TPP反対派がダメな件

「TPPから日本の食と暮らし・いのちを守るネットワーク」という団体が「考えてみよう!TPPのこと」というウェブサイトを運営しています。みると幹事団体が全国農業協同組合中央会、全国農業会議所、全国漁業協同組合連合会全国森林組合連合会などなどとなっており、所在地が東京都千代田区大手町1丁目3番1号でJAビルの住所になっていますから、まあJAだと思っていいのでしょう。
さてこのウェブサイトによりますとTPPは「農林水産物の関税撤廃による地域経済・社会への甚大な影響にとどまらず、わが国の優れた医療制度や、金融・保険などのあらゆる分野に関係し、私たちの食・暮らし・いのちに直結する重要な問題」であり「当ホームページは、TPPに関する情報やその影響などをわかりやすく紹介し、国民の皆様にTPPについての理解を深めていただくことを目的にしています」ということだそうです。
まあJAが農産物の市場開放を警戒しそれに反対するのは当然だろうと思いますし、したがってこのウェブサイトも見るからに相当のカネと気合をもって作成されているようですので、それでは農業分野以外はどうなのかと思って見てみたところ、「どうなる?暮らし」というコンテンツの中に「雇用は減少、賃金引下げ」という記事がありました。
そこにいわく、「TPP参加で、外国から安い労働者がいっぱいきて、職は争奪戦」「米国からの輸入増で国内雇用減少・安い製品流入でデフレ悪化、賃金引下げ・輸出は増えても雇用は伸びず・株価が上がっても給料が下がるなどのおそれがあります」「TPPは物品、金融、公共事業、人の移動など、あらゆる分野での自由競争を求めます。多くの人が日本に働きにくる上、農業などで350万の雇用が失われるとも言われます。超就職難で賃金も低下するでしょう。過去20年ほど、日本の輸出額は大きく伸びたのに、平均給与は減少。輸出企業は売上増を雇用より海外投資などに回してしまうのです*1」ということなのだそうです。へええええ。
そりゃまあ「おそれがある」と言われればなんだっておそれはあるわけですが、とりあえず昨日の日経新聞から。

 米通商代表部(USTR)日本担当のカトラー代表補は1日に都内で講演し、「TPPは他国の専門資格を認めるよう要求するものではない」と述べた。資格の相互認証を迫られ、医師や弁護士など外国人専門家が大量流入するという日本国内の懸念を打ち消す狙いがあるとみられる。
 在日米国商工会議所(ACCJ)が開いたシンポジウムで述べた。カトラー氏は、混合診療の解禁や単純労働者の受け入れを迫られるという懸念が出ていることについても明確に否定した。
平成24年3月2日付日本経済新聞朝刊から)

ということで「外国から安い労働者がいっぱいきて」という心配はしなくてよさそうですね。というかこれについては連合がTPPに賛成している時点でJAが何言ってもなあという感もこれあり。本来TPPは低賃金国の労働条件改善のチャンスであって労組にはおおいに国際連帯を進めることが期待される(これは以前も書きましたhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20111115#p1)ところであり、これが首尾よく進めばむしろ「安い製品流入」がとどまる方向に働くことも理の当然と申せましょう(これについてはhamachan先生も書かれているようですねhttp://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/tpp-4d4b.html)。
「農業などで350万の雇用が失われる」も目を疑ったところで、いや農業の雇用者って48万人しかいないんですけど。自営業主と家族従業者を入れても226万人(以上平成22年度労働力調査年報による)で全滅してもまだ足りず、まあ「など」というところに食品加工業とか入れて水増ししているんでしょうが、それにしても輸入原料を使う加工業ではむしろ雇用が増える可能性もあります。いや減るところだけカウントして増えるところは黙殺してるんだろうと思いますが。
「過去20年ほど、日本の輸出額は大きく伸びたのに、平均給与は減少」というのもだからなんだという感じなのですが、まあ輸出が増えてもいいことないと言いたいのかなあ。とりあえず輸出を増やした産業・企業の賃金水準がどうかを見ないと意味ないとは思います。なおそれを示したグラフも掲示されているのですがこれがまたなかなかの代物で、まあ一人当たり給与のデータが低くかつ下げ幅が大きく出る国税庁の統計が使われているとか、労働分配率もなるべく低く出る計算方法を使っているといったあたりはテクニックの範囲であり、まあ俺でもそうするだろうとも思います。ただ、輸出を大きく見せるために実質化しているのに給与は名目(たぶん。確実な裏取りはしてないので言いがかりの可能性あり)で表示しているのはどうなのかと思いますし、グラフが2008年までで労働分配率がぐっと上がった2009年をシカトしているのもいかがなものか(お、使ってしまった)と思うかな。
それ以外の記事をみても、たとえば医療分野においてもTPP参加で混合診療が導入されて医療保険が崩壊する(大意)おそれがあるとか書かれているわけですが、しかし混合診療についてもカトラー氏がやはり明確に否定しています。もちろん「おそれがある」「心配がある」ということなので、「だれが何と言っても私は心配なんだよ!」と言い張ることは可能なわけですので間違いではありませんが。
もちろんJAのやることですから本命は農産物の市場開放を拒むことであり、とにかくTPPにネガティブなことであればなんでもかんでも動員してみたということでしょうが、しかしここまで明白なデマゴーグを並べるというのもどんなもんなんでしょう。ほかの部分のとんでもなさを見ると、かえってJAの本命である農産物についても「きっとデタラメ書いてるんだろうな」と思ってしまう人もいるのではないかと思うのですが。まあ今のところウェブ上ではTPP反対論が担当の官僚への個人攻撃みたいなものまで含めて圧倒的に優勢なようなので、とりあえず世論操作としてはそれなりに奏功しているようですが、どんなもんなんでしょうかねえ。

*1:表示される画面からは文章をコピペできないため、ソースを表示してHTMLファイルのテキスト部分をコピペしましたので画面表示とは一部異なります。