ダメな議論

為念あらかじめ申し上げておきますが私はエネルギー政策にも原子力政策にも特段の知見もなければ意見もなくさほどの利害もありませんことをお断りいたします。本日のエントリはこれらに関する政策について論じる意図はなく(だから日記タグにした)、議論の筋とか一貫性(の欠如)とかについて書くものですのでどうかそのようにお願いします。
さて以前も書いたと思いますが私は自民党河野太郎衆院議員はたいへん優れた政治家だと思っており、特に年金改革に関する河野氏の提案はもっとも優れたものの一つだと思っていますし、それが年少時から政治家になるべく適切に育成された結果であろうことから世襲のメリットを示す好例であると思ってもいます(世襲にデメリットがないと主張する意図はない)。と持ち上げるということはこのあと落とすわけですが(笑)、たいへん残念なことにこと原発の話になると時折(いつもではない)冷静を欠く場面が見受けられるわけです。河野氏のブログ、昨日のエントリ(http://www.taro.org/2011/11/post-1127.php)から。

 みんなの党共産党社民党国民新党の四党の政策責任者から、民自公の三党の政調会長に、強い申し入れがある。
 再生可能エネルギー特措法が定める調達価格等算定委員会の人事案に対する強い懸念の表明と出し直しを求めるものだ。
 調達価格等算定委員会は、この法律に則って電源ごとの買取価格や買い取り期間を定める大変重要な役割を担う。
 しかし、今回、政府から提案された人事案の中には、再生可能エネルギーの導入に徹底的に反対してきた人物や直接的な利害関係者が含まれている。
 法律が意図している再生可能エネルギーの大胆な促進を損なうであろうこの人事には、私も驚いた。
…こんな人事案が提出されるようでは、エネルギー政策の転換にまじめに取り組もうとしているのか、あるいはほとぼりが冷めるのを待ってもう一度原子力回帰を図ろうとしているのかすら疑われる。
 政府は人事案をただちに取り下げ、提出し直すべきだ。
http://www.taro.org/2011/11/post-1127.php

具体的にどういう人選なのかは、東京新聞の記事がありました。ちなみに河野氏原発政策に関する東京新聞の報道姿勢を高く買っておられるようです(http://www.taro.org/2011/07/post-1054.php)。

 街頭でのデモが下火になるにつれ、官主導の脱「脱原発」の動きが加速してきた。一例は再生可能エネルギーの買い取り価格を検討する有識者委員会(調達価格等算定委員会)。
 価格は普及を左右するが、委員会の人事案をみると、買い取りに否定的な人物が過半だという。人事には国会の同意が必要だが、この手の審議会や委員会の人選は官僚の領域だ。市民感覚を阻む旧来のシステムがフル稼働しつつある。
 「不適切な人事が行われれば、よい法律であっても竹光のように役に立たなくなる」
 29日夕、衆院第一議員会館で会見したNPO法人・環境エネルギー政策研究所の飯田哲也所長や財団法人・地球環境戦略研究機関特別顧問の小島敏郎青山学院大教授らは、こう憤った。

 その委員の同意人事案が17日に提示されたが、飯田所長らは5人の候補者のうち過半数の3人は不適格と指摘した。
 1人目は、経団連地球環境部会長で新日鉄副社長の進藤孝生氏。電気の大口ユーザー側にいる人物であり、「当事者そのもの」と小島教授。国会での促進法の審議過程で、参考人として陳述した際は「日本経済の空洞化を助長する買い取り制度を現段階で導入することは避けていただきたい」と発言した。
 残る2人の山内弘隆一橋大学大学院商学研究科教授と山地憲治地球環境産業技術研究機構理事は10年ほど前、「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法」の審議で固定価格買い取り制度に否定的な発言をしてきたという。
…世論の大勢にもかかわらず、脱原発の声は時間の経過とともに原発推進霞が関官僚と、電力会社やその労働組合と連携する民主、自民両党の多数派に封じ込められつつあるようにみえる。
平成23年11月30日付東京新聞朝刊から)

最初に疑問なのですが、河野氏東京新聞再生可能エネルギー全量買い取りは脱原発だと無批判に前提していますが、そうなのでしょうか?私が知る限りではこれは原発を推進してきた経済産業省が以前から再生可能エネルギーも推進しており、これに補助金とか助成金とかを出していたところ、さらにこれを推進すべく補助金とかに代わって電力会社に買い取りを義務付けるスキームを導入しましょう(したがって従前の補助金とかは全廃されて財務省にとってもいい話)という話で、今回の原発事故やそれを受けた脱原発論の高まり以前からあったものだったと思います。実際、成立した法律をみても目的は「エネルギー源としての再生可能エネルギー源を利用することが、内外の経済的社会的環境に応じたエネルギーの安定的かつ適切な供給の確保及びエネルギーの供給に係る環境への負荷の低減を図る上で重要となっていることに鑑み、電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関し、その価格、期間等について特別の措置を講ずることにより、電気についてエネルギー源としての再生可能エネルギー源の利用を促進し、もって我が国の国際競争力の強化及び我が国産業の振興、地域の活性化その他国民経済の健全な発展に寄与する」となっていて(電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法第1条)、これを素直に読めば基本的は化石燃料エネルギーからの転換を意図しているということになりましょう。要するにもともと経産省原発再生可能エネルギーも推進していて、両者は排他的ではないし代替的に考えなければならないわけでもなかろうと思うわけですが、まあ「安定的かつ適切な供給」を拡大解釈すれば脱原発と読むことも可能でしょうし、国会審議の中では脱原発という議論もされたのでしょう(たぶん)。でしょうが、この法案が成立した経緯を思うとこの法律と脱原発を結びつけたのはそもそも菅前首相のプロパガンダではなかったのかと思わなくもありません。まあこのあたりは私はよくわからないのでただの疑問です。
さて議論としていかがなものかと思う点もいくつかあり、まず事実関係の理解から行きますと、河野氏が「直接的な利害関係者が含まれている」、東京新聞(の記事中の小島氏)が「当事者そのもの」と述べているところです。この委員会は電力会社が再生可能エネルギーを調達する際の価格を検討する組織ですから、直接的な利害関係者とか当事者そのものとかいえば売買の当事者である再生可能エネルギー発電(事業)者と電力会社しかありえず、この両者とも今回の委員案には含まれていません(ちなみに東京新聞が報じなかった残り2人は社団法人日本消費生活アドバイザーコンサルタント協会理事の辰巳菊子氏と日本環境学会会長の和田武氏)。まあ河野氏の場合は単なる勘違いないし東京新聞の記事をうのみにした(国会議員としてはかなり格好悪い話ではありますが)という可能性が高いと思いますが、小島氏が電力の一ユーザーに過ぎない進藤氏を「当事者そのもの」と断定しているのは公平な議論の大前提を欠いていると申し上げざるを得ないでしょう。
さて議論の筋としておかしい点としては、河野氏東京新聞も(そして河野氏によれば野党3党と国民新党も)この人事が偏っていて不適切だと主張するわけですが、これって本当に偏ってるんですか
再生可能エネルギーの買い取り価格は基本的には電力会社の電力料金と同じく原価に適正な利潤を加えた総括原価方式で決定することとされています(法第3条2項)。これに意見を述べる委員会ですから、原価を高く・利潤を多く見積もりたい人ばかりであるとか、その逆であるとかいうことであれば、確かに偏っているといえるだろうと思います。そこで進藤氏は大口ユーザーですから原価も利潤も厳しく判断するだろうことは容易に想像できます。残る山内氏と山路氏は10年ほど前に国会審議で固定価格買い取り制度に否定的な発言をしたことが問題視されている(ということは、東京新聞の取材能力を信頼するならそれ以降は否定的な材料がないということ)わけで、少々説得力に欠く感は否めませんが、まあ厳しい方向の人ではあるのでしょう。なお河野氏は「再生可能エネルギーの導入に徹底的に反対してきた」と書いていますので、別途そういう話もあるのかもしれません(しかし買い取り制度はともかく再生エネルギーの導入そのものに徹底的に反対するというのもまあ滅多になかろうとは思いますが)。なお余計なお世話ながら山路氏については東大に転じる前は長年電力中研(ちなみに現理事長は中部電力の各務副社長)に所属し、東大を退職した際には特任顧問として返り咲いているので、攻めるならそこではなかったかという気はするのですが。
残る辰巳氏・和田氏については河野氏東京新聞も問題視していないということは、どちらかというと再生可能エネルギーを支援すべく緩めの判断をされる人なのだろうと推測されます。もっとも和田氏については元々はやはり大口の電力ユーザである住友化学(偶然にも現経団連会長会社でもある)に勤務しておられたわけで、そこも突っ込めば突っ込めそうではありますがさすがにそこまで無茶はしなかったということでしょう。
ということで3対2という勢力図となるのでしょうが、再生可能エネルギーの買い取り価格が高く設定された結果として電力会社の買い取り費用が増加すれば、それは結局は賦課金という形で利用者負担≒国民負担となることを考えれば、過半といっても3対2であり、この程度なら価格を抑制的に考える委員がやや優勢というのはむしろバランスのよい人事という見方のほうが妥当なのではないでしょうか。「全量買い取りに批判的だったから不適格」という考え方の人は、委員5人が5人とも再生可能エネルギー買い取り価格をなるべく高くしたい人という人選でなければ偏っているのだと主張する(河野氏がそうだというわけではない)のだろうと思いますが、そのほうが偏っていると私は思います。
一貫性という意味でも問題が大ありで、再生可能エネルギー買い取り価格の設定は電力料金と同様の総括原価方式なのであるところ、総括原価方式においては原価は(原発再生可能エネルギーの是非善悪にかかわらず)正確適切に把握されるべきものでしょうから、河野氏東京新聞もたぶんそう)のように総括原価方式のもと東京電力が好きなように原価を算出して電力料金を高くして(それで原発の開発をして)きたのはけしからん、といったような主張をする人が再生可能エネルギーについては一転して抑制的なチェックを行うのがけしからん、と主張するのは相当に一貫性を欠いた自爆であると思います。なおこれは河野氏ではありませんが、食糧安保を理由にTPPに反対するいっぽう原発についてはエネルギー安保をまったく無視して反対する人というのがけっこういると思うのですが、これも一貫性を欠く話だなあと思います。まあ分野が大きく違うのでそこまで一貫性を求めることもないのでしょうが、一貫している人の意見のほうが尊重されやすいだろうとは思います。なお再生可能エネルギーは輸入資源に依存しないのでエネルギー安保上は有意義であり、その意味では大いに推進すべき政策であると思いますが、しかしそれで十分な量がまかなえるという主張はムダづかいをなくせば財源はいくらでもあるという主張と同構造だと思います*1
なお、東京新聞は宮本太郎先生のこんなコメントを掲載しているのですが…

…北海道大大学院の宮本太郎教授(比較政治論)は「税や社会保障の分野ではNPOや当事者の声が届く仕組みも出てきている」と一定の評価はしながらも、今回の人事案についてはこう語った。
 「政策チェックの回路に市民の視点を組み込むべきだった、という原発事故の教訓が生かされていない。再生可能エネルギーの議論に地域の声を反映させるというより、従来のエネルギー路線を踏襲したいようだ。(バランスのとれた人選という)基本ルールを逸脱してでも、脱原発の流れを変えたいという動きが強いのではないか」

これはちょっと信じられない記事です。辰巳菊子氏をはまさに「政策チェックの回路に市民の視点を組み込む」という観点からの市民代表としての人選なのではないでしょうか。それを承知で宮本先生がこんなコメントをするとは到底思えず、邪推ではありますが私には東京新聞が宮本先生にミスリーディングな情報の入れ方をして都合のいいコメントを引き出したとしか思えません。どうなんでしょうか。
最後に繰り返しになりますが私はこのエントリでは議論のまずさや筋の悪さを論じたのであり、エネルギー政策や原子力政策には特段の意見や賛否、直接的な利害があるわけではありませんし、したがってそれらを述べようとしたわけではありません(もちろん電力利用者としての利害はありますが)。これも繰り返しになりますが私は河野太郎氏を政治家としてリスペクトしているので、脱原発だからといって東京新聞のようなおかしな議論に簡単に乗ってほしくはないなと思っております。

*1:かなり以前に全国の河川に相当に多数の小規模な水力発電所を作れば電力需要の相当部分をまかなえるという試算を見たことがあるような記憶がかすかにあるのですが、しかしそれはさすがに生態系とかなんとかで別のところで無理がありそうな気がします。