小嶌典明『職場の法律は小説より奇なり』

職場の法律は小説より奇なり (THEORY BOOKS)

職場の法律は小説より奇なり (THEORY BOOKS)

JIL雑誌9月号に「読書ノート」を寄稿しました。
http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2009/09/
hamachan先生のブログでもご紹介いただきました。これはたぶんほめていただいているのでしょう(笑)。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/post-75b2.html
hamachan先生には「書評」と言っていただきましたが、私としてはこれは一義的には「読書ノート」です。「評」も多少は書いていますが、この本を材料にして、自分の言いたいことを「JIL雑誌」で許される範囲内で柔らかく書いてみたつもりです。
そもそも私にとっては、私がこの本の「読書ノート」の執筆者に指名された意図がわかりにくく、常識的に考えればたとえば連合とか労働弁護団とかの人に頼めばそれなりに刺激的なものが出てきたでしょうし、あるいは逆サイドの規制改革論者のエコノミストなりなんなり(ことによると私もこの一員だろうということでの依頼だったのかもしれませんが、だとすると大いに期待に反してしまったことになりますが…)に頼めば、逆の方向で面白いものが出てきたでしょう。それをなぜわざわざ私に?という悩みを抱えつつも、まあそんなことは気にせずに実務家として書きたいことを素直に書けばいいのだろう…ということで出来上がったのがこれです。
JIL雑誌は6か月後にJILPTのサイトにPDFが掲載されるので、本来はそれまで転載は避けるべきなのでしょうが、hamachan先生にご紹介いただいたことでもあり、またたいへん短いものでもありますので、以下に全文を転載しておきます(関係者の方、やはりまずいようであれば削除しますのでご連絡ください。なお、入稿後の校正は反映されていません)。
ちなみに私がここでいちばん申し上げたかったのは、「制度を変更することで人々を思いどおりに動かすということは、まことに難しい」ということであり、政策論としては「事前規制より事後規制」です。

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 近年では組織も人事制度も各社いろいろになって、いわゆる「肩書き」も多様化しているが、昔で言えば「労務課長」か「勤労課長」といった役回りの人が数人集まったとしよう。そこでの話題の定番の一つが「いかに労働法制が現状に合っていないか」というものだ。「どうして、こんな法改正をするかねぇ…」と、実務家は常に嘆いている。
 もっとも、他人のことを言えた義理ではない。1990年代の終わり頃だっただろうか、「成果主義賃金」が大流行したことがあった。年齢や勤続、あるいは能力や努力ではなく、成果で評価する。成果が上がれば年齢や努力にかかわらず高い賃金を受け取り、年齢が高いだけで成果の上がらない人は賃金も上がらない。この考え方は一見まことに正論であり、それによって従業員のやる気は大いに高まり、社内は活性化する…はずだった。実際には何が起こったか?もちろん効果もあっただろうが、短期で成果の上がりやすい仕事ばかりやる人が増えて、目立たないが大切な仕事をやる人がいなくなったとか、同僚を助けたり後輩に仕事を教えたりすることが減ったとか、弊害のほうが大きかった…という反省もまた多いのではないか。
 結局のところ、制度を変更することで人々を思いどおりに動かすということは、まことに難しいということなのだ。たとえば、パート労働法を改正して「通常の労働者と同一視すべき短時間労働者」について差別的取扱いを禁止したのは、なんとかパート労働者の待遇を改善したいとの善意によるものだろう。しかし、現実に起こりつつあるのは、パート労働者の待遇改善というよりは、この規定に抵触しないようにパート労働者といわゆる正社員との相違を明確化することのようだ。
 労働者派遣法にしても同様、派遣労働者を直接雇用という本来の姿に戻し、その雇用を安定させたいとの善意はよくわかる。しかし現実をみれば、この法律の規制のせいで、お互いにこのまま働きたい、働いてほしいのに、派遣期間の上限が近づいてきたから泣き別れ、ということがあちこちで起きている。職場で働く派遣労働者やその上司、同僚にとっては、「直接雇用が本来」という建前よりも、日々の仕事と雇用、賃金のほうがはるかに大切なのに。
 この本では、このような「小説よりも奇なり」な職場の法律のお話が、十五話にわたって紹介されている。その内容は書名のとおりかなり刺激的で、研究書ではないから若干ラフな議論もあるし、実務家から見て逆に「そこまで行ったら行き過ぎでは?」という記述もある。しかし、おおむね「現場、現実をよく見ずに制度設計してもうまくいかない」という実務実感をよく反映していて、実務家の中には我が意を得たりと感じる人も少なくないだろう。現実を省みず、規制してみたけれど思いどおりにならなかった、だからもっと規制を強化しろ…という発想では、むしろ事態を悪化させる危険性が高い。
 もっとも、この本は一面の真実ではあるにせよ、たいていの実務家はその一方で、こうした規制が導入されてしまう理由もわかってはいるのだ。契約期間の途中なのに一方的に「明日から来なくていいから」などと平気で言ってみたり、最低賃金すら守らなかったり、「わが社には年次有給休暇はない」などと真顔で言ってしまうような程度の低い使用者がいるのも残念な現実だ。これらに対しては、むしろ規制や取締で大いに厳しく臨んでもらいたい、こうした使用者がいるせいできちんと問題なくやっていける労使にまで無意味に手足を縛るような規制をかけられるのはかなわない…というのが、大方の真面目にやっている実務家の本音だろう。大切なのは、目的を達するために必要な規制や取締はきちんと行ういっぽう、規制以外の方法も十分に活用し、不要な規制はしない、ということのはずだ。大変な難題だが、現場、現実をふまえて政労使で知恵を出していきたいものである。