奥谷さんとデンマーク

労働政策研究・研修機構の機関誌「ビジネス・レーバー・トレンド」2009年4月号の内容が機構のサイトに掲載されていました。
http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2009/04.htm
特集は「非正規雇用をどう安定化させるか―セーフティネット、支援策のあり方―」で、その有識者アンケートに例の奥谷禮子氏が登場しています。これはコピペができる設定になっていますので(笑)まずは全文ご紹介。
http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2009/04/002-019.pdf

 サブプライム問題に端を発した経済危機で、世界同時不況に突入した。輸出関連産業不振が国内経済に大打撃を与えている。自動車産業、鉄鋼産業、精密機械産業、造船業
 そういう産業を中心に職を得ていた有期労働者が解雇を余儀なくされて、昨年来から?派遣切り.などの呼び方で大騒ぎになっている。
 年末には「派遣村」なるものが誕生し、約五〇〇名の失業者が集まり、その半数にあたる人びとに生活保護の給付が認められた。
 しかし、彼らに自治体を中心に四〇〇〇件近くの求人が寄せられたのに、実際に応募したのはわずか四、五人であった。事務職である、時給が安い、遠隔地である、などといった理由がその拒否の理由だが、私ばかりでなく多くの人が強い疑問を持ったのではないだろうか。
 その派遣村に集まった人びとは、今日ただいまの生活に困っている人ではなかったのか。そうではなく、彼らはまだ仕事を選ぶ余裕のある人らしいことが、この一件で明らかになった。
 そもそも派遣社員で働くということは、有期で働くことが前提である。〇九年問題といって、以前から三年の有期契約が同年に一斉に切れることが憂慮されていたことからも分かるように、派遣で働く人間は誰しも雇い止めされる時期がいずれ来ることは知っていたはずだ。
 派遣先企業は最低一カ月前に契約更新がされないことを告知しなくてはならないし、途中解約する場合は最低一カ月分の給料は保障されることになっている。それを守らない企業は違法であり、裁判に訴えられれば敗訴する。
 派遣村でインタビューを受けていた男性の一人は手持ち金が三〇〇円しかない、と答えていた。派遣でいつ期限が切れるか分かっていて、なぜ自分の安全保障のために少しずつでも貯金をしておかなかったのか、あまりにも企業性善説に立っていすぎたのではないか、また自己防衛は、ある程度は自分でしか出来ないと思う。
 いま雇用保険に未加入の非正規労働者が一〇〇〇万人いると言われている。この人たちにセーフティネットを張ることが急務の問題である。いまのところ政府は、二つのネット、いわゆる失業給付と生活保護のうち、失業給付の制限緩和を打ち出している。
 たとえば、失業給付を受けるには以前は一年の保険料納付が条件だったのが六カ月に短縮された。それと、一年以上の雇用見込みがないと雇用保険に加入できなかったのを六カ月以上と、これも緩和された。
 しかし、雇用見込み期間にかかわらず、労災保険と同様にすべての雇用者に雇用保険の適用がなされることが望ましいが、費用負担に関しては、六カ月までは国が負担するということも考えられる。
 あるいは、失業者が新しい職を見つけるための支援も必要であろう。これは鶴光太郎経済産業研究所上席研究員が日経新聞で書いていたことだが、たとえば雇用カウンセラーが失業者と定期的にインタビューをし、職探しをサポートしたり、反対に訓練などのプログラムを受けない者には失業給付を制限するような方法も参考になるだろう。
 問題は、事業所によっては労働者と折半で払う雇用保険に未加入のところがあることである。もう一つは、手取りを多くするために労働者自身が雇用保険の支払いを拒否するケースもある。これを強制加入させる方途を探るべきである。
 政府はほかに住まいの確保のために、敷金・礼金などを借りるための初期費用を工面する「緊急融資制度」や、雇用促進住宅の臨時開放なども決めた。これで定住の場所を得て、職探しが出来る。
 セーフティネットの問題は厚くするほどにモラルハザードを招きやすいことである。働く意欲を持たせるようなネットの張り方が世界各国で模索されているが、日本はその前段階の部分で手薄いことが問題である。
 日本の場合、失業保険と生活保護のすきまを埋める施策が求められている。そのためには、職業訓練を受けながら求職活動をすることを前提に生活費を給付する仕組みが必要になってくるだろう。個人になんらかの技術力を持たせることにより単純労働に就く労働者を少なくする事も重要な課題である。
 もっと大元の議論で、デンマークのように正社員を含めて辞めさせやすく、戻りやすい仕組み作りを考える必要がある。グローバル化の進行に対処するには常に新しい知識・技術が求められるわけで、雇用の流動性を高めることで、スキルアップの機会も増やす方策である。
 そういう世界を目指すことが、これからの課題ではないだろうか。先に挙げた鶴氏は、「正規・非正規双方の労働者が景気変動のリスクを分かち合いながら、この経済危機に立ち向かっていくことが必要だ」と書いている。私はこの意見に賛成である。
http://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2009/04/002-019.pdf

この記事、前半と後半でトーンががらっと変わっているのが面白いところで、前半は相変わらずの奥谷節という感じでしょうか?

 年末には「派遣村」なるものが誕生し、約五〇〇名の失業者が集まり、その半数にあたる人びとに生活保護の給付が認められた。
 しかし、彼らに自治体を中心に四〇〇〇件近くの求人が寄せられたのに、実際に応募したのはわずか四、五人であった。事務職である、時給が安い、遠隔地である、などといった理由がその拒否の理由だが、私ばかりでなく多くの人が強い疑問を持ったのではないだろうか。
 その派遣村に集まった人びとは、今日ただいまの生活に困っている人ではなかったのか。そうではなく、彼らはまだ仕事を選ぶ余裕のある人らしいことが、この一件で明らかになった。

まあ、そういう言い方もできなくはないでしょうが…とはいえ、「今日ただいまの生活に困っている人」にも「まだ仕事を選ぶ余裕のある」というのはそれほど悪いことでもないでしょう。食うに困ったらどんな低賃金、悪条件の仕事でもしなければならない、というのではなく、しばらくは生活保護を受けながら多少なりとも自分にとって好ましい仕事がみつかるのを待つこともできる、という選択肢があるのは、それはそれで社会の豊かさのひとつではあるでしょう。もちろん、そのままずっと生活保護、ということにならないようにするしくみはセットで必要でしょうが。

 そもそも派遣社員で働くということは、有期で働くことが前提である。〇九年問題といって、以前から三年の有期契約が同年に一斉に切れることが憂慮されていたことからも分かるように、派遣で働く人間は誰しも雇い止めされる時期がいずれ来ることは知っていたはずだ。
 派遣先企業は最低一カ月前に契約更新がされないことを告知しなくてはならないし、途中解約する場合は最低一カ月分の給料は保障されることになっている。それを守らない企業は違法であり、裁判に訴えられれば敗訴する。
 派遣村でインタビューを受けていた男性の一人は手持ち金が三〇〇円しかない、と答えていた。派遣でいつ期限が切れるか分かっていて、なぜ自分の安全保障のために少しずつでも貯金をしておかなかったのか、あまりにも企業性善説に立っていすぎたのではないか、また自己防衛は、ある程度は自分でしか出来ないと思う。

なるほど、「男性の一人は手持ち金が三〇〇円しかない」ことがすべてあたかも企業の悪事の結果であるような論調はたしかにおかしいとは思います。とはいえ、「派遣でいつ期限が切れるか分かっていて」も、それでもなお「自分の安全保障のために少しずつでも貯金をして」おくことができない、という人もたくさんいるでしょう。人間すべてが奥谷さんのように計画的で賢明で忍耐強く、「自分で自己防衛」できる人ばかりではありません。
さて、ここまでは奥谷さんらしく?自己責任シバキ系の議論で快調に飛ばしてきましたが、ここから論調が一変します。まあ、自己防衛は「ある程度は」自分でしかできない、ということですから、残りの「ある程度」は他人(政府とか)にしてもらってもいい、ということでしょうか。

 いま雇用保険に未加入の非正規労働者が一〇〇〇万人いると言われている。この人たちにセーフティネットを張ることが急務の問題である。…
…問題は、事業所によっては労働者と折半で払う雇用保険に未加入のところがあることである。もう一つは、手取りを多くするために労働者自身が雇用保険の支払いを拒否するケースもある。これを強制加入させる方途を探るべきである。
セーフティネットの問題は厚くするほどにモラルハザードを招きやすいことである。働く意欲を持たせるようなネットの張り方が世界各国で模索されているが、日本はその前段階の部分で手薄いことが問題である。
職業訓練を受けながら求職活動をすることを前提に生活費を給付する仕組みが必要になってくるだろう。

これらの指摘はいずれもまことにもっともです。もっともではあるのですが、率直に申し上げて「彼らはまだ仕事を選ぶ余裕のある人らしいことが、この一件で明らかになった」「派遣でいつ期限が切れるか分かっていて、なぜ自分の安全保障のために少しずつでも貯金をしておかなかったのか」などといった主張とはあまり親和的ではないように思われます。どうやら鶴光太郎氏の見解をおおいに参考にしているようですので、このあたりは鶴氏の意見を取り入れたのでしょう。こうした形でも労働移動や職業訓練が増えることは奥谷さんのビジネスにとって悪い話ではないわけで。
そして、最後にはこのところの流行に乗って?デンマークが担ぎ出されています。

 もっと大元の議論で、デンマークのように正社員を含めて辞めさせやすく、戻りやすい仕組み作りを考える必要がある。グローバル化の進行に対処するには常に新しい知識・技術が求められるわけで、雇用の流動性を高めることで、スキルアップの機会も増やす方策である。
 そういう世界を目指すことが、これからの課題ではないだろうか。先に挙げた鶴氏は、「正規・非正規双方の労働者が景気変動のリスクを分かち合いながら、この経済危機に立ち向かっていくことが必要だ」と書いている。私はこの意見に賛成である。

ふーむ、鶴氏の見解にいたく賛同していたのは、ここのところがお気に召したからだったのかもしれません。たしかに「正社員を含めて辞めさせやすく、戻りやすい仕組み作り」というのは、奥谷氏の強硬な自己責任路線と一見一致するように見えるのでしょう。もっとも、この特集では鶴氏自身もあとの方で登場していて(同じくhttp://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2009/04/002-019.pdfのさらに後ろ)、その内容は必ずしも奥谷さんのお考えのようなものとは限らないようなのですが。