JILPTの濱口桂一郎先生から、ご著書『外国人労働政策ー霞が関の権限争いと日本型雇用慣行が招いた混迷の30年史』をご恵投いただきました。ありがとうございます。
昨年末にうっかり「新書」とか書いてしまいましたが、四六版の立派なハードカバーでした。失礼しました。
まず副題を見て、確かに霞が関の権限争いと言えるものはあったとして、日本型雇用慣行は何か関係あったっけ?と首を傾げたのですが、『管理職の戦後史』にも通じる話ですが職務で在留資格を定義しようとしても難しいということが一つ、「日本企業におけるOJTを通じた技能形成が途上国への技能移転において有意義」ということで(まあ実際そのとおりという部分もあるわけですが)研修とか技能実習とかいうサイドドアの理屈につながったというのがもう一つで、まあ「なるほどな」と思ったところ。
内容については、私が政策的に関与したのは2000年代前半の一時期だけ、本書で言えば第二部の前半(と第三部の一部)であり、第一部(1980~90年代)についてはその際に歴史的経緯として付け焼刃で勉強した(本書中に登場する梶田孝道(2001)『国際化とアイデンティティ』も読んだなあ。懐かしい)程度なので、あらためて興味深く読みました。中の人ということもあってか旧労働省に手厳しいなという感はあり、小池和男論には例によって違和感もなくはないのですが、このあたりはいずれお目にかかったときにでも。なおかなり古い話でもあるので少し思い出話を書きますと、当時の私は一担当者としてバブル期の人手不足対策に奔走していましたが、外国人労働といえばまず日系(主としてブラジル)人であり、Tier2-3あたりでは相当数が就労していましたがTier1はなんとか持ちこたえていたと思います。技能実習制度が導入された際には本書でも引かれている伊藤欣士(1994)『技能実習制度』を読んで勉強しましたが(たしか総合労研のセミナーにも行ったと思う)、私の結論としては「これは使えません」というもの(厳格に制度どおり運用するとしたらこの結論しかなかったと思う)で、社内でもそう報告した記憶があります。
第二部については、私は主として経団連と総合規制改革会議(名称はこの間だけで2回くらい変わったと思う)のチャネルを通じて関与していたので、まあ今思い出してもいろいろと思うところはありますが、とりあえず本書で「外国人を正面から労働者として政策対象にすべしという労働政策の常識を…実現するに至らせたのは、記憶しておくに値します」と高い評価をいただいていることは非常にうれしく、深く感謝したいところです(規制関連改革会議繰り返し「労働政策関係では敵役」と評価されているのは若干ツラいですが)。
実際のところ、過去の経緯にあまり頓着しない立場からは第一部で描かれているような背景にかかわらず「当然労働者」という常識から議論が始まるわけで、経団連はそれを前提に「質と量の両面で十分にコントロールされた秩序ある受け入れ」「外国人の人権と尊厳が擁護された受け入れ」「受け入れ側、送り出し側双方にとってメリットある受け入れ」の三原則を定立し、省庁横断的に整合性ある政策を実現すべく外国人受け入れ基本法・外国人雇用法の制定や外国人庁の創設を提言したわけです。特に当時の経済界は(企業・労働者レベルにとどまらず)国レベルで「双方にメリット」を重視していて、したがって政府は外交案件として取り組むべきだという議論がされていたと記憶しています。
あとここでも少し思い出話を書きますと、これに取り組み始めた当初に関係者の方と非公式にお話をする機会があったのですが、その際にその方が「外国人がどんどん入ってきて日本社会が混乱したら、企業は責任を取ってくれるんですか?」と言われ、えっ?と思うと同時に、これは企業を労働省に替えても同じだなと思い、逆に言えば「結局責任取らされるのは自分たち」という意味でもあろうなと、まあ勝手に思った次第。うまくいってもメリットは乏しく、しくじったら職業人生終わりかねないとなると、まあ気持ちはわかるかななどと、思わなくもなかったという思い出です。
ということで何やらとりとめのない感想でいまひとつ収拾がついておりませんが、今現在の現実を見ればすでに外国人労働者の労働市場における存在感はかなり大きくなっていますし、生産年齢人口が減少に転じて以降も非常にがんばって労働力人口を増加ないし維持させてきているわけではありますが、しかし一昨年の労働経済白書でも示されているように労働時間ベースの労働投入量は減少し始めているのも事実なので、(先行した諸外国では難しい課題が明らかになっているわけではありますが)将来的に外国人労働者抜きで日本の労働市場が成り立つかというとなかなか難しいと考えるのが素直ではないでしょうか。本書を読むにつけ容易ではなさそうですが、建設的な議論を望みたいところです。
