雇用問題についてのまとめ(2)

きのうの続きです。池田信夫先生のブログの、2月1日のエントリ(雇用問題についてのまとめhttp://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/91cdb14c810ee53d7653c4c2b3b56d22)に関するコメントです。

7.労働保蔵を促進する政策は、生産性を引き下げる:解雇する労働者を雇用し続ける企業に政府が補助金を出す「雇用調整助成金」は、小泉政権で廃止の方向が決まったが、最近また増額されている。このような労働保蔵(labor hoarding)を促進する政策は、短期的には好ましいようにみえるが、長期的には労働移動を阻害して生産性を低下させ、労働需要を低下させる。

これは雇用調整助成金制度に対する誤解があるようです。たしかに、あきらかな衰退産業で単に雇用を維持するためだけに助成金を注ぎ込み続けることは生産性を引き下げることはまちがいありません(まあ、比較的短期間で調整が完了し、生産性への悪影響が軽微であるならば、ショックを避けつつ当該産業を「安楽死」させるために助成金を活用することはありうるかもしれませんが)。ただ、雇用調整助成金制度は、あくまで一時的な操業の低下に対応するもので、その先にはまた増産が見込める場合に利用できるものとされています。一時的な減産時に余剰人員を解雇されて失業給付を払うくらいなら、企業にとどめておいてもらって失業給付のかわりに雇用調整助成金を支給したほうが、労働者はもちろん企業にとっても技能の流出が避けられ、再教育コストが不要になるというメリットがある、という考え方です。これが本当に「長期的には労働移動を阻害して生産性を低下させ、労働需要を低下させる」かどうかは検証が必要でしょう。

9.終身雇用は日本の「伝統」ではない:雇用の流動化は「日本の伝統を破壊するものだ」といった議論があるが、これは歴史的にも誤りである。労働人口の80%以上を占める中小企業には終身雇用という慣行はなく、大企業で長期雇用が一般的になったのは1960年代以降である。

「雇用の流動化は「日本の伝統を破壊するものだ」といった議論がある」んですか?私も「伝統」とか「国民性」とかで長期雇用をとらえるよりは、人事管理が進歩してきた結果の姿として長期雇用をとらえたほうが当たっていると思います。まあ、歴史は浅くとも伝統になじんでいるから定着したのだ、というヘリクツめいた言い分もあるのかもしれません。いずれにしても経済学とはあまり関係のない話ではありますが。

10.長期雇用には合理性がある:「解雇規制を撤廃したら、みんないつクビを切られるかわからない」という議論があるが、中核的な労働者については効率賃金としての長期雇用は残る。問題は、合理的な範囲を超えて解雇を規制する規制と司法である。

私としてはここが核心だと思うのですが、「問題は、合理的な範囲を超えて解雇を規制する規制と司法である」というご指摘はかなり当たっていると思うのです。ただ、その解決が解雇規制の撤廃でいいかというと、おそらくそうではない。長期雇用をコミットされて企業特殊的熟練の蓄積に励んだ従業員を、本人になんら非がないにもかかわらず解雇するといった企業の機会主義的な行動は当然規制されてしかるべきでしょう。むしろ問題は、原則3年例外5年の短期〜中期の契約か、定年までの超長期の契約しか許されていないという二極構造にあり、その結果、本来そこまでのコミットと保護を要しない、あるいは求めもしない労働者についてまで超長期の強いコミットと保護が適用されているところにあるのではないでしょうか。であれば、その解決法は解雇規制の撤廃ではなく法の二極構造の是正、多様な労働契約の解禁にあるはずです。

11.解雇規制より積極的労働政策を:労働市場のミスマッチを解消するために職業紹介業の規制を緩和したり、労働者の職業訓練を強化したりする積極的労働政策は、解雇規制のようなマイナスの効果がなく、コストも小さいので望ましい。

これもおおむねそのとおりなのだろうと思います。ただ、ミスマッチ解消という意味では、外部からは見えにくいのですが、ある程度の規模の企業においては企業内労働市場における配置転換とOJTによる職業訓練がかなり効率の高い方法である可能性があることは考慮に入れる必要はありそうです。また、わが国では積極的労働政策の強化が望まれることには同感ですが、コストが比較的小さいだけではなく、効果についても限定的であることにも注意が必要です。特に雇用失業情勢が悪化している場合においては、積極的労働市場政策に大きな期待をかけることには慎重であるべきでしょう。

12.労働生産性を高めることが重要だ:新古典派的に考えると、賃金が低いのは労働生産性が低いためなので、長期的な解決策は労働生産性を高めることだ。日本の労働生産性はG7諸国で最低になり、特にサービス業の生産性が顕著に低下しているので、労働移動を促進して生産性を高める必要がある。
総じていえるのは、雇用の削減を阻止する短期的な「雇用対策」は、生産性を引き下げて雇用の喪失をまねく場合が多いということだ。大不況で成長率がマイナスになっているとき、パイを公平に分配する問題ばかり議論するのは、沈んでゆくタイタニック号のデッキチェアを奪い合うようなものだ。一時的に「需要を喚起」しても、潜在成長率が上がらなければ、景気対策をやめたら元の木阿弥だ。本質的な問題は、生産性を高めてGDPを引き上げ、雇用を創出することだ。分配の公平は、それとは独立の問題である。

生産性を高め、成長率を上げてパイの拡大をはかることこそが大切(私もまったくそう思います)なのに、分配の公平性のほうに注目が集まっている(ように見える)ことに池田先生がイライラされるのはとてもよくわかるような気がします。「雇用の削減を阻止する短期的な「雇用対策」」というのが具体的になにを指すのかはややわかりにくいのですが、IT分野がご専門でその道の権威でもある池田先生が、生産性の高いIT分野にもっと労働力をシフトすれば成長率も上がるのに、とお感じになるのももっともと申せましょう(その効果がどの程度かは議論があるでしょうが)。まあ、生産性の高い分野で労働需要が十分にあるのであれば、もしその分野が本当に生産性が高いのであれば池田先生ご指摘のとおり賃金も高くなるはずで、であればなにも雇用を先行して削減するまでもなく、放置しておいても賃金の低い低生産性分野から賃金の高い高生産性分野への移動は自発的に起こるでありましょう。年功賃金に問題ありとするのであれば、労働条件変更に関する規制緩和を行えば足ります。
ということは、ここでの議論からは離れるかもしれませんが、解雇規制の撤廃によって労働移動を促進する、という考え方にはいささか無理があるでしょう。高生産性分野で需要が十分にあれば、規制の有無にかかわらず労働移動は起こるでしょうし(さらに、移動先でOJTによる職業訓練も行われるでしょう)、需要が不十分なら、解雇規制の緩和は単に失業を増やすだけにすぎないからです。さらに、解雇規制を緩和したときに労働市場に出てくるのは比較的生産性の低い人材が中心となることは容易に想像されます。彼らに職業訓練のコストをかけて高生産性分野への移動を促すことは思いのほか労力を要するかもしれませんし、その後の生産性向上への貢献も限られたものになるかもしれません。