パブコメ担当者様、ご同情申し上げます。

先週紹介した労働契約法制についてのパブコメですが、個別に見ていくとまことに味があるというか、面白いものがあります。たとえば、大量の組織票が入ったこの意見ですが、

 中間取りまとめは、全体として、労働法制の規制緩和と企業のリストラや合理化を促進するものであり、このような労働契約法制が整備されたならば、働くものの雇用と労働条件は根底から破壊されることとなる。したがって、研究会の検討課題を一旦白紙に戻し、労働条件の一方的不利益変更や一方的な解雇など、企業の無法・脱法を規制し、実質的な労使対等が実現できるような労働契約法制の制定について再検討するべきである。(労働組合57件、個人264件)

まあ、「根底から破壊される」というのは感覚的な表現でしょうからともかくとして、「一方的な解雇」というのはなんでしょう。解雇というのは使用者が一方的にするもので、労働者が同意すれば同意退職だと思うのですが・・・解雇する前に労使協議しろということかな?「合理性のない解雇」とか「一方的な整理解雇」とかならわかるのですが、まあ、「一方的な解雇」も普通に使うかな。まあ、これは組織票なのであげつらってみました。
以下、掲載順に面白いものを拾い上げていきます。

  • このエントリでは「面白い」部分のみコメントしていますが、当然ながら私も労働条件の対等決定の重要性や労働者保護の必要性などを否定しているわけではありませんので為念注記させていただきます。

 労働契約法制の策定に当たっては、労使が対等に立場にないという現実を踏まえ、労働者保護に役立つことを第一義とするべきである。労働条件は労使の自主決定に委ねることを基本とするという発想は改めるべきである。(労働組合15件、弁護士団体5件、個人40件)

これもけっこうな組織票ですが、労使の自主決定が基本でないとしたらどうするのでしょう?団体交渉も労働協約も労使の自主決定をすすめるしくみだと思うのですが・・・法律で決めるのを基本にするということでしょうか?労働関係団体がそういう宣伝をしたせいか(どうか知りませんが)、今回のパブコメでは、やたらに「労使の自主決定」を全面否定する意見が目立つのですが、それは根本的におかしいと思います。それとも、「労使の自主決定」というのは、労働者個人と使用者との自主決定、という意味なのでしょうか?それなら、労組がそれをけしからんというのはわからないではありませんが、「中間取りまとめ」は基本的に集団的な決定を念頭に「労使の自主決定」と云っていると思うので、議論が噛み合わないのではないでしょうか?


 現状の労働条件の後退を追認するだけの法律を制定するのならば許容できない。実態を深く調査した上で、その対策として何が必要なのかの議論がまず必要である。そうした細やかな対応と一緒に考えなければ、実質的に対等な立場で自主的に労働条件を設定することを促進する環境は作り得ない。現場労働者の意見を汲んだ議論をお願いする。
 また、能力主義成果主義等の労働者の差別化は、柔軟な運用がなければ労働者の勤労意欲をそぎ、ひいては生産性もないがしろにしかねない。能力主義成果主義の効果も議論すべきである。(個人1件)

労働者の差別化の柔軟な運用ってなんでしょう。「能力主義成果主義は差別化であり一切まかりならぬ」という主張の硬直性はよくわかりますが。関係ないか。


 労働契約法制は、個々の労働者と使用者の現実の関係は使用者が圧倒的に有利であることを踏まえ、労働条件の労使対等決定を実現するものでなければならない。就業形態の多様化、労働条件決定の個別化に進展に伴う弊害をどのように是正するかという観点からの議論を求める。
 財界の要望に沿って、迅速・柔軟な労働条件変更のために労働契約法を制定するのはいかがなものかと考える。ホワイトカラー・エグゼンプション導入のために労働契約法を制定することなどは論外である。
 「中間取りまとめ」の提言は、勤労権と団結権の否定である。労使当事者が実質的に対等な立場で労働条件が決定できるような労働契約法制の制定を望む。(個人1件)

財界の要望に沿うことが「いかがなものか」と言われても・・・経団連が「労働界の要望に沿うのはいかがなものか」と言ったら変だと思いませんか?それから、「中間とりまとめ」をどう読めば「勤労権と団結権の否定」になるのでしょうか。勤労や団結を禁止する内容はどこにも含まれていないはずです。


 労働契約法制は、労働者の定着化・固定化を推進すること、サービス残業を根絶すること、残業を例外化すること、同一労働同一賃金の原則を徹底すること、鬱病を予防することを目的とするべきである。(個人1件)

ご意見はよくわかりましたが、「鬱病の予防」まで労働契約法制の目的としろというのは無理というものではないかと思うのですが。「労働者の固定化」を目的とする労働契約法制というのも、なんだか人身拘束を目的にしているみたいで怖いものがあります。


 「中間とりまとめ」は、「上方硬直・下方開放」の観点から労働基準法労働組合法を形骸化させようとするものであり、労働者保護の解体につながるものである。労働者保護と労働条件向上に資する方向での抜本的見直しを求める。(労働組合1件)

「中間とりまとめ」が「下方開放」につながるのではという心配はわからないではないですが、「上方硬直」の観点なんてありますか?最高賃金法とか最短労働時間法(笑)をつくれ、とは書いてないと思うのですが。


 厚生労働省の実情認識は恐ろしいほどに浅薄である。日本では、典型的には、過労死・過労自殺少子高齢化、家庭が破壊されることによる子供の情緒の不安定化という問題が発生している。(個人1件)

 恐ろしいほどに浅薄なのはどなたでしょう。


 労働組合の組織率の低下と集団的労使決定システムの機能が低下を同等に評価することに反対である。むしろ、集団的労使決定システムを有効に機能させることが必要である。
 この報告書の総論における考え方は、憲法第28条で保障された労働三権の否定するものであることから、既に崩壊しかけている労使対等原則をさらに窮地に追いやるものと言わざるを得ない。
 この研究会報告は、すべてが使用者側のためにつくりあげられているとしか言いようがなく反対である。(労働組合1件)

有効に機能させるために(本当に機能するかどうかはともかく)、「中間とりまとめ」は労使委員会というアイデアを示しているのではないでしょうか。それから、総論における考え方のどこが「労働三権の否定するもの」(これもママなのだろうか)なのでしょうか。


 労働契約法制作りに当たっては、労使が対等の立場にないことは冷厳たる事実であって、この事実を踏まえて労働者保護を図るべきである。労働条件決定を労使の自主決定にゆだねることは、結局使用者に19世紀のフリーハンドを与えるに等しい。(個人1件)

「19世紀のフリーハンド」ですか・・・。「中間取りまとめ」のどこをみても、人身拘束や強制労働や中間搾取を認めるなどとは書いてありませんし、労使の自主決定にゆだねるとそうなるとも思えないのですが。


 現在サービス残業や違法派遣、男女の賃金差別などが公然と行なわれている実態がある中で公正かつ透明なルールを労使当事者間に求めることは、労働者側にとって労働条件の切り下げの可能性もあることから、労働契約法制の導入について到底容認できない。(労働組合1件)

これって、労働条件の切り下げの可能性があるから公正かつ透明なルールは到底容認できない、と読めてしまいますが、そういうことなのでしょうか?労働条件が上がりさえすれば不公正かつ不透明なルールでいいということでしょうか?(違うか。)まあ、労働組合としてはそういう考え方もあるでしょうが。



ここまでで、まだ全体の1割も行っていない・・・なるほど、これは行政の担当者も大変でしょう。もちろん、意見を募集し、耳を傾けることは大切ですが。