働き方改革関連法案、成立

ということで7月進行もようやく落ち着きましたのでこの間のあれこれについて簡単にコメントしていきたいと思います。まずはなにかと騒動のあったこれですがどうにか成立にこぎつけたようでまずはご同慶であり、関係者のご尽力に敬意を表したいと思います。なんでも参院厚労委員会で47項目もの附帯決議がついたということで今更ながら読んでみましが、まあ細かいというか力が入っているなという感じではあり、一部で「決して物流を止めてはいけないという強い決意の下」とかいう力強い決意表明が織り込まれていてほほおと思ったり、やや表現に問題含みかなと思ったところもなくはないものの内容的には概ね妥当かな…と思いながら読み進めていたところ最後の47項目めに突如として「いわゆる生活残業を行う従業員が生活困窮に陥る」というのが出現していて思い切り茶を噴きました(笑)。いやまあもちろんお気持ちはよーくわかりますしそれが悪いたあ申し上げませんがもう少し別の書き方はなかったものかとも。
さて世間では高プロばかりが喧伝されたわけですが、全体としてはやはり時間外・休日労働の上限規制が罰則付きで導入されたのは非常に画期的だったと思います。これまではhamachan先生が繰り返し指摘されていたように法律上は一部の危険有害業務などを除いて無制限であったわけですが、施行後は上限規制を超えれば原則問答無用で取り締まれるようになりますので、過度の長時間労働の抑制に大いに活用できるものと思われます。以前ここでも期待をこめて書いたように監督行政の体制整備が附帯決議されましたので、ぜひ労働基準監督官の増員など監督強化を望みたいところです。

  • まあこれまでも正味の話としては過度の長時間労働が起きているような職場ではすでに36協定の未締結とか過半数代表者の不適切な選出といった違法状態にあったことが多いものと思われますし、労使関係のしっかりした職場では限度基準が事実上の規制として機能していたりするなど実態は多様ではありましたが。

なおこれも以前書きましたが現状すでにかなりこの規制に適合している実態にありますので、画期的な法改正ではありますが実務上の影響はそれほど大きくないものとも思われ、一部の労務管理がいいかげんで長時間労働を強要・放置しているような使用者がビシバシと取り締まられるということになるだろうと思います。いやただまあその際にも書きましたが36協定を知りませんでしたとか忘れてましたとかいう企業はけっこうあるというのも残念な実情であるわけで、就業規則の整備とか過半数代表の適切な選出とかいったことまで含めて労務管理を刷新する必要がある企業は案外多いかもしれません。社労士の先生方には思わぬバブル到来でご同慶こらこらこら。
これに対して人事担当者はいろいろ困るだろうなと思うのが同一労働同一賃金の関係で、まあハマキョウレックスと長澤運輸の最高裁判決が出たのでそれなりに方向性が見えたところもありますが、今回の法改正の後どうかはまた別の話という面もあります。政省令に委ねられた部分も多いのでそこは労働政策審議会などの場で公労使でしっかり議論してほしいところです。ただ派遣についてはやはり以前書いたように非常に問題が多く、特に「当該労働者派遣に係る派遣労働者が従事する業務ごとに、比較対象労働者の賃金その他の待遇に関する情報その他の厚生労働省令で定める情報を提供しなければならない。」との定めについては国会審議の中で「比較対象労働者は存在しないということは認められない」との政府答弁があったようでかなり困るだろうと思います。現実にはいないものはいないわけですからねえ。このあたりはまあそれで派遣の利用をやめますというならそれでけっこうだということなんでしょうか。
また附帯決議で

三十三、低処遇の通常の労働者に関する雇用管理区分を新設したり職務分離等を行ったりした場合でも、非正規雇用労働者と通常の労働者との不合理な待遇の禁止規定や差別的取扱いの禁止規定を回避することはできないものである旨を、指針等において明らかにすることについて、労働政策審議会において検討を行うこと。

とされているのが気になるところで、いやまあ読んでぱっと意味がわかるような文章でもないわけですが、おそらくはたとえば正社員を賃金の高い総合職と相対的に高くない一般職に区分して非正規雇用労働者の賃金が一般職と近い水準だからいいだろう、という使用者が出てくるのを心配しているのでしょうか。まあ確かに仮に総合職と同様の就労実態にある非正規労働者について一般職との比較をするのはおかしいというのであればわかりますが、現実に就労実態が一般職と同様であるなら一般職と比較するのが正論でありましょう。まあ「不合理な待遇の禁止規定」なので合理的ならいいわけで、一般職と就労実態が同様なら一般職との比較が合理的であって不合理な待遇ではない、という話だろうとは思うのですが…。実際問題として有期5年で無期化した人などの雇用管理区分を新設した日本郵政のような例もあるわけですし、人事管理の合理化や高度化の支障にならないようにしてほしいと思います。また「新設」とわざわざ書いているということは既存のものであれば問題ないというふうにも読め、となると法施行前に雇用管理区分を分離しようという動きも起きるかもしれません(まあこれ自体は人事管理の合理化となる可能性もありますので一概に否定もできませんが)。このあたり、附帯決議の35に「非正規雇用労働者が理解できるような説明となるよう、資料の活用を基本に」とかいう記述もあるのですがなにをどう説明したって理解しようとしない人っているよねえとも思う。(たぶん)短時間でこれだけのボリュームのものを書いたせいでしょうがちらほらと不用意な用語や記述があって気になります。
さて高プロですが、47の附帯決議のうち14までがもっぱら高プロに関するもので、まあ最初から最後まで関心が高かったのだなと思いますが、まあ実務的には対象者が非常に少ないと思われますのでそれほどの大きな影響はないかもしれません。まさに高度プロフェッショナルの専門能力を2年なり3年なり対価確定で買いたい、というようなニーズのある企業には使える制度になるでしょう。なお高プロについては裁量労働制とは異なり、実際「使用者に対する交渉力の強い労働者」が対象という説明もされているようですが、私の感触は「こんな会社辞めてやる」ができる労働者が対象の制度、という感じですかね。勤めてみたらブラックだったからさっさと辞めて退職、というのができる労働者であればそれほど手厚い保護も必要ないわけで。附帯決議でいろいろ注文がついていますが、丁寧に対応すれば当初に較べてだいぶいいものになりそうな気がします。
それより実務的な影響が大きそうなのが年次有給休暇5日取得の義務化で、これも罰則付きの強行法規ですから対応が必須になります。まあ本当に5日の休みも取れないほどに多忙かつ代替不能な労働者というのも、いないとは言いませんがごく少数でしょうから、現実の実務は休みたがらない労働者を休ませる、という対応が中心となるのでしょう。まあ、かつてに較べれば「休めないほど忙しい私って偉い」という発想の労働者も減ってるでしょうし、それを見て「よく頑張っているねえ」と評価する上司というのも減っているでしょうから、それほどの力技にはならないかもしれません。同じく実務的に重要なのはフレックスタイム制規制緩和で、まあ清算期間の延長については1週あたり50時間超に対する割増賃金支払がセットになっていて管理や賃金計算がかなり煩雑(たぶん賃金計算ソフトも対応していないでしょう)そうであってどのくらい利用されるか注目したいところです。それ以上に、これもたびたび書いてきましたが、「所定休日が8日しかない月は月単位精算できない問題」が解決されたことは大きな改善といえるでしょう。
あとは中小企業の月60時間超の割増賃金の引き上げと産業医の機能強化でしょうか。いずれも妥当な改正と思います。勤務間インターバルの努力義務も目をひくところですが、まずは労使での取り組みからでしょう。これはまずは労働サイドから踏み込んでくれないと話にならないわけなので、連合が旗を振るのか産別が主導するのか、もちろん個別労使での取り組みもありうるだろうと思います。現場のニーズをふまえて漸進的に取り組むことが重要だろうと思います。