雇用制度改革なるもの(3)

さてさて昨日の続きです。産業競争力会議のテーマ別会合のペーパー(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/dai4/siryou2.pdf)を見ていきます。

(3) 再就職に向けた労働者の教育・訓練・職業紹介
・ 企業の社会的責任として、社外に通用するスキル(例えば、財務・経理、法務、IT語学など)に関する社員教育を充実させるため、企業会計上、教育・訓練費をPLでなく、BSに反映させる(漸次償却)仕組みの検討(関係法令見直しのための審議会等のプロセスが必要)
・ 上記機会を得られなかった企業従業員に対する国による機会の提供
・ 企業が行う従業員教育、転職支援に対し、労働保険特別会計の積立金(5.9兆円)を充当(明確な使途がなければ企業、従業員への返却も検討)
ハローワークの持つ求人情報や各種助成金個人情報保護法下にて民間に開放し、人材派遣と職業紹介を統合した新しいサービスや、細分化された専門学校での委託型職業訓練とマッチングやカウンセリングの一体化など、民間の創意工夫を徹底活用
ハローワークの地方移管・民間開放、職業訓練バウチャーの導入

「教育・訓練費をPLでなく、BSに反映させる(漸次償却)仕組み」ですか。人的投資も設備投資と同じように会計上扱いたいということだろうと思うのですが、まあ気持ちはわかります。ただ、いかに「社外に通用するスキル」とは言っても企業内での教育はほとんどOJTで行われるわけで、それをどうやって投資として把握するのかというのは相当の難題のように思われ、なんか企業の人材育成の実態を知らない人の思いつきだなあという印象です。あと、なぜかここだけ「関係法令見直しのための審議会等のプロセスが必要」とわざわざ記載されているのですが、実際にはこのペーパーにある雇用関連の課題の中に審議会プロセスが不要なものはほとんどありません。そういうことをわかって書いてるのかなあ。
それから、社外に通用するスキルに関する教育の充実を「企業の社会的責任」というのもなんだかなあという感じです。これはおそらく米国流のエンプロイヤビリティが念頭にあるのでしょうが、米国の場合は「雇用を守らないかわりに転職可能性の高いスキルが身につくようにします」というものであり、あくまで優れた人材をひきつけるための総合的労働条件の一環なので、これを企業の社会的責任と整理するのも妙な話だと思います。
「上記機会を得られなかった企業従業員に対する国による機会の提供」というのはまあ公共職業訓練の拡大ということで、今でもかなり行われています。むしろこれを無償で(企業が社会的責任として行うことの代替なのですから当然無償が想定されているのだと思いますが)大きく拡大すると専門学校とかの民業圧迫にならないのかしらと余計な心配をしてみたり。
「企業が行う従業員教育、転職支援に対し、労働保険特別会計の積立金(5.9兆円)を充当(明確な使途がなければ企業、従業員への返却も検討)」というのは雇用保険に追加的な助成金制度をつくるということでしょうか。まあ企業内教育や転職支援に外部経済があると評価するなら助成金もよろしかろうと思いますし頂戴する企業は有難かろうとも思うのですが、しかし「明確な使途がなければ企業、従業員への返却も検討」というのはなんでしょうね。少なくとも積立金の用途は給付が増大した際に取り崩すというものであり、これで私は使途は十分すぎるくらい十分に明確だと思います。いや本当に積立金を返却しちゃったら、その分不況期にどっと雇用保険料が上がることになるわけで、それでいいんでしょうかねえ。
ハローワークに関しては、まあいろいろ工夫の余地はあると思います。職業訓練バウチャーもまあやりようでしょう。このあたり過去繰り返し書いていますので繰り返しませんが、ただ公営・無料の職業紹介は社会のセーフティネットとして不可欠だということだけは重々ご認識のうえ議論していただきたいと希望します。いや当然わかってると思うのですがこのペーパー読んでると真剣に心配になってきますので。
さて次行きましょう。

(4) 若年労働者の職業訓練・見習雇用支援
・ 30歳未満の若年労働者に対し、企業が見習い雇用契約を結んだ見習い研修生にかかわる社会保険の全額免除を検討
・ 中小企業の見習い研修生一人当たり10万円/月の補助(トライアル雇用奨励金の拡充等)

見習雇用の定義がいまひとつ不明なので何ともいえないのですが、社会保険料を政策インセンティブに使うのは欧州にも例があるので可能性としてはありうるでしょう。見習い研修生というのが見習雇用と同じなのか違うのかもよくわからないのですが、まあとにかく若年がOJTを積む機会を増やしたいという趣旨であればそれには賛同します。大事なのはその後のキャリアがどうなるかなんですけどね。そこに踏み込まない議論はやや意義が薄いかと。
さて問題の解雇ルールですが…

(5) 解雇ルールの明確化
民法627条には「雇用に期間の定めがなければ各当事者はいつでも解約の申し入れをすることができ、申し入れ後2週間の経過によって雇用は終了する」とある。この民法627条に明記されている解雇自由の原則を労働契約法にも明記し、どういう場合には解雇を禁止するか、あるいは解雇の際に労働者にどういう配慮をすべきか、といった規定を明文で設けるべき
判例に基づく解雇権濫用法理による解雇ルール(労働契約法第16条)を見直す。その際、若手・中堅世代の雇用を増やすために、例えば、解雇人数分の半分以上を20代-40代の外部から採用することを要件付与する等も検討すべき

「解雇自由の原則を労働契約法にも明記」というのは非常に懐かしい話で、労働契約法ができるときに、当初の案では民法627条の規定を労働契約法に再掲したうえで、ただし合理性相当性がなければ無効、という建付けになっていました。法律の書き方としてはそのほうが据わりがいいとは思うのですが、立法趣旨としては解雇権乱用法理を成文化するというものであり、民法627条の規定を書き込むと逆方向の誤解を招きかねないのではないかという(主として労働サイドからの)意見があって削除され、現行16条のみの法律になったという経緯があります。いずれにしても実際的な効果に変わりがあるわけでもないので比較的どちらでもいい話です。
でまあ相変わらず意味がとりにくい文章ですが、とにかく「判例に基づく解雇権濫用法理による解雇ルール(労働契約法第16条)を見直す。」どう見直すかというと【重点施策】にあったように「再就職支援金、最終的な金銭解決を含め、解雇の手続きを労働契約法で明確に規定する」「どういう場合には解雇を禁止するか、あるいは解雇の際に労働者にどういう配慮をすべきか、といった規定を明文で設ける」ということでしょうか。
具体的にどういうルールを考えているのかこれだけではよくわかりませんが(というかこれまでの流れから考えてつじつまの合ったアイデアがあるかどうかはなはだ疑わしいのですが)、一応私が親切につじつま合わせを試みますと、まずは労契法に「雇用に期間の定めがなければ各当事者はいつでも解約の申し入れをすることができ、申し入れ後2週間の経過によって雇用は終了する」と書く。続けて、「どういう場合には解雇を禁止するか…規定を明文で設ける」とのことなので、労基法や労組法、均等法などにある解雇禁止の規定(労災休業中およびその後30日間とか、相当数あります)をまとめて書く。障害者雇用促進法が改正されればそれも当然書くことになるでしょうね。これで差別的解雇はかなりの程度禁止されることになります。
さらに「解雇の際に労働者にどういう配慮をすべきか…規定を明文で設ける」ということですが、「再就職支援金…を含め…明確に規定する」ということですから少なくとも再就職支援金≒割増退職金の規定は設けるのでしょう。他にも何か考えられるかもしれません。「最終的な金銭解決」については、引き続き禁止される差別的解雇を争って解雇不当の判決が出た場合の金銭解決についても定めるということでしょうか。
で、現行労契法16条は削除し、上記禁止にあたらず配慮が行われれば合理性相当性を推定するとするのか、権利濫用にあたらないとするのか、なんにせよ裁判所に持ち込まれても大丈夫安心ですというルールを作りたいということなのでしょう。
ということだとすればこれは米国に近い割増退職金付随意雇用ということになりましょうか。となるとこれを世界標準と主張するのはさすがに詐称の感は免れません。まあ世界標準と言いたいなら恣意的解雇の禁止くらいまでは入れる必要があるのではないかと。いや要するにhamachan先生の本にあったような「俺的にダメだからクビ」「なんとなく気に入らないからクビ」みたいなのは禁止ですよ、ということなので、そのくらいなら武田薬品さんは困らないのではないかと思うのですが。いやローソ(ryこらこらこら。それでも能力不足とか技能陳腐化とかいった理由があれば再就職支援金で解雇できるのでかなり現状より気は楽になるのではないかと思いますが、まあ紛争は出そうですし予見可能性は限定的になりますが…。
あとこれだと整理解雇の場合も再就職支援金の支給が必要になりますが、それはいいんでしょうか。私は個人的には昨日も書いたように割増退職金付随意雇用も割増退職金の水準次第ではありえないアイデアではないと思っているのですが、さすがにいったんは定年まで雇いますといって採用した人を途中解雇するわけですから割増退職金もそれなりの水準であるべきでしょう。となると整理解雇に迫られるような経営状態の中では整理解雇はしたいけれど再就職支援金は払えないという事態は大いに考えられるように思います。どっちにしても退職金は払うわけだから大丈夫ですということかな。あるいは経営状況によっては再就職支援金は払わなくてもいいですよという話にするつもりかもしれませんが、少なくとも再就職支援金という名目にする以上は経営状況で金額が変わるのはおかしいと思いますが…。
それとも、再就職支援金という名目にすることで金額水準を抑制しようという意図でもあるのでしょうか。こうした制度にしようとするといずれにしても水準をどうするかというのは大問題になるはずで、割増退職金であればまあ年齢・勤続年数とか賃金水準とかを考慮に入れるのでしょうが、再就職支援金という名目であれば再就職に必要な費用ということで一律にやれるということかもしれません。とはいえ、ていねいにやろうとすれば(やるべきだと思いますが)職種により、あるいは経済状況によっても再就職に必要な費用は異なってくるでしょうし。まあこのペーパーの記述だけではよくわかりません。いずれにしても再就職支援金≒割増退職金の水準次第ではありえない話ではないと思いますが、現実にやろうとすると技術的にいろいろ困難があるように思います。
解雇ルールに関してはもう一言残っていますがかなり長くなったのでもう一回だけ続きます。