民主党マニフェスト政策各論その2

きのうの続きですが、どうやらあとの方になるほどおかしくなっていくようで…。

40.最低賃金を引き上げる

【政策目的】
○まじめに働いている人が生計を立てられるようにし、ワーキングプアからの脱却を支援する。

【具体策】
○貧困の実態調査を行い、対策を講じる。
最低賃金の原則を「労働者とその家族を支える生計費」とする。
○全ての労働者に適用される「全国最低賃金」を設定(800円を想定) する。
○景気状況に配慮しつつ、最低賃金の全国平均1000円を目指す。
○中小企業における円滑な実施を図るための財政上・金融上の措置を実施する。

【所要額】2200億円程度

ふむ、「まじめに働いている人が生計を立てられる」のが目的ということで、失業者のことはここでは考えていない(別に考える)わけですね。最低賃金は失業者には直接は関係ないので(再就職できれば関係してきますが)、これはたしかに理にかなっています。
そこで、具体策でまず「貧困の実態調査を行い、対策を講じる」となっているのも、とりあえず失業者は別問題として(現実には、貧困の実態調査を行えばとりあえずかなりの人が失業かそれに近い状態にあるという結果が出そうですが)、いわゆる「ワーキングプア」の実態をふまえて対策を講じようということでしょう。それ自体は、必要かつ重要な政策だろうと思います。
ただ、その対策として最低賃金の引き上げが適切かというと、もちろん一定の役割はあるでしょうが、あまり適切ではないように思われます。
まず制度面で、民主党は「最低賃金の原則を「労働者とその家族を支える生計費」とする」としています。従来の最低賃金法では、地域別最賃は「地域における労働者の生計費及び賃金並びに通常の事業の賃金支払能力を考慮して」定められるとされてきました。これに、先般の改正の際に「生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする」と付け加えられたわけですが、民主党の公約はこれを「労働者とその家族を支える生計費」のみにしようということでしょう。
しかし、最低賃金はほとんどすべての労働者に適用されるもので、たとえば学生アルバイト、配偶者が主たる生計維持者であって家計補助的に就労する人、年金等の収入のある高齢者などにも適用されます。これらの人にまで適用される最低賃金を「労働者とその家族を支える生計費」を原則に設定するのは明らかに均衡を失するでしょう。
次に水準面ですが、最低賃金の水準が上がること自体は望ましいことですし、目指すに値することであることは間違いありません。ただ、民主党の「全国最低賃金」800円(これは今すぐということでしょう)、さらに景気状況に配慮しつつ全国平均1,000円を目指す、というのがいいかどうかは検討の必要がありそうです。703円を710円に上げるのであれば、直接影響のある労働者もそれほど多くはないでしょうが、これをいきなり800円となると、かなりの影響が出てきます。総額人件費が変わらない範囲で、他の労働者の賃金を抑制して対応できればそれほど問題はないでしょうが、中には時給700円台の人は契約更新せずに他の人の残業などで対応しよう、という企業も出てくるかもしれません。さらにこれを1,000円ということになると、場合によってはその仕事は丸ごと海外に移転しようと考える企業も出てきそうです。たしかにワーキングプアは減ったけれど、そのあらかたはノンワーキングプアになった…ということになってしまいかねないリスクがあることは十分考慮に入れる必要があるでしょう。
そうならないためには、最低賃金引き上げに応じてそれなりに(最低賃金ですのである程度の乖離は致し方ないとしても)生産性が向上していくことが必要で、「財政上・金融上の措置」というのもそれを念頭においているのでしょう。同じことで、ワーキングプア対策としては、スキルを向上させて生産性を上げ、より高付加価値な仕事につくことで、賃金も上がれば雇用も安定する、というのが王道ではないでしょうか。
それから、民主党は「給付付き税額控除」はあまり関心がないのでしょうか?みたところこのマニフェストには織り込まれていないようなのですが…。最低賃金引き上げよりはよほど筋がいいと思いますので残念なのですが、民主党としてはあくまで最低賃金で行くつもりなのかもしれません。

41.ワークライフバランスと均等待遇を実現する

【政策目的】
○全ての労働者が1人ひとりの意識やニーズに応じて、やりがいのある仕事と充実した生活を調和させることのできる「ワークライフバランス」の実現を目指す。

【具体策】
○性別、正規・非正規にかかわらず、同じ職場で同じ仕事をしている人は同じ賃金を得られる均等待遇を実現する。
○過労死や過労自殺などを防ぎ、労働災害をなくす取り組みを強化する。

このお題目、もとい政策目的ですが、「全ての労働者が」「やりがいのある仕事と充実した生活を調和させる」というのは、たしかにひとつの理想ではありますが、実現不可能であることも明らかでしょう。だから「目指す」と書いたのでしょうが、しかし「目指す」のが政策目的というのもどんなものなのでしょうか。
さらに具体策ですが、「性別、正規・非正規にかかわらず、同じ職場で同じ仕事をしている人は同じ賃金を得られる均等待遇」が、どうして「やりがいのある仕事と充実した生活を調和させることのできる「ワークライフバランス」の実現」の具体策になるのでしょうか?まあ、それが労働条件の向上につながるのであれば、その限りにおいてはやりがいも高まり(もっともその効果はさほど大きくないことは古くから知られていますが)、生活も充実するでしょうが、その程度のものでいいのでしょうか?だったら、逆に労働条件の低下を余儀なくされる人が出る可能性の高い「均等待遇」をわざわざ担ぎ出すまでもなく、労働条件全体の底上げをはかったほうがよほど効果的だと思うのですが…。
労災の防止も当然重要ですが、これもワークライフバランス以前の問題でしょう。ワークライフバランスをいうなら、もっと具体的に長時間労働の抑止や労働時間の短縮を書いたらどうかと思うのですが。
どうも、この民主党マニフェストは、労働問題についてはミクロの分配問題ばかりに目がいっていて、経済成長を通じて雇用の拡大や全体の底上げをはかるという観点がまことに希薄なような気がします。「景気回復が最大の格差対策」と経済財政白書が指摘していますが、同じく「景気回復が最大の雇用対策」、経済成長が最大の雇用対策なのではないでしょうか。
にもかかわらず、残念ながら、検索が可能な「政策各論」の長文の中に、「成長」という語は1回だけしか出てこないようです。成長重視だとどうしても企業に対する施策が多くなるので、「生活者第一」を標榜する民主党としては言い出しにくいのかもしれません。まあ、このあたりは経済成長に反対する人もあまりいないと思いますので、選挙後にさりげなく取り込めはいいのかもしれませんが。いやそうでもないか、経済成長にもあれこれ条件をつける人が民主党の中には多いかもしれないか…。ましてや連立する可能性のある少数政党となるとなおさら…。