日本労働研究雑誌1月号

 (独)労働政策研究・研修機構様から、『日本労働研究雑誌』1月号(通巻726号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。今年の色はえんじに近い紫というところでしょうか。

日本労働研究雑誌 2021年 01 月号 [雑誌]

日本労働研究雑誌 2021年 01 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2021/01/04
  • メディア: 雑誌
 今号の特集は「新たな労働市場における労働保険の役割」というもので、副業・兼業や雇用類似の働き方における労働保険の課題とあり方が主要な関心事のようですが、(手厚い)失業給付が(短期の)失業者の求職行動や(長期の)再就職後の行動、マクロの労働市場への影響、さらには失業とメンタルヘルスや幸福度との関係などを先行研究の広汎な整理から論じた阪大の小原先生と沈さんの「失業給付の効果分析」もたいへん興味深そうです。

ビジネスガイド2月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』2月号(通巻898号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

ビジネスガイド 2021年 02 月号 [雑誌]

ビジネスガイド 2021年 02 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2021/01/09
  • メディア: 雑誌
 今号の特集は「非正規社員への待遇差説明義務」で、「最新情報をもとに書式を整理!」となっているように説明用の書式例が3つ提示されていますが、かなり職務分析的で柔軟性やキャリアの観点が欠落していますし、説明も相当詳細にわたっていてかえって紛争の元にならないかと心配になることしきり。さらに言えば、「あなたの仕事は比較対象に較べて大事ではないから処遇も低いです」みたいなことを露骨に書かれるとさすがに就労意欲に差し障るのではないかとも懸念され、このあたりは現場の個別の肌感覚のようなものでうまく適合させていくことが必要だろうなとは思います。
 さらに今号では特別企画として「水町教授が判例から読み解くこれからの同一労働同一賃金」という18ページにわたる記事があり、関係の最高裁5判決をもとに、個別手当の細部にいたるまでていねいに解説されています。さすが当代一流の労働法学者による整理で、わかりやすくまとまっているので多くの読者の参考になると思います(聞き手の森井博子さんの貢献も大きいと推測)。ただまあ水町先生はこれまでの判例が労契法旧20条によるものなので、これからパート有期法8条による事件が出てくればまた異なる判断になる可能性があるというご見解のようで、その差分として例の「同一労働同一賃金ガイドライン」に大いに期待されているようですが、しかしパート有期法8条が労契法旧20条の承継であることは明確なわけですし、ガイドラインも実務上はほとんど使い物にならないわけで、まあ基本的にはパート有期法での事件でも同様な判断となると考えるのが妥当なように思うのですがどんなものなのでしょうか(まあ地裁では面白い判事さんが面白い判決を出す可能性はありますが)。
 なお八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保障」もこの関係で先月に引き続き手当、今回は家族手当を取り上げておられます。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードからみた労働法」は「テレワークの労働時間管理」で、昨今大きく注目されているテレワークにおける労働時間管理の法政策面からの解説として有意義です。

JILPT成果物

 今年は書きたい、と言った割にはなにも書かないうちに1月末が近づいている件(笑)。いや笑いごとではないな。
 さて日曜日の授業のあと久々にオフィスに行って郵便物を回収してまいりました。ということでこの間のいただきもの御礼です。なお授業は日曜日をもって無事今年度分を終了しました(まだ採点が残っていますが)。
 ということで(独)労働政策研究・研修機構様から、以下の成果物をお送りいただきました。いつもありがとうございます。すべて、機構のウェブサイトからダウンロードできます。


●調査シリーズ
No.204(2020年10月)
デジタル技術の進展に対応したものづくり人材の確保・育成に関する調査結果
www.jil.go.jp
No.205(2020年11月)
事業所における労働者の休養、清潔保持等に関する調査
www.jil.go.jp

●資料シリーズ
No.232(2020年9月)
性労働者の育児休業の取得に積極的に取り組む企業の事例―ヒアリング調査―
www.jil.go.jp
No.233(2020年11月)
諸外国の民間教育訓練機関について―アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス―
www.jil.go.jp
No.234(2020年11月)
過重負荷による労災認定事案の研究 その2
www.jil.go.jp

●労働政策研究報告書
No.205(2020年9月)
労災補償保険制度の比較法的研究―ドイツ・フランス・アメリカ・イギリス法の現状からみた日本法の位置と課題
www.jil.go.jp


 JILPTらしく、兼業・副業の労災補償や男性の育児休業など現下の関心が高い事項が調査されています。勉強させていただこうと思います。

今年の10冊

 自粛に明け暮れた1年が閉じようとしておりますが、私の場合その中に「SNSの自粛」というのがあり(笑)、まあ世情不安定な中では発言も慎重にということですね。と言いながらエントリ数は昨年より多く、これはあれだな昨年いかにさぼっていたかということだな(笑)。まあ来年はもう少しペースを上げようかと思っております。
 ということで例年のこれを。例によって1著者1作品、著者五十音順となっております。

上野善久『戦後日本流通業のイノベーターーファミリービジネスの業種転換事例』

戦後日本流通業のイノベーター ファミリービジネスの業種転換事例

戦後日本流通業のイノベーター ファミリービジネスの業種転換事例

  • 作者:上野 善久
  • 発売日: 2020/08/31
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
ご紹介はこちら。
上野善久『戦後日本流通業のイノベーター』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)

梅崎修・池田心豪・藤本真『労働・職場調査ガイドブックー多様な手法で探索する働く人たちの世界』

労働・職場調査ガイドブック

労働・職場調査ガイドブック

ご紹介はこちら。実は昨年末の刊行なのですが読んだのは今年なので。
梅崎修・池田心豪・藤本真『労働・職場調査ガイドブック―多様な手法で探索する働く人たちの世界』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)

川喜多喬『産業社会学論集Vー人材戦略・業界事情編』

産業社会学論集Ⅴ 人材戦略・業界事情編

産業社会学論集Ⅴ 人材戦略・業界事情編

  • 作者:川喜多喬
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
ご紹介はこちら。
川喜多喬『産業社会学論集V』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)

川越敏司『「意思決定」の科学ーなぜ、それを選ぶのか』

 意思決定に関する経済学が要領よくまとめられた解説書で、最新に近い情報にアップデートできます。授業でキャリア意思決定の話をひととおりするのですが、たいへん役立ちました。さまざまな実験が紹介されているのが興味深く、ブルーバックスらしくもあります。

坂本貴志『統計で考える働き方の未来―高齢者が働き続ける国へ』

ご紹介はこちら。
坂本貴志『統計で考える働き方の未来』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)

佐藤博樹・武石恵美子責任編集 シリーズダイバーシティ経営

坂爪洋美・高村静『管理職の役割』

佐藤博樹・松浦民江・高見具広『働き方改革の基本』武石恵美子・高崎美佐『女性のキャリア支援』 本年から刊行が始まった全6冊のシリーズで、今年はこの3冊が出版されました。著者がまったく被っていないので3冊とも取り上げようかとも思いましたが、今年は他にも選びたい本が多く、またこの中から選ぶというのも難しいので、シリーズ前半3冊まとめて1冊扱いにすることにしました。ご紹介はこちら。
坂爪洋美・高村静『シリーズダイバーシティ経営 管理職の役割』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)
佐藤博樹・松浦民恵・高見具広『シリーズダイバーシティ経営 働き方改革の基本』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)
武石恵美子・高崎美佐『シリーズダイバーシティ経営 女性のキャリア支援』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)

菅野和夫『労働法の基軸ー学者五十年の思惟』(聞き手:岩村正彦・荒木尚志

労働法の基軸-- 学者五十年の思惟

労働法の基軸-- 学者五十年の思惟

ご紹介はこちら。
菅野和夫『労働法の基軸』 - 労務屋ブログ(旧「吐息の日々」)

全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』

 理論物理学者にしてSNSの人気者、全卓樹先生による科学読み物です。時に美しく時に優しくおもしろい珠玉のエッセイ22編が収録されています。当然ながら誤字を期待してはいけませんこらこらこら。

水島治郎『ポピュリズムという挑戦ー岐路に立つ現代デモクラシー』

 仕事の必要があって(なぜだ)読んだのですが、主要国における既存政党の退潮とポピュリズムの伸長の経緯・背景、その共通点と相違点などを手広く知ることができ、非常に興味深く読みました。


 ということで以上10冊なのですが、以下番外を追加します。

【番外】尾身茂『WHOをゆくー感染症との闘いを超えて』

WHOをゆく: 感染症との闘いを超えて

WHOをゆく: 感染症との闘いを超えて

  • 作者:尾身 茂
  • 発売日: 2011/10/21
  • メディア: 単行本
 仕事の必要があって(だからなぜなんだ)読んだのですが、こちらは9年前(2011年)の本なので番外に。医学生向けにWHOの仕事、そこで働く意義と醍醐味を伝えるべく作られた、現在も感染症対策の第一人者として新型コロナの専門家会議や分科会で活躍しておられる尾身茂先生の2011年までの一代記です。感染症は2009年の新型インフルエンザ対策まで記載されていますが、現在議論されていることのほとんどは当時議論されていたことがわかります。

【番外】森川喜一郎『「MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム・特撮2020」コンセプト・ブック』

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 書名の展覧会場で即売された本です。書店で売っている本ではないので番外にしました。展覧会そのものもたいへん興味深いものでしたが、この本の解説や、特にマスコットキャラクターのデザインをめぐる座談会は非常に面白く、楽しく読みました。


 本年もお読みいただきありがとうございました。よいお年をどうぞ。

高仲幸雄『ガイドライン・判例から読み解く同一労働同一賃金第3版』/増島雅和・蔦大輔『事例に学ぶサイバーセキュリティ』

 (一社)経団連事業サービスの輪島忍さんから、経団連出版の最新刊、高仲幸雄『ガイドライン判例から読み解く同一労働同一賃金Q&A第3版』と、増島雅和・蔦大輔『事例に学ぶサイバーセキュリティ-多様化する脅威への対策と法務対応』をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

同一労働同一賃金Q&A[第3版]

同一労働同一賃金Q&A[第3版]

  • 作者:高仲幸雄
  • 発売日: 2020/12/24
  • メディア: 単行本
 どちらも専門の弁護士が執筆した実務解説書です。高仲先生の本は以前ご紹介した同書の改訂版で、先般の大阪医大事件やメトロコマース事件などの最高裁判決を踏まえた増補版となっています。増島先生・蔦先生の本は多様なサイバー攻撃の実態と、それぞれに対する企業の対策についてまとめられています。

ビジネスガイド1月号

 (株)日本法令様から、『ビジネスガイド』1月号(通巻896号)をお送りいただきました。いつもありがとうございます。

ビジネスガイド 2021年 01 月号 [雑誌]

ビジネスガイド 2021年 01 月号 [雑誌]

  • 発売日: 2020/12/10
  • メディア: 雑誌
 今号の特集は「コロナ禍の特例を「元に戻す」際の法的留意点」と「派遣労働者の待遇決定」です。緊急事態宣言下で急拡大したテレワークや時差出勤などが解除後に縮小に転じていることは随所で指摘されていますが、従来なかった状況だけにあまり例のない紛争も想定されます。本誌でもいくつかの相談事例が紹介されていますが、判断に迷うケースもあり、しばらくは多少の混乱は避けられないかもしれません。もう一つの特集は例の派遣労働の同一労働同一賃金の労使協定方式についてのもので、令和3年度の一派賃金の通達と対応実務の解説です。これは今後しばらくは毎年の年中行事になるのでしょう。
 八代尚宏先生の連載「経済学で考える人事労務社会保険」は「各種手当の意味するもの」と題して、最近の最高裁判決でも話題になった通勤手当と住宅手当が取り上げられています。通勤手当も住宅手当も就労に必須のものとして(転勤の場合は特に)企業が支給することが労使慣行として定着してきたわけですが、ここで指摘されているとおり、さまざまな不公平やゆがみをもたらしていることも事実でしょう。これらについては「長期的に廃止し、その代償として一定額を基本給に組み込むことが望ましい」とされており、私もそのとおりだと思いますし、各企業ともその方向に進むでしょう。これら手当は基本給と異なり割増賃金や退職金などには影響しないため、過去労使間で労働条件の改善策として便利に使われてきたという側面もあるわけで、そろそろ整理が必要な局面かもしれません。大内伸哉先生のロングラン連載「キーワードでみた労働法」は「敵対的買収」が取り上げられ、企業買収時の労働法の論点が整理されています。

八代尚宏『日本的雇用・セーフティネットの規制改革』

 八代尚宏先生から、最近書『日本的雇用・セーフティネットの規制改革』をご恵投いただきました。ありがとうございます。

日本的雇用・セーフティーネットの規制改革

日本的雇用・セーフティーネットの規制改革

  • 作者:八代 尚宏
  • 発売日: 2020/12/19
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 第2次安倍政権下における雇用・社会保障政策が幅広くレビューされ、将来の方向性が提案されています。感染症対策をふくむアベノミクスの評価にはじまり、長時間労働とテレワーク、同一労働同一賃金と非正規雇用問題、解雇の金銭解決、女性の活躍推進、全世代型社会保障などの最近のトピックが縦横無尽に語られています。
 長年にわたり規制改革のアイコンとして活躍してこられた八代先生だけに、この間の「国民の人気取りで野党の政策を横取りするような」政策には批判的で、日本型雇用からジョブ型雇用へのシフトや、年金支給開始年齢の引き上げといった根本的な政策が必要と訴え、その手法については大筋において規制ではなく市場を活用すべきと主張しておられます。正直「40歳定年」のようなオワコンを担ぎ出しているのはいかがかとも思いますが、全体には頷かされる議論となっています。特に核心に迫っていると感じた一部を引用します。

…いくら社員が競争しても、組織が拡大せず、その成果が乏しい低成長期には、「可能性の乏しい昇進機会をめぐり、大勢の社員が馬車馬のように働く」不毛な結果となる。今後の低成長期には、出世競争は一部のワーカホリックな社員に委ねて、大部分の社員は、各々の得意とする専門的な業務に専念するジョブ型の働き方が相対的に増えることが望ましいといえる。
…1990年代初めからの長期の経済停滞期には、過去と同じような社員の生涯を通じた教育・訓練を続けることは、もはや過剰投資となっている。(p.54)

 日本型がいいとかジョブ型がいいとかいった質的な問題ではなく、「相対的に増えることが望ましい」という量的な問題であること、問題は人材が育たないことではなく、人材への過剰投資、つまり人材を育てすぎていることであることなど、きわめて適切な指摘と思われます。
 ただ、実際にやろうとすると、生計費賃金や企業福祉に依存した社会システムのかなりの部分に影響が出るので(たとえば教育の費用負担を保護者から社会に移すとか)、そこが難しいところですが、だからこそ政治が長期的ビジョンをもって取り組まなければならないということなのでしょうが…。