雇用問題についてのまとめ(1)

きょうはまず、池田先生の意見が網羅的にまとめられている2月1日のエントリhttp://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/91cdb14c810ee53d7653c4c2b3b56d22「雇用問題についてのまとめ」を取り上げてみたいと思います。「ジャーナリストのために経済学の基本的な考え方を紹介しておこう。」とのことなので、ジャーナリストにはこれで十分、という書き方をされているのだと思いますが、一般人によりわかりやすいようコメントを付していきます。

1.短期の問題だけを考えてはいけない:「解雇規制を緩和したらクビを切られる社員がかわいそうだ」という同情論は、桜チャンネルの司会者からリフレ派まで広く分布しているが、これは短期の問題だけを見ている。長期的な自然失業率への影響を考えると、サマーズも指摘するように、「労働者保護」の強化は必ずしも労働者の利益にならない。

いきなり「?」だったのですが、これは(誰か知りませんが)「桜チャンネルの司会者」や「リフレ派」を「同情論」というネガティブタームで批判しようという異なる意図が入り込んでいるからだと気づきました。これがたとえば「この状況で解雇規制を緩和したら失業率が上がるだけ」というのは「短期の問題だけを見ている」もので、政策論においては「一時的に失業率が上がっても、企業業績の回復や賃金水準の調整などを通じて中長期的には労働者にも利益をもたらす」といった長期的な観点も必要だ、ということであればわかりやすかったように思います。もちろん、局面によっては失業増のショックがもたらすダメージが大きすぎて中長期的にも労働者の利益にならないという可能性も否定できませんから、実際の政策実行にあたってはケースバイケースで検討が必要ですが。
また、「長期的な自然失業率への影響を考えると、…「労働者保護」の強化は必ずしも労働者の利益にならない」というのも少しわかりにくいものがあります。自然失業率というのは古典的には完全雇用下での失業率で、であれば摩擦的失業(より良い職を求めての一時的失業)だけなので高ければ悪いとか低いほどいいとかいうことは必ずしも一概にはいえないように思われます。もっとも、今日的には自然失業率といえばNAIRUを指すことも多く、こちらには構造的失業も入ってきますので、この部分については低いほうが望ましいことはたしかでしょう。ただ、労働者のためになるかどうかは失業率だけでなく労働条件等も含めて考える必要がありますので、池田先生の言われるとおり「必ずしも労働者の利益にならない(が、利益になることもありうる)」ということになりましょう。

2.解雇規制を強めることは失業率を高める:ゲーム理論で考えると、解雇規制を強めることは正社員の雇用コストを高め、自然失業率を高めるのは自明である。国際的にも、解雇規制と失業率に有意な相関があることは定型的事実である。

ということで、「ゲーム理論で考えると…自明である」というのはなんとなくそんな気もしますし、無学な私としてはそういう理論モデルがあるのだろうな、と思うしかないのですが、「国際的にも、解雇規制と失業率に有意な相関があることは定型的事実である」というのは少々言い切りすぎの感があります。平成19年の経済財政白書は「失業率と雇用保護規制の強さとの関係について、OECD主要先進国の2時点変化で確認すると、雇用保護規制が強くなるほど失業率が高いという大まかな関係はみられるが、統計的にはそれほど強い関係とはいえなかった」という分析結果を紹介し、「必ずしも失業増加につながるとは限らない一般的な雇用保護規制」と結論づけています(図表はhttp://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je07/07f32050.html)。

3.労働者の過剰保護は生産性を低下させる:解雇規制は失業率を高めるが、労働者はfirm-specificな人的資本に投資するので、事後的に解雇(ホールドアップ)されるリスクが大きいと、過少投資が生じて生産性が低下する可能性もある。どちらの効果が大きいかは実証の問題だが、多くの研究では労働者保護規制(EPL)の影響はマイナスである。たとえばOECDのEmployment Outlookでは、次のようにEPLが労働移動をさまたげて生産性に負の影響をもたらすとしている:(図表略)

これも池田先生ご指摘のように研究によって結論は異なるようで、それほどはっきりした結論が出ているわけでもないようです。ご紹介のOECDのEmployment Outlookでも、「その効果は小さいが、蓄積されていくことを考えると政策的に無視はできない」といった評価がされていて、影響は大きくないことを認めています。また、それでは規制を緩やかにすればするほど生産性が高まるかというとそういうわけではないことや、人や職種、あるいはその他の社会制度等との関係で、場合によって影響が異なることには注意が必要でしょう。

4.過剰な失業給付は失業率を高める:欧州のように失業給付が何年もの長期にわたり、就労時の賃金の90%を保障するような制度のもとでは、職探しのインセンティブが低下するので失業率が高くなる。しかし適切な職をさがすセーフティ・ネットとして生産性を高める効果もあるので、失業給付を全面的に廃止することは好ましくない。

「適切な職をさがすセーフティ・ネットとして生産性を高める効果もある」というのについては、経済学の考え方を紹介されているということですから経済学的にはそういうことなのでしょうが、実際の失業給付は必ずしもそういうものとして設計されているわけではありません。倒産や解雇などの本人が意図せざる失業に対してはセーフティ・ネットとしての失業給付が手続次第すみやかに支給されますが、転職を意図して自ら退職・失業した場合については、3ヶ月間の待機期間が設定されています。自ら転職のために失業した人にまでセーフティ・ネットとして失業給付を即時に行うのがいいのかどうかは議論が残るところでしょう。個人的には、「適切な職をさがす」ことへの給付はセーフティネットというよりは転職を促進するためのインセンティブであり、これを失業給付で行うことにはかなりの疑問を感じます。失業給付でなくとも、自発的転職に国が補助金を出すのはあまり筋が良くないのではないでしょうか。企業が雇用調整のために転職の奨励金を出すのは大いにありうる話ではありますが。

5.問題は「階級闘争」ではなく「世代間格差」だ:労組はいまだに問題を「資本家vs労働者」の図式でとらえて「内部留保の分配」を要求しているが、分配がもっとも不公平なのは、これから生まれる子の税・年金負担が現在世代の18倍にものぼる世代間格差だ。本質的な問題は、中高年のノンワーキング・リッチが若い世代の雇用を奪っていることであり、階級闘争などという古い図式は、この巨大な格差を隠蔽するための目くらましだ。

現行制度では世代間格差が大きすぎて公正を欠くとか、持続可能でないといった指摘は非常に重要なものですし、それが「階級闘争」より大きな問題だ、というのもそのとおりなのかもしれません。比較は難しいような気はしますが…。ただ、そこからいきなり「中高年のノンワーキング・リッチが若い世代の雇用を奪っている」のが「本質的な問題」だというのはさすがに飛躍でしょう。「中高年のノンワーキング・リッチ」がどれだけいるのか、その存在がどれほど「若い世代の雇用を奪っている」のかについては、きちんと検証してみる必要があります。池田先生はNHK職員の例をノンワーキング・リッチの典型として紹介されていますが、それなりに市場経済の競争にさらされ、しかもこの厳しい経済状況下にあって、民間企業がそんなノンワーキング・リッチを何人も抱えているとは思えません。そこまでいかなくても、年功的な賃金体系のもとに、青壮年時に賃金を上回る貢献をした分をいま取り返している中高年がいるではないか、ということであればそのとおりでしょうが、企業がそれを解雇して若い世代を新たに雇うのが合理的かというと、かなり疑問があります。中高年を解雇して、かわって中高年に較べれば知識も経験も乏しく、定着にも問題のある若年を雇用するくらいなら、中高年の処遇を切り下げたほうが企業にとっては合理的である可能性が高そうだからです。まあ、中高年の賃金が下がる分は世代間格差は縮小するでしょうが…。
あと、「階級闘争」なんてたいした問題じゃないよ、内部留保がどうこうとか言ってそんなものにかかずらわっている場合じゃないよ、というご意見はご意見としてありうるものでしょうが、「階級闘争などという古い図式は」(世代間の)「巨大な格差を隠蔽するための目くらましだ」というのはさすがに考えすぎではないでしょうか。労組が(中高年の正社員を多く含む)組合員の利益に傾きがちに見えるということはあるかもしれませんが、労組が「階級闘争」「内部留保の分配」を「目くらまし」に使って世代間格差を「隠蔽」しようという陰謀(笑)をたくらんでいるとは私にはおよそ思えないのですが。

6.派遣労働や請負契約の規制強化は失業率を高める:日本で派遣や請負のような変則的な雇用形態が多いのは、OECDも指摘するように正社員の雇用保護が強すぎるためである。規制をこれ以上強化して派遣や請負を禁止することは、非正規労働者を失業者にするだけだ。

まあ、失業率を高めないような状況も考えられるかもしれませんが、多くの場合はそのとおりでしょう。ただ「正社員の雇用保護が強すぎるため」なのか、「企業が長期雇用を人材戦略として重視するため」なのかは議論がありそうですが。いずれにしても規制強化がかえって失業率を高めかねないことについては、福井秀夫先生ならば「ごく初歩の公共政策に関する原理すら(ry
長くなってきましたので、明日に続きます。