも、アメリカのような分権制度ではないのだから、国の役割が重要だという指摘があった。同時に、麻生議員から公務員の雇用の問題があるから、その問題とセットで考えなければいけないという示唆があった。いずれにせよ雇用のフレキシビリティを高めるための政策等々に関する議論を踏まえるということになろうかと思う。いずれにしても、小さくて効率的な政府のために市場化テストが重要であるという点は、この場の共通の認識だと思うので、こうした考えをしっかり「基本方針2005」に反映していきたい。また、放送・通信の融合については、これは当然の流れであるという確認がなされた。その中で著作権法の問題があるという点については、知的財産戦略本部にもそういう議論があったという連絡をし、またよく協力をしたい。放送・通信のレベルアップも含めて引き続き、ぜひ議論をしていく必要があると思う。
(小泉議長) 「市場化テスト」という言葉は、非常にわかりにくい。「役所改革」というのはわかりやすい。どうやったら競争になって、市場を民間が取れなくても、役所がもっと勉強するようになるか具体例を示して欲しい。負けても、勝っても、どうやったらできるか考えて欲しい。難しい、難しいと言ってもしょうがない。確かに、役所改革になる。これは役所に負けた、これは民間が勝ちそうだという両方の例を出すべきだ。
(竹中議員) その辺りは、村上臨時議員、宮内議長の方でも御議論いただいて、我々も前向きに取り組みたい。
(平成17 年第14 回経済財政諮問会議議事要旨)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2005/0607/shimon-s.pdf

これも政策のPRという技術的手段のことならそうかな、という感じがします。
これなんかは、

(竹中議員) 「民営化基本方針の骨子」の「6.」に書いており、これは是非しっかりと検討をしていこうかと思う。郵政に関して、総理。
(小泉議長) 今はいいが、まだ結論を出す段階じゃないんだけれども、2007年4月に間に合わないという議論について、間に合わないという理由をもう少しわかりやすく説明できないかな。それと、それでは間に合わせるためにはどうしたら間に合うのかと、両方ね、これをもうちょっとわかりやすい理由を出せるような努力をしてください。
(竹中議員) 麻生議員、生田総裁ともよく御相談をして、きちんと議論を詰めていきたいと思う。
(平成16年第21回経済財政諮問会議議事要旨)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2004/0826/shimon-s.pdf

逆の意味でのPRの技術論ということになるのでしょうか?
このあたりまではともかくとしても、

(片山議員) 国民にわかるようなPRをどうやるか、その方法を考えたらいい。本当に改革を進めているのだから。
(小泉議長) 地方に行くと、地方の景観パトロールを民間がやっている。
(片山議員) 森林のレンジャーも始まっている。そういうことを言った方がいい。
(竹中議員) 分かりやすいパンフレットは作ったが、その意味では結果は必ずしも成功していない。これは反省したい。
(牛尾議員) メールマガジンの中に、工程表実行状況の項をつくったらどうか。
(小泉議長) もう500やっているということは、中身を言わなくてもわかりやすい。
(平沼議員) そのうち7割は、もう実施しているとか。
(小泉議長) それで、あと10ぐらい分かりやすい例を挙げるとか。
(竹中議員) 御指摘の点を踏まえて、国民生活局でも暮らしの構造改革ハンドブックのようなものを考えられないか等議論しており、分かりやすさの面と、500や7割というものを、是非PRしたい。それと、本間議員から御指摘があったように、質的な評価みたいなものを民間議員でお願いしたいのと、500項目と言ってもゴールの高さがそれぞれ違うという御指摘があった。それと概算要求の前後を目途に、新しい工程表の準備を是非とも進めたい。
(平成14 年第2回経済財政諮問会議議事要旨)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2002/0125/shimon-s.pdf

ここまでくると、ちょっとどうかな、という気もしないではありません。政策の内容よりも、「わかりやすく説明できるかどうか」ということが重視されているようで、いささか危うい感もなきにしもあらずです。

(竹中議員) 今日は、独禁法改正の中身の話をしているわけではなく、問題意識を皆が持っていることを確認した、ということだと認識している。
(中川議員) 自民党の議論でも、相当反対が強いようだ。
(小泉議長) 独禁法改正については、どの点が賛成で、どの点が反対か、ということをよく議論してほしい。これからどんどん改革を進めることで良い成果を出し、“可視化”というか、“見える化”というのは分かりやすい。「日本改革前線マップ」は分かりやすくて良い。これから実施する取組だけではなく、今、既に各地域に存在するが、全国に知られていない、あるいは外国に知られていないお祭りや、良い地域・良いまち並み等についても、このような前線マップで分かりやすく、全国民や、あるいは対象を絞った外国などに示せればより良くなるため、加えてはどうか。
(竹中議員) 経済の“見える化”については、国民生活局を中心に内閣府全体として取り組んでいるところであり、総理の御意見をぜひ反映させていきたい。
(平成16年第4回経済財政諮問会議議事要旨)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2004/0227/shimon-s.pdf

もちろん、「見える化」は大事だろうと思います。
ただ、私が心配なのは、「わかりやすさ」を追求されるあまり、政策決定において「わかりやすいから」これにしよう、ということにならないだろうか?ということです。
今の世の中、そうそうわかりやすくばかりもいかないわけで、政策についても、最善と思われる施策が必ずしも「わかりやすい」という保証はありません。というか、常識的に考えれば、世の中なにかと難しくなっているわけで、政策だって必ずしも一般的にわかりやすいものが最善とは限らないのではないでしょうか。
もちろん、「わかりやすくない」専門的な議論が私のような一般的庶民に十分に理解できるわけもないわけで、そういう意味では、かつて日本にあったような「専門家への信頼」をいかに回復するか?が重要なのだろうと思います。それはそれとしても、「わかりやすい」「説明しやすい」という理由で(それだけではないにせよ、それが重視されて)政策が決定されるというのは、いかにも危なっかしいような気がします。