「日本はまだ人手不足ではない」

職場の回覧で日経ビジネス9月22日号(通巻1758号)がまわってきました。今回の特集は「隠れ介護1300万人」というものですが、最終ページに掲載されている連載コラム「賢人の警鐘」によせられたビル・エモット氏の記事の指摘が興味深いものでしたので備忘的に転載します。お題は「日本は現時点ではまだ労働者不足ではない。だから賃金は上がらない」。

 「各国の労働力はいつ不足状態に陥るのか」
 昨今、最も注目を集めている議論と言えば、労働市場に関するものだろう。もともと地味なテーマだが、米国、英国、日本という大国がいずれも経済政策上この課題を抱えている。…不足状態に陥ることで、経済に賃金上昇と物価上昇という変化が表れてくるからだ。

 単純に考えれば、労働力は人口統計を見れば分かるはずだ。労働者の数を数えて、それが企業の欲する総数を上回れば、不足するはずだからである。好景気に沸いている現在の日本では、確かに労働力不足が叫ばれている。ところが不思議なのは、賃金はさほど上昇していないことだ。

…この理由を解くカギは、言葉の定義にありそうだ。「労働者」とは誰のことを指すのだろうか。
 男性の労働市場は、統計によれば、1999年に4000万人でピークに達し、今は3760万人となっている。片や、女性は99年に2740万人で、現在は2840万人に増加した。現在も過去最高を更新しているのだ。女性の人口は減少しているものの、労働市場にはかつてないほど流れ込んでいる状態が続いている。
 高齢者の「労働者」の場合はさらに定義が難しい。現役を引退した人は、労働市場から差し引くべきなのかどうか。
 いずれにしても65歳以上の人口は間違いなく増えている。2003年65〜69歳人口は34.7%だったが、2013年には39.8%に達している。つまり、不足と言われていながら、実態は、女性や高齢者が労働者に転じたことで、労働の供給は増えているのである。ことほどさように、労働者の実数把握は難しい。結局明らかなのは、日本は現時点でまだ労働者不足ではないということだ。だから、賃金も上がらないのである。
(「日経ビジネス」2014年9月22日号(通巻1758号)、p.116)

省略した部分では黒田日銀総裁カンザスシティ連銀でのプレゼン(https://www.boj.or.jp/en/announcements/press/koen_2014/ko140824a.htm/)を引用しながら日本における非正規雇用労働者の増加にもふれており、それもあわせて考えれば、エモット氏が言わんとしているのは日本ではたしかに労働需要が高まっているが、多数の女性や高齢者が労働市場流入しており、かつそれらが比較的低賃金の非正規雇用形態で雇用されているため、まだ賃金の上昇が起きておらず、したがって(賃金上昇が起こるほどの)労働力不足ではない、ということのようです。実際に労働力調査や一般職業紹介状況などの結果によればたしかに昨年から今年にかけて女性や高年齢者の新規求職者数は増勢にあるので、エモット氏の見立てが当たっているのかもしれません(正確な判断にはさらに分析が必要でしょうが)。
ということで、非正規雇用の賃金はすでに上昇傾向にありますので、今後正規雇用の賃金が上がる、あるいは相対的に賃金の高い正規雇用が増加するといった形での賃金上昇が期待されますが、それにはもう一段の労働力不足状況の実現が求められているということになりそうです。