採用内定者に転籍同意を要請

一昨日の東京新聞から。なんか国会でも取り上げられたとか。

 技術者の人材派遣大手「シーテック」(東京都港区)が、来月一日に入社する新卒内定者二百五十人に、関連会社へ転籍する同意書の提出を求めていたことが、二十三日分かった。待遇の低い関連会社に移しかえることで、金銭補償が生じる内定取り消しを避けたとも受け取れ、専門家は「雇用契約の抜け道で悪質」としている。 
 新卒者の話によると昨年五月に内定し、今年二月中旬、雇用通知書と入社式案内が届いたが、三月初めの説明会で、会社からリストラ計画を伝えられ、入社の際、コールセンターなどの関連会社に転籍することに同意する文書を出すよう求められた。また「採用を辞退する人は連絡を」と促されたという。
 雇用契約は転籍先と結び、初任給はシーテック本体より四万円安い。転籍は原則一年だが、復職時期は「経営状況により見直す場合がある」とされた。「同意書なしで入社できる」としながら「待機社員となる場合もある」と説明された。約七十人が同意書を出しているという。
 同社は「新卒内定者の雇用を守るため入社と同時に転籍していただく。現状、当社が対応できる唯一かつ最善の策」と話している。

 東京労働局若年雇用係の話 合意のうえの転籍同意はいけないと言い切れない。入社するなら内定取り消しとしても扱えず、行政指導の対象外となる。

 労働問題に詳しい米倉勉弁護士の話 転籍は出向とは違い、入ったはずの会社に籍がない。戻れる保証もなく転籍先に責任転嫁している。内定取り消しより悪質だ。
(平成21年3月25日付東京新聞朝刊から)

こりゃまたごむたいな話のようですが、J-CASTニュースに詳報がありました。
http://www.j-cast.com/2009/03/24038151.html

 エンジニア派遣のシーテックが、2009年4月入社の新卒内定者全員に対して、関連会社への転籍を求める「転籍同意書」の提出を求めていたことが分かった。会社側は内定者の派遣先がなかった場合でも、雇用を確保するための措置で、状況次第で復帰もありうる、と説明している。ただ、職種が違ったり、待遇が変わったりする可能性があり、内定者にとって厳しい内容であることは間違いない。
 シーテックを傘下におさめるラディア・ホールディングス(旧グッドウィル・グループ)は09年3月2日、新たな「事業再構築」および「業務構造改革」を行うとして、シーテックおよび、傘下のテクノプロ・エンジニアリング、CSIの3社を対象に4000人の人員削減を行う予定だ、と発表している。「成長産業であった人材派遣業界がはじめて直面する危機的状況」において、「業界リーダーである当社グループを存続させ、優秀な社員を1人でも多く残す」ため、「取りうる唯一の選択であると信じております」と説明している。
 こうした状況下でシーテックが内定者に対して打ち出したのが「転籍」だ。
ラディア・ホールディングスはJ-CASTニュースの取材に対し、「転籍同意書」は、新卒内定者の派遣ニーズがなかった場合に、内定者の雇用を確保・維持するための措置である、としている。エンジニアとしてではなく、同社傘下のプレミア・スタッフという一般事務・営業事務の人材派遣会社への転籍に同意する内容で、シーテックと職種は違うが、雇用を守るための緊急の対応で、転籍社員は経営状況によって順次シーテックへ復帰させる、とも説明、一時的な措置であることを強調する。また、新卒内定者の数や初任給などについては公開していないという。
 「転籍同意書は全員に配っていますが、強制ではないし、同意が得られないから内定を辞退してもらう、内定切りの手段であるということは決してありません。現在はご理解をいただくため説明会や面談を行っている最中です」
としている。
こうした「転籍」という方策に対して、「金銭補償が生じる内定取り消しを避けたとも受け取れる」との見方も出ている。

厚生労働省・若年者雇用対策室は、
「一般的に同意を『強要』したり、『一方的』に行われていたりすれば問題で、労働基準監督署ハローワークの事実確認、指導の対象となる場合があります。ただ、双方が合意、納得した上で、ということであれば、それだけをもって悪質、とはいえない部分があります」
と話す。ただ、
「学生にとっては内定当初の条件が望ましいわけで、それを変えるということであれば、企業の誠意ある対応が必要だ」
としている。
http://www.j-cast.com/2009/03/24038151.html

 昨今の経済情勢、企業業績では、技術者派遣も大きく減少しているだろうことは想像にかたくありません。これは昨年の秋以降急激に悪化したわけですが、大卒の採用内定は春〜夏くらいにはかなり出ますので、この4月の入社数は現状を反映していない可能性は高いでしょう。新入社員が250人入ってくるけれど彼らに与える仕事がない、それどころか4,000人も人を減らさなければならない。常用派遣には仕事のない間は教育訓練などを行いたいところだけれど、なにしろ4,000人も減らそうとしている中ではそれどころではない。であれば技術者派遣ではないけれどまだしも仕事のある系列会社にひとまず入社してもらって、技術者派遣の需要が回復したら戻ってきてもらおう…というところでしょうか。内定取消にともなうコストやペナルティを避けるためなのか、あるいはせっかくいい新卒技術者が取れたのだから手放すのは惜しいと思っているのか、4,000人も減らそうとしているんだから惜しいこともないだろうという気もしますが、そこは専門分野とか技術力、潜在能力などを評価しているのかもしれません。ちなみに08年6月期のシーテックの従業員数は約12,700人。圧倒的に製造業への派遣が多いようですので、4,000人の削減が必要というのは概ね実感に合っているといえましょうか。採用数の250人というのも全体の2%程度なのでまずまず常識的な線で、従業員の定着も良好ではないかと想像されます。
さて、一読してわかるように東京新聞シーテックを極悪人のように書いているのに対し、J-CASTはリストラに四苦八苦する哀れな企業という書き方になっています。いずれにしても行政のいうとおり「学生にとっては内定当初の条件が望ましい」わけで、それができないというのは困った話ですし、いちばん気の毒なのは内定者ではあるのですが、それにしてもシーテックの実態はどうなのでしょう。
そこでこれらの記事からいきさつを整理してみますと、発端は入社前の3月に「シーテックに入社はしてもらいますが、仕事がなかったら(確実にないわけですが)関係会社に転籍する、ということに同意してもらいたい」と求められた、ということのようです。その場合、転籍先では職種や労働条件が異なることになるので、当然本人同意が必要でしょうから、同意書を提出してもらおうということでしょう。そして転籍に応じた場合は期間は1年で、ただし状況によってこれは長くなったり短くなったりする可能性はあるが、とにかく復帰が前提だ、ということでしょうか。手続の詳細(復帰が同意書に明記されているかどうかなど)はわかりませんが、いずれにしても内定者が会社を信用し、いずれ景気が回復すれば派遣技術者になれるのだから、不景気の間はがまんして安い給料で事務の仕事をするということでもいいや、と思うのであれば同意書を提出すればいいわけです。実際、250人中70人の人がそう考えてすで同意書にサインしたということでしょう。これを多いとみるか少ないとみるかは微妙ですが…。
さて、同意しなければどうなるか。まず、こんな会社に入っても仕方ないな、と思う人については、会社も引き止めないので早めに連絡してください、ということで、これもまあ普通の話です。会社には入りたいが転籍には同意したくない、という人については、「同意書なしで入社できる」、つまりシーテックに入社していただけます、ということのようです。ただ、現在の業況だと「待機社員となる場合もある」。その際の労働条件などがどうなるのかは不明ですが、転籍先より低くなる可能性もあるのでしょうか。新入社員は、将来性は高く買われているとしても現時点ではさほど技術力は高くないでしょうから、待機社員になる確率も高いというのは見やすい理屈です。まあ、その時点で転籍に同意するという選択肢もおそらくあるのでしょうから、あわてて同意書を出すまでもないとはいえるかもしれません。逆にいえば、転籍という選択肢があるので、希望退職や整理解雇の対象にはならないともいえそうです。こと事態が整理解雇にまで至れば、新入社員だから有利に取り扱われるという理由は考えにくいわけで、そういう意味ではむしろ優遇されているのかもしれません。
こう考えてみると、たしかに「内定者の雇用を確保・維持するための措置」ではあるようで、東京新聞が悪しざまに書くほどにはひどい話とも思えません。たしかに「唯一かつ最善の策」とまで言われると、本当にそうかなあという感じもしないではないですが、これは当事者ではない私には断定的なことはいえませんが…。
東京新聞の記事は、旧グッドウィルの傘下ということで少々悪意というか、偏見があるような印象です。もちろん、内定者はきちんと入社させて処遇することが当然なわけで、いきなり職種も違えば処遇も劣る関係会社への転籍を求めるなどというのは、およそ感心したことではありません。ただ、東京新聞にはそれ以前の問題として「どうせ悪いことをするに決まっている」というような決め付けがあるようにも思えます。たとえば「待遇の低い関連会社に移しかえることで、金銭補償が生じる内定取り消しを避けた」なんてのは、かなりの悪意を感じます。まあ「とも受け取れる」だからいいじゃないか、ということなのでしょうが、実際には、内定取り消しに必ず金銭補償が発生するわけではありませんし、この場合はかなりやむを得ない事情が認められるように思われますので、発生したとしてもそれほどの多額にはならないでしょう。また、どこぞの会社のように(結局つぶれましたが)100万円の手切れ金を払って内定を取り消すのと、待遇は低くとも雇用して賃金を支払うのとどちらが有利かもいちがいにはいえません。条件次第ですが、手切れ金を払ったほうが有利という条件もおおいに考えられるでしょう。
また、J-CASTニュースによれば「プレミア・スタッフという一般事務・営業事務の人材派遣会社」への転籍とのことですが、東京新聞はこれを「コールセンターなどの関連会社」と書いています。プレミア・スタッフのウェブサイトをみると、たしかに同社からの派遣先にはコールセンターもありますが、しかしそれ以外の一般事務などの派遣先も多数あり、そのほうがはるかに多数です。ことさらにイメージの悪い「コールセンター」をとりたてて書くというのも、あまり公平な態度とは申せません。
もうひとつ、これは識者の発言ですが、「内定取り消しより悪質だ」というのもひどい決め付けです。まあたしかに「1,000万円の金銭補償をともなう内定取り消し」に較べたら「悪質」かもしれませんが、一般的に考えて「内定を取り消すよ、あとのことは知らないよ」というのと「いずれ復帰するまでの間、職種や待遇は違いますが、関係会社で働いていただくことはできますが…」というのと、さてどちらが悪質でしょうかねぇ。これはちょっと労働問題に詳しい弁護士先生の発言とは思えず、おそらくはコメントの一部を記者が記事にする際に都合よく使ったのではないかと邪推というかなんというか。
いっぽうで、繰り返しになりますが私は部外者なので断定的なことはいえませんが、しかしこれが「唯一かつ最善」だといわれると、本当にそうかなぁという感想はあります。労働問題に詳しい米倉勉弁護士の「転籍は出向とは違い、入ったはずの会社に籍がない」という指摘は重要です。本当にいずれ復帰させる決意であるなら、シーテックに在籍のまま関係会社に出向させるという方法はあったように思います。たしかに、シーテックから関係会社に出向、そこから派遣先へ派遣、という重層構造も好ましいものではありませんが、将来の復帰含みで転籍する、という方法に較べればまだしも自然ではないかと思います。就業規則上出向規定がないのであれば作ればいい(それほど難しい作業ではないでしょう)わけです。出向であれば期間の伸縮だって比較的容易で、職種が変わることも比較的容認されやすいのではないかと思います。まあ、派遣技術者として雇用する、という特約があるのであれば、そこの変更は本人同意が必要になりますが、それにしても転籍が必要ということはないと思われます。初任給についても、記事のとおり4万円違うとして年間48万円、これなら初任給は当初のままでも賞与の水準を調整すれば影響は大いに緩和できるはずです。
ということで、どうして出向にしなかったのか、あえて転籍という困難な方法を選んだのかが疑問です。これはやはり、「最悪の場合、行きっぱなし」というオプションはキープしておきたかったのだろう、と想像してもそれほど不自然ではないのではないでしょうか。実際、状況によっては特定分野からの撤退、という可能性も視野に入れているのかもしれませんし、そうなればその分野の内定者は戻り先がなくなることになります(まあ、新卒、特に学部卒なら隣接・近接の他分野であればキャリア継続が可能な可塑性を持っている可能性も高いと思いますが)。そうした「行きっぱなし」の可能性があるのであれば、それはそれで内定者に明確に説明しておくことが必要なのは当然でしょう。はたして、それはきちんと行われているのかどうか。内定者を手放したくないと思っているとしたら、そういう良くない情報は説明されていない心配もあります。ここまでくるとさすがにわかりません。
いずれにせよ、この会社が直接的に内定を取り消すのではなく、なんらかの形で雇用できるようにしようと努力していることはそれなりに評価してもいいのではないでしょうか。もちろん、内定どおりの条件ではないわけですからおよそほめられた話ではないでしょうし、内定取り消しにともなう悪評を避けることが動機の一つになっているかもしれないわけでもありますが。ちなみに、シーテックのウェブサイトの中の企業情報>ご挨拶の中には「私たちは徹底したコンプライアンス体制のもと」という一文があって、苦笑を誘うものがあります。