雇用制度改革なるもの(4)

さて昨日の続きで、産業競争力会議のテーマ別会合のペーパー(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/dai4/siryou2.pdf)から解雇ルールについてもう一言。まず再掲。

判例に基づく解雇権濫用法理による解雇ルール(労働契約法第16条)を見直す。その際、若手・中堅世代の雇用を増やすために、例えば、解雇人数分の半分以上を20代-40代の外部から採用することを要件付与する等も検討すべき

たとえば何らかの事情で100人が余剰となり整理解雇をする場面を考えましょう。この要件の下では、100人減らそうと思ったら年代問わず200人解雇して20代-40代100人を外部から採用しなければならないということになります。極めて不効率であり、しかも本来解雇される必要のない人が100人強制的に解雇されるという理不尽なことになります。普通に考えて解雇される200人の中には相当数の20代-40代がいるはずで、若手・中堅世代の雇用を増やす効果も限定的でしょう。整理解雇を迫られているような状況の中で熟練した従業員を解雇して未熟練の労働者と入れ替えることを強いられるわけですから、いかに整理解雇がしやすくなったとしてもこの負担に耐えられるかどうか、かなり危なっかしい話ではないかと思います。きわめてお粗末な提案と申し上げざるを得ません。
ということで全体を通じての感想はよくもこんなグダグダな代物を首相が出席する会議に出したもんだというもので、事務局の官僚のみなさまは恥ずかしくないのかしらん。中にはかなり重要な問題提起もあり、ホワイトカラーの労働時間規制のあり方や雇用契約の多様化などについては私も共通の問題意識や近い意見を持っているものもありますので、全体的にあまりにダメなせいで含まれているものがすべてダメだと思われても困るなあという感じです。
さて今日はずいぶん短く終わったので、続く「4. 若者・女性・高齢者の雇用・活躍推進」以降についても簡単に見ていきます。

 持続可能な経済成長のために、20代-40代世代がより活躍できる経済社会の構築は極めて重要である。そのために、先の少子化対策に加え、女性・若者の就労施策により、20代-40代の雇用とダブルインカムによる世帯収入を増やし(世帯収入倍増計画)、“Double income with kids”を実現すると同時に、中高年においても、個々のライフステージに応じた多様な働き方ができるようにする。特に女性の社会進出、労働参加を高めていくために、ロールモデルを早急に構築する。
【KPI】
○女性管理職比率30%。(行政においては、平成27年度末までに国の本省課室長相当職以上の女性割合を5%程度、女性の採用割合を30%程度等とする目標達成)
○女性理工系人材の比率を20%
○総労働力人口 年1%増

さすがに「世帯収入倍増計画」はスローガンでしょうね。共働きをすれば収入は単純に倍増するとはいくらなんでも考えていないだろうと思います。
女性管理職比率が30%というのも意欲的な目標でそれはそれで悪くはないと思うのですが達成時期を書かないと意味がないとも思うかな(そういえば労働生産性も達成時期が示されていなかった)。行政のほうは「平成27年度末までに」と時限が切られて「本省課室長相当職以上の女性割合を5%程度、女性の採用割合を30%程度」となっていて、これはおそらく既存の目標なのでしょう。一見して役所の目標は5%で全体の目標は30%という乖離の大きさが目をひいておいおいという感じですが、これは役所に甘いというよりは「女性管理職比率30%」というのが時期を示さない、要するにいつか達成できればいいというものだからなのかもしれません。時期を示さないなら「月に人間が住めるようにする」とかいう目標だって立てられるわけでね。
あと「総労働力人口」というのは見慣れない言葉ですがこれは労働力人口とは違うのかな。たぶん同じだろうなとは思いますし、間違いとまではいえないかもしれませんが文書のクオリティとしては問題だと思います。

【重点施策】
● 女性管理職比率30%以上の企業への経済的インセンティブ(補助、税制)
【具体策】
(1) 世帯収入倍増計画と高齢者の雇用促進
子育て支援対応企業(子供手当/20-40代の賃金カーブを高くする/企業内保育所設置等)への税制優遇(再掲)

・ 50代後半から75歳まで新たに働ける産業の創出と早期退職など仕組みづくり
・ 農業の6次産業化を進めていくに際し、若い世代のみならず、60歳以上の第二の人生を送るというエンジニアの方々も積極的に呼び込む
(2) 新卒者採用率の向上
・ 大学就職責任者と企業の採用責任者間でのマッチングの場の設定。特に、地方においては、自治体が主催し、地域企業と大学担当者間で必要な人材について議論を行い、開示
・ 9月入学とGap Yearの導入の為の社会制度整備

子供手当(これは民主党政権のあれではなく企業が有子の従業員に給付する手当ですね)や「20-40代の賃金カーブを高くする」だけで税制優遇していただけるわけですか。まあ有難い話ではあるのですが、しかしそんな面倒なやり方をせずにそれこそ民主党子供手当みたいに子どもに直接給付したほうがよほど簡単だし合理的なように思うのですがどんなもんなんでしょうか。共働きを奨励したいのなら共働きを支給要件にすればよろしい。生活給を厚くしたい企業もあれば生計費なんて知らないよという企業もあるわけですから、税制があまり干渉するのはいかがなものかと思います。それでもこういうやり方をあえて提案するというのは、その効果として50代の賃金カーブを低くしたいという期待があるのでしょう。なんでか知らないけどさ。なお企業内保育所への支援は公営施設を代替するわけですから大いにやればいいと思います。
「50代後半から75歳まで新たに働ける産業の創出と早期退職など仕組みづくり」というのも、まあ50代後半の人はとっとと出てって「新たに働ける産業」に行ってほしいということなのでしょう。まあ「新たに働ける産業」がそれなりにディーセントなものならばそれもいいかもしれません。少なくとも再就職支援金を支払って解雇するという発想よりは新たな雇用を提供して退職いただくほうがよほどマシだと思います。しかしそんな都合のいい産業があるならとっくに出来てるわなとも思いますが。次をみると農業が想定されているようなので、まあうまくいくといいですねという感じです。
「大学就職責任者と企業の採用責任者間でのマッチングの場」というのもちょっとイメージしにくく、大学のキャリアセンター長と企業の人事部長をマッチングしてどうしようというのでしょう。あれかな、「特に、地方においては」は「自治体が主催し、地域」にまでかかるにとどまり、地方以外においては自治体ではなく大学・企業の主催で「マッチングの場」を設定して「企業と大学担当者間で必要な人材について議論を行い、開示」をやるということでしょうか。なんかまずい文章だなあ。なおこの「必要な人材について議論を行い、開示」という発想がいかにダメかについては過去散々書いてきたと思うので繰り返しません。まあ武田薬品さんがおやりになってはどうですか。
あと新卒者採用率の向上のために「9月入学とGap Yearの導入」をやるということですが、これはどの程度効果があるのでしょうか。まあ海外留学が増えるとかいう効果を期待しているようなので、案外採用率向上にもつながるかもしれません。しかし「新卒者採用率」というのも耳慣れない用語で、こういう時って「新卒就職率」とか言わないかなあ普通。
なおちなみに、同じ産業競争力会議に提出された田村憲久厚生労働大臣提出資料(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/dai4/siryou6.pdf)のほうは、さすがに専門家である厚生労働官僚の手になるものだけあって、おかしな用語や事実関係の誤りや妙な思いつきみたいなものはありません(それだけに1か所「人財」が飛び出しているのがイタイところですが(笑))。これはこれで内容的には物足りないし申し上げたいこともありますが。