大内伸哉『キーワードからみた労働法』

キーワードからみた労働法

キーワードからみた労働法

「キャリアデザインマガジン」第87号のために書いた書評を転載します。


 日本法令社刊行の労働・社会保険、税務の官庁手続&人事労務の法律実務誌、「月間ビジネスガイド」の連載記事をまとめた本だという。新聞や雑誌をにぎわせている労働法用語の中には、専門性が高く理解しにくいものもあり、場合によっては多くの人が誤解しているようなものもある。その正しい理解に資する解説を行うことが連載の趣旨であり、特に「俗説を疑う」ということにこだわってきたと著者はいう。
 実際、この本の「オビ」には「常識を疑ってみよう。」という惹句が記され、「均衡待遇の保障は労働者のためにならない」「偽装請負は企業だけが悪いのではない」「名ばかり管理職が出てくるのは法律にも問題がある」「ワーク・ライフ・バランスを政府が推進するのは憲法の理念に反する」「メンタルケアの強化は労働者にとって危険である」といった具体例が列挙されている。なるほど、まことに俗説、常識に反する主張であろう。
 もっとも、これは例えば「均衡待遇の保障は一切労働者のためにならない」といった主張ではなさそうだ。むしろ世間の一部に広がる「均衡待遇を保障すればすべてがうまくいく」といった「俗説」に反論するものだろう。均衡待遇の保障を法的に定めれば、日本の雇用慣行の中では実務的に大混乱を起こすことは間違いない。したがって、雇用慣行の大幅な再編は避けがたいが、それにはヨーロッパ型の「非正社員の正社員化」とアメリカ型の「正社員の非正社員化」の両極端のふたつの道がある。いずれも、それで利益を享受する人もいれば大きな不利益を被る人もいるだろう。どちらを選ぶのか、それでなにがどう変わるのか、本当にそれでいいのか…という議論を尽くさなければ、均衡待遇の保障も容易に現実化できるものではない。すなわち「均衡待遇の保障は労働者のためにならない」危険性も高い。
 このような議論が、近年話題となっている17のキーワードについて展開されている。低賃金労働者が増加しているから最低賃金を引き上げるべきだ、違法派遣が多いから派遣をもっと強く規制すべきだ…といった世間に多く見られる「俗説」について、現実はどうなのか、諸外国の例はどうか、法律の考え方はどうなっているのか、そして社会にどんな影響を与えるのか、といったことを解説し、著者としての評価を与えている。これは世間で常識とされているものとはかなり異なるものであり、おそらく読む人の考え方や価値観によって、賛否両論の様々な意見があろう。ただ、著者の議論はかなり徹底して現実重視である点に特徴があり、その点において私のような実務家とはかなり多くの点で見解が一致している(もちろん、同意できない点もいくつかあるが)。ということは、「現状の抜本改革」を主張するような論者からすれば、本書には不満が多いに違いない。著者自身も多様な受け止めがあることは容認し、むしろ批判的に読まれてもよいし、それが「じっくり考えるきっかけ」となればよいとの姿勢をとっている。
 どのような読まれ方をするにせよ、世間で言われていることを鵜呑みにするのは危険である、ということは十分に認識できるだろう。労働問題に関心のある人には読んで損のない本だろうと思う。