労基署がやってくる!(2)

前回の続きで週刊ダイヤモンドの特集「労基署がやってくる!」の感想の続きです。

Part2の途中まできていますが、残りはまず「労基署が目を光らせる4業界」ということで製造、建設、運輸、介護が紹介されており、前2者は労災(隠し)が起きやすく重大なものになりやすいという事情によるものです。労基署というと不払いや時間外労働のほうが注目されやすいように感じられますが、労災は趨勢的には減少しているものの(しかし記事によると製造業では近年増加しているらしい)まだまだ発生しており、安全衛生はやはり労働基準行政の最重要項目であるべきなのでしょう。運輸についても運転手の長時間労働が問題になっており、毎年監督結果が公表されています。
Part2の最後はPart1の座談会で出てきた「労働者も労基署頼みではなく自分でできることを」という話の関係で、労基署以外の解決方法として労働組合(合同労組)、都道府県労働局のあっせん、労働審判、労働弁護団が紹介されています。合同労組も玉石混交であるという重要な情報も含まれておりよく取材されているなという印象ですが、都道府県労委も個別紛争のあっせんに取り組んでおり、まだ周知度や処理件数は低いものの成果も上がっていると聞きますので、これも紹介してほしかったと思います。あと労政事務所とか労働情報相談センターといったものもありますがこちらはまた玉石混交のようで中には単に合同労組につなぐだけでその合同労組がまた石で…というウワサも聞かなくはありません。最後には「頼れる労働者側弁護士20人」リストがついているという至れり尽くせりぶりで、業界の著名人がリストアップされています。
Part3は「最強の対労基署マニュアル」と題されていて、労基署の指導なども生かしながら労務管理を改善している事例が紹介されています。残念ながら(?)監督を要領よく逃れる方法の手引きではなく、労基署が乗り込んできたときに「しっかりやってます」と堂々と主張できるようにするには、という感じでまとめられていて好感が持てます。こちらも最後には「頼れる使用者側弁護士」リストがついていてやはり著名な先生方が並んでおりますが、もちろんほかにも信頼できる立派な先生は多々おられると思います。ということで労働の世界では弁護士先生というものはかくも明確に労使に色分けされるわけであって労働基準監督行政を委託するなんて無理に決まっていると何度でも(ry
最後のEpilogueは「労働サービス後進国ニッポン監督行政のひずみ」というタイトルで、続けて「労働基準監督行政には二つ問題点がある。監督官のマンパワーの欠如と、労働法制の監督行政機関の複雑さだ。行政のひずみを解消することなくして、労働者を保護できない。」と書かれています。
監督官のマンパワーの欠如については基本的に同じ認識で(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20110822#p1などで書いています)、その強化が必要だというのも最近の経済同友会の提言にからめてまた書いたところです(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20141130#p1)。ただ一昨日も書いたように数的な問題に加えて監督官もまた玉石混交であるという質的な問題もあり、数を増やすと同時に質的な改善も求められると思います。この特集で紹介されている監督官は実名・匿名ともに「玉」に属する人であり、大半の監督官はそのような人たちなのだろうと思いますが、必ずしもそうでない実態もあるというところに踏み込めれば、「質的な改善のためには人材育成に加えて処遇の改善も必要」というところまで踏み込めると思うのですが。
そう考えると「労働法制の監督行政機関の複雑さ」もその質的問題のひとつであり、ここで一昨日書いた「所管法令以外の法令についての「指導」」が記事に登場します。

 二つ目は、労働関係法令が多岐にわたり複雑化していることだ。石嵜信憲弁護士は、「各法の監督機関がそれぞれ異なる。それを整理することなく行政機関が越権行為を繰り返している」と指摘する。
 確かに、監督官は、労働基準法労働安全衛生法などの罰則付きの強行法規に違反する企業を是正するのが仕事だ。だが、「社会の要請に応じて、労働基準行政も変えていかなければならない」(厚労省幹部)側面も出てきている。
(p.63)

これについては異論があるところで、たしかに上述したように労働関連の紛争処理にあたる機関は多く、一見混乱している印象を与えるかもしれませんが、しかしこれは窓口を増やすことで紛争を抱えた労働者が相談しやすくなる(行きやすいところに行けばいい)という観点から増やされてきたという経緯だろうと思いますので、一概に否定できないと思います。
そうした中で、監督官としても相談に来られれば「所管ではない」で片づけるわけにもいかない、乗らないわけにもいかないという実態もあるかと思います。「不当解雇を撤回させてもらおうと労基署に行ったら予告手当の支払いを求める以上のことはできないと言われた」と憤慨している人というのもウェブ上のどこかで見かけたように思います。
とはいえ、かなり裁量度の大きな職務である以上相当の専門性は求められるわけで、「社会の要請」を理由に安易に権限の範囲を広げることは、労働法制が複雑化する中であるほどに専門性の確保の問題を大きくするように思われます。また、記事でも繰り返し強調されているように大きな権限を持つ仕事であるだけに、その行使には一定の謙抑が求められるのではないかとも思われます。やはり、座談会でも指摘されていたとおり、監督官の権限にも限界があることを前提として、別途の解決手段を増やしていくという現状の方向性は間違っていないように思います。
なお、記事ではこの二つのほかに、もうひとつ「キャリアに主要ポストを奪われる」というかなり大きな図表をつけて監督官の昇格ルートに問題提起しているほか、新しい労働時間制度についてのコラムもあるのですが、今日はもう時間切れなのであす以降エントリを改めたいと思います。