経済財政諮問会議、賃金・最低賃金引き上げを要請

昨日開催された経済財政諮問会議で一億総活躍、名目GDP600兆円に向けた具体策となる「希望を生み出す強い経済実現に向けた緊急対応策」が提示され、新聞各紙が一斉に報じていますが、中でもとりわけ注目を集めているのが最低賃金の引き上げです。

 安倍晋三首相は24日、経済財政諮問会議で、現在は全国平均798円の最低賃金を毎年3%程度引き上げ、将来は1千円程度にするよう求め、関係閣僚に環境整備を指示した。過去最大だった平成27年度(18円増)を上回る賃上げで、パートやアルバイトの待遇改善にもつながる。名目国内総生産(GDP)600兆円達成に向け、足踏みする個人消費を刺激するのが狙いで、賃上げに対する政府の関与が一層強まった格好だ。
 首相は諮問会議で「名目GDPを600兆円に増加させるため、賃金上昇などによる継続的な好循環の確立を図るとともに最低賃金もふさわしいものとしなければならない」と述べた。首相が最低賃金で具体的な水準を示すのは初めて。
 首相が目指す名目GDP600兆円の達成には、毎年「名目3%、実質2%」の経済成長率が必要となる。諮問会議でまとめた内容は、27日に開く政府の1億総活躍国民会議で策定する緊急対策にも盛り込む。
…今後、3%の引き上げが実現すれば、28年度の最低賃金は単純計算で24円増の822円、35年度には1千円に達する。
 ただ、最低賃金の引き上げは中小企業を中心に負担が大きい。諮問会議の民間の出席者からも「近年の最低賃金の大幅上げで地方の中小企業は苦慮しており、小規模事業者は存立の危機だ」との声が上がった。
平成27年11月25日付産経新聞朝刊から)

ちなみに緊急対応策の該当部分はこうなっていますね。

2.賃金・最低賃金引上げを通じた消費の喚起
 我が国のGDPの6割は個人消費であり、GDPの成長には消費の増加が不可欠である。消費の伸びは実質賃金の動向に大きく左右されるので、実質賃金の伸びを高め、労働分配率の低下に歯止めをかける必要がある。
GDP600兆円を今後5年程度(名目成長率は平均3%程度)で実現するためにはこれにふさわしい、賃上げや最低賃金の引上げへの取組が重要である。過去最大の企業収益を賃上げにも回していくことを通じ、消費を拡大させ、その恩恵が企業にも還元されるという好循環を実現していく。
(1)昨年の政労使合意を踏まえ、過去最大の企業収益を踏まえた賃上げを期待する。(P)
(2)名目GDPを2020年頃に向けて600兆円に増加させていく中で、最低賃金については、年率3%程度を目途として、名目GDPの成長率にも配慮しつつ引き上げていく。これにより、全国加重平均が1,000円となることを目指す。
(3)このような最低賃金の引上げに向けて、中小企業・小規模事業者の生産性向上等のための支援や、取引条件の改善等を図る。
(4)アベノミクスの成果の均霑の観点から、賃金引上げの恩恵が及びにくい低年金受給者に支援を行う。
http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/2015/kinkyutaiousaku.pdf

一部機種依存文字(○付数字)を変更しています。調整中を示す(P)はさすがに消し忘れだと思いますがママにしました(たぶんすぐ消えると思う)。さらに資料へのリンクがある「経済財政諮問会議の取りまとめ資料・政策の実施状況」のページ(http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/cabinet-index.html)には「※諮問会議(11月24日)の資料から、最低賃金に係る部分を追記(11月24日付)」との記載もあり、想像するにもともとは記載がなかったところ席上での総理発言を受けて追記したものでしょうか。論争的なポイントであるだけに紆余曲折がうかがわれて興味深いものがあります。
そこでまず賃上げについてですが、以前も書いたとおりベースアップ限定なのか賞与込みなのかが最大のポイントです。これについては11月11日の会議に提出された民間議員ペーパーに「来年度の賃金については、業績が拡大した企業を中心に、年収ベースで大幅な引上げを、また、今冬のボーナスについても、最大限の引上げを期待する。」との記載があり(強調引用者)、賞与込みであることが明示されていますので、今回の緊急対応策も同様だと考えていいでしょう。民間議員には榊原氏や新浪氏のような企業経営者が含まれているので当然だという声はありそうですが、しかしそもそも「過去最大の企業収益を踏まえた」と書かれている以上は賞与込みでなければ理屈が合わないとしたものでしょう。
そこで賃上げについての文言をみると「期待する」ということで労使に丸投げになっており、まあ期待するならご自由としかいいようがないわけですが、これまたそもそも基本的に労使の自主的な決定に委ねられるべきものであり、政府の介入は極力抑制的であるべきと考えられますので、「期待する」との表現にとどめたことはそれなりに妥当ではあろうと思います。まあ期待すると言われて期待に応えないことはなかなか難しかろうとは思いますが(ちなみに日銀の金融政策に対しても「期待する」とされています)。
続いて最低賃金ですが「年率3%程度を目途として、名目GDPの成長率にも配慮しつつ引き上げていく。これにより、全国加重平均が1,000円となることを目指す。」ということで、まあ目標として掲げられることはいいのではないでしょうか。新聞記事によれば首相も「関係閣僚に環境整備を指示した」とのことで、その上で経済成長率に配慮しつつ「目指す」ということですから、これを目標に政策を実施するという意味でしょう。何度も書いていますが、生産性の向上や経済活動の活発化の結果としての賃金が上昇し、それにともなって最低賃金も上昇することは基本的には好ましいことだと私も思います。それを実現すべく努力する、その上でその成果である「名目GDPの成長率にも配慮しつつ引き上げていく」ことで1,000円を目指す、ということであれば、まあ考え方としてはそれほど異論を唱えるべきものではないように思います。もちろん本当に可能なのかという議論は別途あるわけですがチャレンジ目標を掲げること自体は悪いわけではないでしょう。ただしチャレンジが必達になって無理矢理にでも実現しようとするととんでもない結末が待っているという事例は最近も起きているわけで、そうならないようにしてほしいと祈るのみです。
ということで、まあ賃上げに期待するのも最賃1,000円をめざすのもよかろうとは思いますが、そのために最重要なのは経済・企業が長期安定的に成長していけるような環境整備でしょう(もちろん企業としても当然ながら技術開発や商品開発などに努力するわけですが)。賃金上昇を効果的に消費増に結び付けていくためには賞与の増額より消費弾力性の高いベースアップが望ましいというのは古くから言われているわけですが、しかし月例賃金はいったん引き上げると下げることはかなり難しいことを考えれば、企業としてもそれなりに長期的な見通しが持てなければなかなか踏み切れるものではありません(これは設備投資についても相当に類似しているのではないかと思います)。そもそも先行き不透明でリーマンショックのようなことが起きかねないと経営者が思えば、投資や賃上げを手控えて内部留保を手厚く持っておきたいと考えるのも自然だろうと思います。
また、消費者(その多くは労働者でもある)が先般の消費増税時のように物価が上がるととたんに倹約を始めるようでは、賃上げが消費増につながる効果も限定されるでしょう。したがって消費者が安心しておカネを使えるようにしていくことが重要で、それには政権のいわゆる第三の矢、「安心につながる社会保障」極めて重要でしょうし(緊急対応策では社会保障政策にはまったく触れていませんがまあ緊急対応策だから仕方ないのか)、それに加えてやはり雇用や労働条件の安定も重要だろうと思います。であれば結局のところ経済・企業が長期安定的に成長できるようにしていくことが必須であり、そのための環境整備が政府の役割となるでしょう。
要するに賃上げも最賃引き上げも多分に結果なのであって、具体的には各論あるでしょうが緊急対応策に書いてあるようなことが十分にできてくればおのずと実現するものだろうという気がかなりするわけです。政府には不退転の決意で取り組んでいただきたいと思います。