「働き方改革」法律案要綱

公私ともにようやく一段落(したと思う)。8月にこんなにバタバタするというのもちょっと記憶にないかも。もちろんこの間も世の中は動いており、なにやら人生100年時代構想会議とかいうのも始まったようでまあ忙しいことだ。ということでこの間の動きはカバーできていないところも多々あるのですが、久々に書こうと思います。昨日の労働条件分科会で提示された働き方改革関連8法の一括改正の法律案要綱についてです。
世間の関心は労働時間規制に集まっているようですが、変化点としては多々報じられているように高度プロフェッショナル制度の休日規制が年間104日・4週4日に強化されたことのほか、法人営業の企画業務型裁量労働制の要件が、「勤続3年」をはじめとして、全体的に厳格になったというところでしょうか。
高プロについては何度も書いているように要件が非常に厳格なのでほとんど使えないのではないかと思っており、成立してもごく少数の人がシンボリックに適用されるにとどまるでしょう。逆にいえばエグゼンプションが嫌いな人たちにとってもシンボリックな存在であって許せないということなのかもしれません。強硬な反対論の中にはまるであらゆるホワイトカラーに拡大されるかのような宣伝をしている例もあるようで、まあ確かにそのうち規制改革会議あたりでこの制度ではほとんど使えないのでなんとかしろという話になるだろうとは思います。当然ながら拡大しすぎて適切な労働者保護に欠けてはまずいわけで、そこはそういう話になったときにきちんと議論して適切に拡大すればいいのだろうと思います。法人営業についてはクライアントに対して立場の弱い人もいるだろうと思われますのでその点懸念する意見があるのは理解できるところで、まあここまで絞るとほとんどコンサルタントじゃないかと思わなくもありませんが、それだけに裁量労働制になじむ人たちではあろうかとも思います。
なお細かい話ですが時間外労働の上限規制の適用除外対象として、従来想定されていた新技術等、建設、運転、医師に「鹿児島県及び沖縄県における砂糖を製造する事業」が追加されている(しかも建設、運転、医師が施行後5年間なのにこれだけば施行後3年間)のに目をひかれました。正直すっかり忘れていたわけですが(笑)現行の時間外労働限度基準には適用除外として新技術等、建設、運転に加えて「季節的要因等により事業活動若しくは業務量の変動が著しい事業若しくは業務又は公益上の必要により集中的な作業が必要とされる業務として労働基準局長が指定するもの」というのがあり、前者(季節的要因)として「鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業(砂糖精製業を除く。)」「造船事業における船舶の改造又は修繕に関する業務」「郵政事業の年末・年始における業務」があり、後者(公益上の必要)として「電気事業における発電用原子炉及びその附属設備の定期検査並びにそれに伴う電気工作物の工事に関する業務」「ガス事業におけるガス製造設備の工事に関する業務」があります。でまあ今回はこのうち「鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業」が「(砂糖精製業を除く。)」がない形で特出しされているわけで、ということは今後は砂糖精製業も適用除外になるのかなあとか、書かれなかった業務は適用除外にならなくなるのかなあとか、あれこれと疑問が残るところではあります。公開されている議事録や資料をみてもこれについて議論された形跡はほとんどなく(現状こうなっているという説明はあった)、報告案にも「厚生労働省労働基準局長が指定する業務」については「原則として罰則付き上限規制の一般則を適用することが適当であるが、業務の特殊性から直ちに適用することが難しいものについては、その猶予について更に検討することが適当である。」との記載があるだけです。まあこの書きぶりからすると砂糖以外は適用除外にならなかったのだろうと思いますが、どこでどのように「更に検討」した結果こういう結論になったのかはいささか不思議です。議事録が公開されていない回もありますので、あるいはそこで議論されていたのかもしれませんが、それにしても医師にしても砂糖にしても政治力がモノをこらこらこら。なお医師については「医業に従事する医師」という限定がされており、まあ臨床医に限るという話でしょうか。これの根拠の一つが応召義務であったことを考えればまあそうなるかなという感じです。
次がじん肺法の改正なのですがこれは安衛法改正の友連れなので飛ばすとして、ちょっとどうかなと思ったのが雇用対策法の改正です。
まずは法律名を「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」と改めるということですがなんかあれこれ詰め込みすぎてかえってなにをしたいのかわからないという感じがしますがどうなんでしょうか。つかどう省略するのさこれ。まあ労推法とでもするのかな。
次に「目的等」というのがくるのですが、これがまた法律名と同様の仕儀となっております。

1 国が、経済社会情勢の変化に対応して、労働に関し、その政策全般にわたり、必要な施策を総合的に講ずることにより、労働市場の機能が適切に発揮され、労働者の多様な事情に応じた雇用の安定及び職業生活の充実、労働生産性の向上等を促進して、労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし、これを通じて、労働者の職業の安定と経済的社会的地位の向上とを図るとともに、経済及び社会の発展並びに完全雇用の達成に資することを目的とするものとすること。
2 労働者は、職務の内容及び職務に必要な能力等の内容が明らかにされ、並びにこれらを踏まえた評価方法に即した能力等の公正な評価及び当該評価に基づく処遇その他の適切な処遇を確保するための措置が効果的に実施されることにより、その職業の安定が図られるように配慮されるものとすること。
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000176894.pdf、pp.18-19

ちなみに現行雇対法の目的規定はこうです。

(目的)
第一条  この法律は、国が、少子高齢化による人口構造の変化等の経済社会情勢の変化に対応して、雇用に関し、その政策全般にわたり、必要な施策を総合的に講ずることにより、労働市場の機能が適切に発揮され、労働力の需給が質量両面にわたり均衡することを促進して、労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにし、これを通じて、労働者の職業の安定と経済的社会的地位の向上とを図るとともに、経済及び社会の発展並びに完全雇用の達成に資することを目的とする。
2  この法律の運用に当たつては、労働者の職業選択の自由及び事業主の雇用の管理についての自主性を尊重しなければならず、また、職業能力の開発及び向上を図り、職業を通じて自立しようとする労働者の意欲を高め、かつ、労働者の職業を安定させるための事業主の努力を助長するように努めなければならない。

現行第1条2項は大事なことを言っていると思うのですが、これはさすがに残るのかな。だとすると一見してかなりの内容が追加されることになります。
さて1では「労働者の多様な事情に応じた」「職業生活の充実」「労働生産性の向上」が追加されており、2は同一労働同一賃金を意識しているのでしょうが全体が追加ということになりそうです。要するに働き方改革実行計画が売りにしていた事項をあれこれと押し込んだように見えるわけで、基本法というのはあれこれ細かいことを書き込まないほうがいいのではないかという話はあると思うのですが、しかしまあ何らかの立法措置を講じなければならないとなればこのあたりに並べておくのが実害が少ないという見方もできるのでしょうか。よくわかりません。
中でも「生産性の向上」については労働者代表委員から「法律になじまない」「唐突感がある」という指摘があり、たしかに労組の中には生産性運動に否定的な立場もあることを考えればこの違和感は理解できないではありません。まあ使用者サイドに長時間労働抑制を求めるには生産性向上を持ち出すのがわかりやすいというのも現実でしょうし、実際そういう議論も多いわけで、ここでも生産性向上「を通じて、労働者の職業の安定と経済的社会的地位の向上とを図るとともに、経済及び社会の発展並びに完全雇用の達成に資する」という説明がされているわけです。というか、そもそも生産性とはなにか、分母はヘッドカウントなのかマンアワーなのかはたまた人件費なのかという議論もされている気配はなく、最後は9月1日の職安分科会の参考資料で生産性運動に関する3原則がわざわざ引っ張り出されています。まあ私は生産性運動を支持する立場なので歓迎ではあるのですが、労働者代表はそれでよかったのかなあ。基本法に書かれた「生産性」が生産性運動のそれを指すということが国会審議あたりで明言されてしまうと、しびれる労組もあるんじゃないかなあなどと余計なお世話を書く私。なお時間外労働の上限規制についての報告・建議には「マンアワー当たりの生産性」と書かれているので(まあ労働時間規制の話だから当然だ)、こちらも一応マンアワー当たりと考えておけばいいんでしょうかね。労働時間を短縮したい、賃金も上げたいと言っているわけですから、さすがに人件費当たりの生産性ではなかろうと思いますが。
さてそれはそれとして私が大いに注目したのは「労働者は、職務の内容及び職務に必要な能力等の内容が明らかにされ、並びにこれらを踏まえた評価方法に即した能力等の公正な評価及び当該評価に基づく処遇その他の適切な処遇を確保するための措置が効果的に実施されることにより、その職業の安定が図られるように配慮されるものとすること。」と能力が連呼されているところで、とりわけ前者については「職務に必要な能力等」と一応「等」がくっついてはいるものの能力以外には資格くらいしか思いつかず(後者の「等」には成果や貢献度が含まれうるでしょうが)、職務だけではなく職能も対等に考えられているところは、少なくとも現実の人事管理とは整合的ではないかと思うわけです。
続けて国の施策というのが来るのですが、

1 各人が生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就業することを促進するため、労働時間の短縮その他の労働条件の改善、多様な就業形態の普及、雇用形態又は就業形態の異なる労働者の間の均衡のとれた待遇の確保に関する施策を充実すること。
2 女性の職業及び子の養育又は家族の介護を行う者の職業の安定を図るため、雇用の継続、円滑な再就職の促進、母子家庭の母及び父子家庭の父並びに寡婦の雇用の促進その他のこれらの者の就業を促進するために必要な施策を充実すること。
3 疾病等の治療を受ける者の職業の安定を図るため、雇用の継続、離職を余儀なくされる労働者の円滑な再就職の促進その他の疾病等の治療を受ける者の治療の状況に応じた就業を促進するために必要な施策を充実すること。

となっていて、現行法でもすでに国の施策として1号から12号まで定められているのですが、さらにこれだけ追加するぞというわけですね。1はまずまず丸ごと追加であり、多様性を重視する私としては「多様な就業形態の普及」は歓迎なのですが、「期間の定めのない直接雇用が原則」と言っている労働団体はこれでよかったのかと、またしても余計なお世話を書いてみる。いっぽうで、これはその後に「雇用形態又は就業形態の異なる労働者」と出てくるように請負なども含んでいるわけで(なお参考http://www.works-i.com/dictionary/906)、しかし請負との均衡というのも難しかろうなとも思います。それやこれやであの面倒な法律名になっているのだな。
2は現行法で女性の出産・育児や母子家庭の母・寡婦などについて定められているところに「家族の介護」と「父子家庭の父」を突っ込もうということのようです。3は働き方改革実現会議の目玉の一つですね。
次に事業主の責務として労働者が生活との調和を保ちつつ就業する環境整備努力を追加したいという話があり、まあ労働契約法でもすでに「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」と定められているから仕方ないところでしょう。この労契法の定めがまた「基本法に細かいことを書き過ぎ」だとも思うわけですが。あとは雇用政策基本方針の根拠が現在は雇対法の施行規則になっているわけですがこれを法律に書きたいという話があります。役所の実務としてはかなり大きい変更のはずで、まあそれはそれで悪いたあ言いませんが、名称はどうするのかな。さすがに「労働者がその有する能力を有効に発揮することができるようにするために必要な労働に関する施策の総合的な推進に関する基本的な方針」というわけにはいかなかろうと思うのですが、まあ適当なものをお考えになるのでしょうが…。
次は労働安全衛生法の関連で、労基法改正に合わせた法改正もありますが、メインは産業医の機能強化に向けた省令の改正です。現行でも労働安全衛生規則で産業医の要件や職務、権限などが定められていますが、さらに事業主による産業医への情報提供義務などが追加されるようです。健康確保を強化するのであれば産業医の役割の重要性が高まることは理解できるものでしょう。これにともない提供された個人情報の適切な管理についても定めることとされており、じん肺法の改正もこれにならって個人情報管理について定めるというものです。でまあこれまた細かい話ではあるのですが職業病に関してはじん肺法のほかに炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別措置法というのがあるわけですがこちらは法改正の必要はなかったのでしょうか。まあ、災害発生時の専門医による健康診断というのが新たに発生する可能性はほぼないとは思いますが…。
さて残るは同一労働同一賃金絡みの労契法、派遣法、パート法ということになりますが、本日は時間切れということで明日以降に回したいと思います。