「『TPP反対派がダメな件』がダメな件」がダメな件

前回のエントリに「いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」別館」さんからトラックバックをいただいておりまして、何人かの読者の方からコメントのリクエストも頂戴しております。
そこで読んでみたところ、そもそもブログ名で冷静な議論ではないことを表明されているように、感情的な罵倒と難癖に終始している印象でだからダメなんだよなあという感じなのですが、しかし非常に正当な指摘もあり、また面白い論点も提示されているので、以下ご紹介したいと思います。
まず、怒りのブログ氏の主張はもっぱら私の以下の記述に対するものです。

 それ以外の記事をみても、たとえば医療分野においてもTPP参加で混合診療が導入されて医療保険が崩壊する(大意)おそれがあるとか書かれているわけですが、しかし混合診療についてもカトラー氏がやはり明確に否定しています。もちろん「おそれがある」「心配がある」ということなので、「だれが何と言っても私は心配なんだよ!」と言い張ることは可能なわけですので間違いではありませんが。

そこで、まず正当な指摘というのは次の記述に関するものです。

 3月2日に出た日経記事を読んだら、JA関連団体の表明していた危惧がいかに大袈裟なものか、というのを言いたいのかもしれないが、そんなのを知ることができたのは、つい昨日今日の話じゃないですか?
 昨年11月のAPEC前までに、そういうことを知ることが出来なかったのなら、危惧表明はごく普通だとしか思えないわけだが。新たな情報が出てから、「いやいやそんな危険性なんてないんだよ」なんて言うのは、所謂後知恵みたいなものなんじゃないですかね?
http://www.21ppi.org/pocket/data/vol22/index.html
http://d.hatena.ne.jp/trapds/20120304/1330847484

たしかにJAのサイト(正しくは「TPPから日本の食と暮らし・いのちを守るネットワーク」という団体の「考えてみよう!TPPのこと」というサイトなのですが、長いので今回もこう記載します)には更新履歴が記載されており、それによれば最終更新は2011年11月1日となっていますので、その時点においては「おそれがある」などの表現が適切だったのであれば、それを現時点の情報をもって批判すべきではないというご指摘は正当です(もちろんその時点において適切だったのかとの論点は別途ありますがここでは論じません)。実際このブログの過去のエントリの中にも今から思えばおかしいよねというものが多々あるわけですが、私がそれを放置しておけるのはブログには日付があるからにほかならず、それはブログでないウェブサイトにおいても同様と考えるべきでしょう。
ということで私としては過去繰り返し書いているように正当な指摘については受け入れて恐れ入るにやぶさかではありませんので今回もそうします。エントリの本論(雇用問題)を離れた「ついでの論点」だったので緊張感が抜けていたなと反省&言い訳してみる。
なお上記のとおり「今から思えばこの主張は不適切ですよね?」という指摘に対して「いやこの時点ではこの主張も適切だったんです」と反論するのはまったく正当ですが、しかしそれは一切「この主張」を補強するものではありませんので、論旨(現時点で不適切)を変更する必要はないものと思っております。
次に面白い論点というのはここに関するものです。

 そもそも、11月のAPEC前にカトラー代表が「議題にはならない」と完全否定しておけばよかっただけなのに、どうして事前に言わなかったのだろうか?
参加表明が問題となっていたのなら、その時点で「そういう懸念はない、議題にならない」と完全否定しておけば、それで簡単に済んだ話ではないですか。どうしてそれができなかったのかと言えば、在沖海兵隊の移転問題でも同様だが、途中で方針変更が行われたからだ、という可能性が最も疑われるわけで。
 つまり情勢の悪化、劣勢でもいいですが、このまま進めるのは「得策ではない」と判断されてから、「いや、実は議題にはならないんですよ」と後出しで否定したのと見分けが付けられない、と言っているんですよ。日本でも、或いは1月1日発効予定だった韓国でも、これほどの大騒ぎにならなければ、そうした方針変更は行われなかったかもしれない可能性だってあるのではありませんか?
(因みに、これを否定できる論拠があるなら、是非知りたいね)
http://www.21ppi.org/pocket/data/vol22/index.html
http://d.hatena.ne.jp/trapds/20120304/1330847484

ここはなるほどと思ったところで、まあ交渉事ですから譲歩は小出しというのも常識だろうとは思うのですが、たしかに方針変更があった可能性は否定できないと思います。
面白いと思ったのはこの論法でいけば「議題にならない」との表明があった後でも「いやまた方針変更して議題にするといってくる可能性がある」から、混合診療が議論されるおそれがあるTPPには反対という主張をすることにも意味があると言いうるからです。私自身は米国政府代表が明確に述べたことがくつがえるかどうかは懐疑的なのですが、まあ日本が米国になにをしているかを考えれば、普天間飛行場辺野古に移転するということで政府間で合意して進めていたところそれを時の首相が一方的に「最低でも県外」と覆し、さらにその後同じ首相が「やはり辺野古」と返上したものの過去の努力の大方を無に帰すという仕打ちをしているわけで、そういう国の国民が米国に同じようなことをされるのではないかとおそれるのも自然かもしれません。これが日本だけの特殊性だという証拠は、まあ明確にはないのかな。ちょっと脱線しました。
ということで、交渉事ですから「農業分野で例外を認めるかわりに混合診療を導入しろ」というディールになる可能性もゼロではなく、TPP全体を人質にとってそれに反対するというのも意味はあるなと思いました。まあそれならそれでそうわかるように書いてくれれば私のような指摘を受けることもなくよりよかろうと思うわけですが、JAのサイトは一見して更新にかなりのコストがかかりそうなので、そのあたりは私は同情的です。
さてダメな点のほうに移りますと、議論の作法としてダメなのが1点、根本的な考え方としてダメなのが1点あります。
まず議論の作法としては次のご主張に関するものです。

 色々な虞を抱くのは、それを推測させるような情報や事実なんかがあるからであって、そういうことを知らない無知であればあるほど、何らの虞も抱くことはないでしょうな。だって、知らないんだから。
 ネズミ捕りを見たこともない赤ん坊ならば、それを危険だとは考えないから怖れたりもしないだろうが、構造を知る人間であればそれに手が挟まるとどうなるかが予測できるから、不用意に触ったりするのを躊躇するだろう、というような話だ。

 今になって、議題になっていない、と米国政府要人が言ったとしても、そんなのは事前には分かってなかっただけ。つまり、無知ゆえの「怖いもの知らず」と何が違うのかな、と思えなくもないわけです。
 知らぬが故に、危惧もない、ということと何が違うのか、きっと合理的説明ができることでしょう。
http://www.21ppi.org/pocket/data/vol22/index.html
http://d.hatena.ne.jp/trapds/20120304/1330847484

まあ明確な一部分を抜き出すことも難しかったのですが、全般的には怒りのぶろぐ氏は私が無知である故に危惧がないとしきりに主張しておられるようです。ですが、私はとりあえず「事前にわかってなかった」情報が判明した時点でどうなのかを議論しているわけです。
まあ「畏れる」根拠になるような情報については、怒りのぶろぐ氏は私よりたくさんお持ちでしょうからその点を争う考えもありませんが、それにしても私は私で「そこまでおそれるには足りない」という情報も持っているわけで、それも踏まえて現時点においてはそんなに恐れを強調するのは誇張ではないかと申し上げているわけです。もちろんどんな情報をどのように重視して立論するかは自由であり、したがって私も(私は自分の解釈がバランスが取れていると考えているので批判的にではありますが)「おそれを持つ」見解に対しても「「おそれがある」と言われればなんだっておそれはある」と肯定しているわけでありまして。
こういうたとえを持ち出すとまた本筋とは関係ないところからツッコミがきそうですが、墜落事故が怖いから普天間は移設すべきという主張については実際沖縄国際大にヘリが落ちたりしているので私も一定程度尊重しますし同意もしますが、私の頭上に落ちてくる可能性があるからすべての航空機は禁止すべきだと言われても尊重はできないわけでして。要は事実関係をどう評価してどう判断するかだと思うのですね。互いに持てる情報について相違がある(当方が持っていて先方は持っていない、あるいはその逆の双方がある)ことを承知したうえで、さてどの情報をどう評価してどう判断しましょうかという議論なら建設的なものになりうるだろうとは思うのですが。
ということで、怒りのぶろぐ氏が現時点における議論に関しても昨年10-11月時点の前提で議論している点、そして相手方が「そこまで恐れるに足りない」という情報をもとに議論しているという可能性をまったく無視した独善的な決めつけを行っている点については、残念ながら議論の作法としてダメだよねえと申し上げざるを得ないのではないかと思います。
さらに困るのは根本的な考え方としてダメだなあと思う点がありまして、次の記述に関することなのですが。

この労務屋さんという方は、未来でも見通せるエスパーか何かですかな?
色々な虞を抱くのは、それを推測させるような情報や事実なんかがあるからであって、そういうことを知らない無知であればあるほど、何らの虞も抱くことはないでしょうな。だって、知らないんだから。

超能力でも発揮ですかな?カトラーさんとのコネでもあって、特別な情報でも貰っていたとか?USTR内部に情報源でも持っているんですかね?
そういうことでもないなら、危惧を抱くのは普通としか思えんが。
http://www.21ppi.org/pocket/data/vol22/index.html
http://d.hatena.ne.jp/trapds/20120304/1330847484

まあ私はエスパーでも超能力者でもなんでもないのでそれだけの話ではありますが、気になるのは私がエスパーであればJAに対して批判することも正当であると言わんばかりの態度をとられていることです(そんなことはないと言われるかもしれませんが、そのように読めると思います)。私は仮に私がエスパーなり超能力者であったにしてもJAを含む他者に対して彼ら彼女らがエスパーや超能力者であることを求めはしないし求めるべきではないと考えているわけでして。いや普通に考えてこういった「私はこれができる、したがってあなたがたにもこれができることを要求しうるし、あなたがたがこれをできないことを批判しうる」という考え方が通用する社会というのはかなりヤバい感じがしますし、とりわけマイノリティにとっては相当程度危険な社会像なのであって、弱者保護に欠けるおそれがあることを理由にTPPに反対する人がそんなこと言っちゃダメだろうと思うわけですね。
まあ読者の方には揚げ足取りと思われる方もいらっしゃるとは思いますが、「怒りのブログ」のタイトルそのままにカッとなって相手を罵倒することに熱中しすぎると思わぬところで本性を現してしまったなと思われかねないような事態に陥りかねないと、まあそういう話ではないかと思うわけです(このあたり自戒が必要との自覚もあります)。論敵を説得して譲歩を引き出そうと思ったらそれは決して賢明な作戦ではなかろうというのは、これは前回のエントリに限らすこのブログで繰り返し書いてきたことなのですが、まあ私の意見にもなかなか同意いただけない事情もありましょうとは思います。その矛先の向き方もいろいろあろうと思うわけで…くわばら、くわばら。