震災以降、3月23日予定の労働政策審議会が中止となるなど、労働政策関連の厚生労働省の審議会・研究会なども一時ストップしていましたが、先月末から徐々に動き始めているようです。まあ震災前に成立していた法改正などに関する政省令の諮問答申とか、各種基本計画の諮問答申とかいった一種ルーティンな仕事は淡々と進めるべきものでしょうし、震災に対する対応などの議論も必要なものでしょう。研究会についても、今年度のフォローが法定されているパート法や、「多様な形態による正社員」といった足の長い検討テーマについては、粛々と進めればいいのだろうと思います。
ただ、現時点では「新成長戦略」で2011年度に検討とされている有期労働契約や65歳までの継続雇用などの検討については、必ずしも2011年度にこだわらず、労働市場の動向を注視しながら進行することが望ましいように思われます。
今回の震災が労働市場に与える影響に関する具体的な推計などは、まだそれほど多くは見当たりませんが、もちろん今回の地震の被災者がすべて失業するわけではなく、できるだけ多くの事業所が復旧し、業務が再開することを期待したいと思います。労働市場全体の規模から考えれば、今回の震災の直接の影響は大きくないという見方もあるかもしれません。
とはいえ、物流や資材・部品供給の途絶・停滞によって被災地以外でも事業の停止・縮小を余儀なくされている事業所も多く、その一部ではすでに非正規雇用の雇止めや無給の自宅待機なども始まっているようです。加えて、エネルギー供給の問題があり、計画停電が拡大すればその影響もかなり大きなものになるものと思われます。当面は、雇用失業情勢は相当の悪化を覚悟しなければならないかもしれません。
いっぽうで、エネルギー供給も含めて復旧が進み、復興が本格化すれば、ある時点からは復興需要が盛り上がって一転して人手不足になる可能性もあります。リーマン・ショック時とは異なり、需要はある(まあ財政支出の規模にもよりますが)わけなので、復興が軌道に乗れば好況に沸く時期もあるかもしれません。
もっとも、復興需要は結局は特需なのでいずれ剥がれ落ちるわけで、その際にはかなり大きな景気後退に見舞われるリスクもかなりあるように思われます。タイムスパンがどの程度になるかもわかりませんが、とりあえず大雑把にみてこの先数年間の間にこうした雇用失業情勢の大きな変動が起きることはかなり確実なように思われますし、思いがけない大きなショックが発生するリスクも通常時に較べれば相当大きいと警戒しておく必要もあるでしょう。
私が大いに申し上げたいのは、こんな状況で法制度を大きく変更して本当に大丈夫ですかという心配で、特に内容によっては労働市場や労使関係、雇用慣行に大きな影響を与える有期労働契約に関する見直しは十分に慎重に考える必要があるでしょう。復興の内容によっては産業構造も変化する可能性もあることを考えればなおさらです。もちろん、将来にわたって現状のままでいいというわけではありませんから、いずれ検討は必要ですが、当面、まあ少なくとも2年くらいは成り行きを見守り、ある程度先が見えてきてからでなければ具体的な検討もできないのではないでしょうか。もちろん、とりわけ雇用失業情勢が悪化した場合には、必要な労働者保護は別途実施する必要がありますが。
高齢法についても、老齢厚生年金の支給開始年齢引き上げが2013年4月に予定されていますが、これを凍結することも考えられてよいと思います。たしかに企業が雇用で吸収できればそれが一番いいだろうとは思いますが、2013年4月の時点で雇用失業情勢が大きく悪化している危険性もあり、仮に継続雇用の義務化を法定していたとしても、現実問題として支えきれない可能性も無視できません。この場合は、深刻な不況下で無年金・無収入となる人が多数出てしまうことになり、大きな社会問題となるでしょう。もちろん、不況の心配をしていたらいつまでも引き上げられないわけですが、平常時ならともかく、現在のような非常時には想定すべき危険でしょう(それこそ大規模停電でどん底になっているリスクだってあるわけで)。まあ、これはその時が近づいてきてから議論すればいいという考え方もあるかもしれませんが、しかし早い段階で凍結を決めたほうが安心感という面ではいいのではないかと思います。そして、ある程度落ち着いてからあらためて引き上げのスケジュールを決め、それにあわせて高齢者雇用についても検討を再開すればいいのではないでしょうか。
パート労働法も同様、現状のフォローは法定されているのでやるとしても、法改正などは今は考えるべきではないように思われます(そうでなくても、現行のパート法を改正する必要性はほとんどないものと思いますし)。また、現在国会に上程されて店晒しになっている派遣法改正にしても、上程時がそもそも別の意味で正常な状態ではなく、かつそれ以降これだけ大きく状況が変化していることを考えると、いったん白紙に戻して、やはり状況をみながらあらためて検討とするのが妥当ではないでしょうか。
たしかに、現行の法制度には課題がありますし、改善が必要な事項もありますが、しかしこんな非常時に制度をいじるのはあまりにも危険が大きいように思われます。ぜひとも慎重な上にも慎重な考慮をお願いしたいものです。