非正規雇用が恋愛、結婚、出産に与える影響

なんか少子化ネタも久しぶりのような気がする。連合総研の機関誌「DIO」の今月号に、山田昌弘先生の「非正規雇用が恋愛、結婚、出産に与える影響」という講演要録が掲載されています。
http://rengo-soken.or.jp/dio/pdf/dio241.pdf
山田氏による少子化分析のエッセンスがまとめられていますので、さらにポイントを備忘的に転載しておこうと思います。講演要録は話があちこちに行くので、ばらしてポイントごとに整理しなおしてみました。

  • 1番目は、若年男性の収入の不安定化です。収入が低下し、将来見通しがよくない若年男性が増えています。
  • 特に低収入の男性が結婚相手として選ばれにくいという事実は知られていたにもかかわらず、マスコミでシャットアウトされた時期がありました。
  • 90年代後半には若者の就業状況が不安定化して、さらに未婚者が増大してきます。…生産性の高い人と低い人の差が広がってきて、不安定雇用が男性にも拡大します。派遣、フリーター、ニートなどが増大する中、未婚女性でもキャリアになったのはごく一部で、多くは非正規化しました。…若者が稼ぎ出せる将来の収入の見通しが低下してくるわけです。

まあ、基本的にはこれに尽きるという感じです。
それはそれとして、まるっきり「マスコミにシャットアウト」されていたかと云えばそうでもなくて、非正規は生活が安定しないから結婚に踏み切れない、ということは度々指摘されてはいたと思いますが。ただ、それがこういうあからさまな(稼ぎの悪い男は結婚できない)言い方で表現されていたかといえば、それはそうではなさそうですが。
で、講演の順番とは前後しますが、それがなぜそうなるかというと、実は性役割意識がほとんど変わっていないという実態が背景にあるということです。稼ぎが少ない、あるいは不安定である、それを結婚によって増やしたり変動を小さくしたりする(一方が失業しても他方は就労しているので収入ゼロにはならない)ということにはなってないといいます。

  • 4番目ですが、結局のところ日本では性別役割分業意識というのはほとんどなくなっていない。そのことは、多くのデータで裏付けられています。つまり男性1人で経済的責任を負うことを当然と思う人がまだまだ多数派で、特に結婚、出産後は主に夫の収入で暮らすのが当然だとする若者が多いということです。
  • 「仕事をしたいから結婚しない説」が90年頃はありましたけども、私は10年ぐらいウソだと言い続けています。最近の若い女性は専業主婦になりたがっている人が増えているのですが、なかなかそれが理解されにくいのです。
  • 私が調査したところによると、妻がお金を握っている世帯が大体7割です。台湾でもそうらしいのですが、日本の男性は、結婚したら全部自分のお金は奥さんに取られてしまうという意識が非常に強い。それなら収入の高い男性と結婚して専業主婦をやりたがるのは当然です。最近、共働きが増えているので、女性と男性がお互いにお金を出し合うという家庭も増えていると言われていますが、実は増えていない。若い人でもほとんど同じ状況にあるということが調査をしてよく分かりました。
  • 男性未婚者の実際の年収と未婚女性の期待のギャップを調査した結果によると、東京では未婚女性の39.2%が男性に600万円以上の収入を求めていますが、未婚男性で平均年収600万円以上は3.5%しかいない。青森県弘前市では、未婚男性の約半数が年収200万円以下、残りのほとんどが200万円から400万円で、400万円以上稼ぐ未婚男性なんて針の穴を突くほどしかいないのです。しかし、青森では、女性の期待からいうと、男性の年収にこだわらない人は30.5%で、残りの7割が200万円以上を希望しています。
  • 私は、「専業主夫の勧め」などもやっているのですが、なかなかうまくいきません。女性が世帯主で子どもを育てるという家庭が大幅に増えているわけではありません。専業主夫を養えるほどのキャリア女性の数は、それほど増えていません。

こうなると、典型的には稼得能力が高い(あるいは家事・育児に協力的とか、軽重いろいろな要因があるのでしょうが)、魅力的な男性というのも、多数ではないけれど確かにいる。しかも、かつてと違って男女の交流はいたってオープンなので、そういう魅力的な男性がいるということはほぼすべての女性が知っている。その魅力的な男性には女性が群がり、そのうち誰かが結婚する。いっぽう、稼得能力の低い(とかなんとか)、魅力的でない男性は、女性からみると「あんな男と結婚しても仕方がない」ということになってしまうのでしょう。

  • 2番目は、セックス・恋人プロセスの無視です。相手がいなければ子どもは生まれません。相手がいれば少なくとも日本では結婚したいと思うので、相手がいないことが問題なのです。
  • 男女の交際機会が増大し自由化していることです。モテる人とモテない人が二極化し、もっといい人がいるかもしれないシンドロームが起こるのです。
  • 1970年以前は男女交際したら結婚しなければならないという意識が非常に強く、恋愛機会が乏しかったので、恋人ができなくても結婚できたという状況がありました。80年以降は男女交際しても結婚しなくてよく、恋愛機会が多くなるものの、恋人がいても結婚の保障はない。詳しくいうと、70年代までは交際機会が乏しいので魅力格差を隠蔽していた。80年代以降は魅力格差と晩婚化が同時に進行します。いろんな異性と知り合えるということは、特に女性にとって、魅力のない異性は眼中になくなるわけです。恋愛と結婚が分離しているので、結婚を前提としなくてもセックスを含む交際ができる。もっといい人がいるかも知れないとか、相手を見極めるというのが当然の状況になってきます。

そこでどうなるかというと、山田先生お得意のパラサイト・シングルが出てきます。魅力的でない男性と結婚して親元を離れて少ない収入で生活するよりは、比較的収入の多い親と同居したほうが高い生活水準を維持できるというわけです。

  • 3番目が、成人しても親と同居し続ける未婚者が多くかつ親のほうが裕福で長生きするということです。親と同居していれば収入以上の生活水準が享受できるので、いわゆる低収入の若者が豊かな親のもとに隠されてきたのです。
  • 安定成長期になるとパラサイト・シングルが発生してくるわけです。親に寄生してリッチな生活を楽しむ未婚者が発生し、男性の収入の伸びが鈍化してきます。このころ、中小企業労働者や過疎地の農地の後継ぎ、自営業の後継ぎの男性が特に結婚相手として避けられるということが顕在化した。
  • 欧米(西ヨーロッパに限る)では親から放り出されるが故に、一人暮らしよりは2人の方がましだという意味で、結婚、同棲が増える。しかし日本や韓国や台湾は待てる。イタリア、スペインも待てる。いい人と出会うまで親と同居、つまり自立した生活をせずに待っていることができるので、欧米の常識とは逆になっています。

しかも、魅力的でない男性(女性もですが)は制度的にも救われない。

  • 最後は、少子化対策における正社員主義です。いろいろな制度が、男性も女性も正社員を前提として組み立てられているので、それ以外の人にはほとんど恩恵が回らないのです。
  • 経済的な問題に関し、社会保障を正規と非正規で平等にするということが必要だと思います。結局、今までの社会保障は正社員を前提とした保障であるので、正社員でなければ社会保障が不十分になる。夫婦とも非正規だったら、子どもがいようが育児休業もなく、福祉保障も不十分な中で、放り出される可能性がある。男性の育児休業も、奥さんが正社員じゃないと現実的にはとれないと思います。
  • すべからくベーシックインカムが必要だと思っていますが、特に子育て中の人と親にパラサイトできない人にはベーシックインカムが必要だと思います。

結局のところベーシックインカムが結論かよ、という感じなのですが、しかし山田先生は率直にも対策がないとも云っておられます。

…今後予想されるのは少子化と経済停滞がスパイラルになって、パラサイト・シングル不良債権化してくることです。いつか結婚できると思って親にパラサイトしている不安定雇用者、特に結婚相手が見つからない不安定雇用の女性は親が亡くなると生活破たんに陥るわけです。将来に絶望する中年男性も増大する。…
 対策といっても何かあるのでしょうか。性別役割分業意識を変えて、男女交際を後押しするようなシステムを考えなければと思い、「婚活」という言葉を作ったのですが、まったく私の意図とは正反対の誤解にまみれています。昨年末の番組で森三中という女性のお笑いタレントグループが、「年収600万以上の未婚男性は3.5%だから早く見つけなきゃ」と言っていました。それは違う。3.5%しかいないからあきらめて女性も共働きをしなければ無理だと言っているのに。困りましたね。

なんだかんだ云っても、男性が家族分の生計費を稼得できる限り、性別役割分業というのは男性にも女性にも好都合だということなのでしょうか。乱暴な言い方ではありますが…。ちょっと違いますが(だいぶ違うか)、小倉千加子先生の「結婚はカネとカオの交換」というのもなかなか言い得て妙なのだなあ。まあ、親が死んで(あるいは収入が途絶えて)「生活破たんに陥る」女性と、「将来に絶望する中年男性」が増えてくれば、それこそ「一人暮らしよりは2人の方がましだという意味で」彼ら・彼女らのカップリングが増える可能性はあるのかもしれません。ただ、この場合は年齢的な問題があって少子化にはなかなか利きにくいだろうという感じはしますが…。
ということで、やはり少子化対策にも「まともなマクロ経済成長」が第一ということになるのでしょうか。実際、若年は減少していくのですから、基本的には人手不足のはずで、適切な経済成長が実現できれば若年が安定的な雇用機会を得ることはそれほど難しくはないはずです。まあ、「あきらめて共働き」というのもある程度拡大していけば、結婚が増えることは案外現実的かもしれません(山田先生は別のところで「パラサイト・シングルをなくすには年功賃金をやめて親の収入を減らすこと」と言っておられますが、これをやってしまうと若者の将来の安定も失われてしまうのがツライところです)。その次に、こんどは子どもを生んで育ててもらうには…という対策が必要になってくるわけですが、これはこのブログでも繰り返し書いているように経済問題だけではなくて、子どもがいても子どもがいないときに近い生活をエンジョイできるようにしていくこと(たとえば廉価で良質な託児サービスの供給増)が求められると思いますが…。
なおついでなのでベーシックインカムについても一言。私は労務屋なので、最低生計費をあまねく公的に支給するというベーシックインカムにはやはり共感を覚えません。再分配の強化は必要だと思いますが、一人でも多くの人に就労という形で社会とかかわり、少しでも自立に近づけるようなワークフェア政策が望ましいと思います。具体的には、低収入者対策としては勤労所得に応じて税額控除する勤労所得税額控除をメインに、失業時には失業給付およびカウンセリング付の訓練期間中の生活保障給付、就労不能者に対してはミーンズテスト付の生活保護という組み合わせがいいのではないかと思っています。財源は主に資産性所得および資産そのものへの課税がいいのではないかと思いますが、所得税の累進度もある程度高めてもいいかもしれません。