川喜多喬・依田素味『人材育成キーワード99[常識編]』

いやー諸般の事情で思いがけなく忙殺されてしまって、というときっと選挙がらみだろうと思われるだろうなあと思いつつ、しかしてその実態は野球だったりするのですが、それはそれとして。
完璧にブログがたまりまくっている(このエントリは9月3日に書いてます)のでお蔵出しでしのぐしかないかなということで、今日は「キャリアデザインマガジン」第87号のために書いた書評を転載します。

人材育成キーワード99 常識編 (HRMブックス)

人材育成キーワード99 常識編 (HRMブックス)


 この本の書名は『人材育成キーワード99[常識編]』である。この書名から普通に想像されるのは「人材育成に関する用語を解説した辞典的なもの」だろう。実際、「オビ」に記載されている惹句をみても、「部下を持つ人なら必携!!」と感嘆符2個付きで強調したうえで、「「キャリア」「次世代育成支援法」「育児・介護休業法」「ワーク・ライフ・バランス」などの最新のキーワードを収録」「今さら人には聞けない!!99のキーワードをわかりやすく解説」となっている。なにしろ「[常識編]」とわざわざ書名にうたっているのだ。書名やオビの記載をみただけで「少し勉強しよう」と購入した経験の浅い管理職や人事担当者もいるに違いない。
 そうした人たちは、少し読み進めて愕然としたに違いない。「キャリア」や「ワーク・ライフ・バランス」といった今日的な用語の解説や、「次世代育成支援法」「育児・介護休業法」の説明を期待していたのに、出てくる「キーワード」は巻頭からいきなり「しつけ」「礼儀」「丁稚」「いっぱし」「板に付く」…である。これが「最新のキーワード」なのだろうか?(もちろん、オビに記された用語も取り上げられてはいるけれど…)
 もっとも、人材育成、人を育てるという意味では、確かに「しつけ」や「礼儀」は「常識編」に属する基本的なキーワードではあるかもしれない。そして、著者らがおそらくは憂慮するように、ともすればカタカナことばの新コンセプト?をもてはやし、古くからの用語をないがしろにしがちな風潮の中にあっては、これらクラシックな用語はむしろ「古くて新しい」キーワードなのかもしれない。
 しかも、その解説もいわゆる「用語集」のような辞典的なものを大きくはみ出している。用語にもよるが、語源をさかのぼり、歴史をひもとき、海外事情を紹介し、著者の博覧強記ぶりが縦横無尽に発揮されて、およそ「常識編」とはいいがたいトリビアが満載されている。したがってこの本は、辞典としてはあまり役立たない(失礼)かもしれないが、読み物としては非常に面白い。そしてその内容は、むしろ通俗的な「常識」をくつがえすものも多く、軽妙かつときに皮肉な筆致で、鋭く問題の本質に切り込む。単なる読み物にとどまらない、啓発書としての側面も持つ本である。
 それゆえ、本書は書名から想起される対象読者層だけの本にしておくのはまことに惜しい。企業の人事担当者はもちろんのこと、自己啓発やキャリア形成に関心を持つ人たちや、就職活動に臨む学生さんたちにとっても、さまざまなことを考える材料を豊富に含んでいる。好みは分かれるだろうから無条件に推薦とまではいかないが、ぜひ手にとってみてほしい本だと思う。