相次ぐ採用内定取り消し

きょう、フジサンケイビジネスアイのサイトに江利川毅厚生労働事務次官の談話が掲載されました。内容は採用内定取り消しに関するもの。

 米国発の金融危機実体経済に影響を及ぼし始めたことで、来年4月に入社予定の大学生の内定取り消しが増えている。江利川毅(えりかわ・たけし)厚生労働事務次官は「米国の不況が若年層の雇用にまで影響を及ぼしてきた」と警戒感を示す。
 バブル崩壊後の就職氷河期に就職できなかった大学生が今、“年長フリーター”の増加という社会問題になっている。職業安定法施行規則によれば、高卒者なども含め「新規学卒者の内定を取り消した企業はハローワークに届け出なければならない」。ハローワークは、内定取り消しの事情を調査し、場合によっては企業に撤回を求める。
 また、やむを得ない事情で内定が取り消されたケースについて、ハローワーク厚労省に報告することになっているが、「本省への報告はまだ4件。しかし、これからさらに増えそうだ」と江利川さん。「ハローワークを通じて企業に内定取り消しの実態を聞き、学校からも情報を収集したい。そのうえで、補正予算で認められた雇用対策に力を入れなければ」と気を引き締める。
http://www.business-i.jp/news/special-page/kanwa/200811170005o.nwc

実際、このところ内定取り消しに関する報道が散見されます。たとえば日経の11月7日の報道です。

 景気後退が加速するなか、大学生や高校生の就職が急速に厳しさを増している。首都圏の大学では来春卒業予定の学生が内定を取り消されるケースが夏以降相次ぎ、高校からも「求人票が激減した」などの声が上がる。ここ数年の好調から一転、「就職氷河期」再来に学生らは危機感を強めている。
 「この時期に内定取り消しが相次ぐことは過去数年間なかった」。明治大(東京・千代田)の就職・キャリア形成支援事務室の職員は声を落とす。同校では8月下旬から10月末までに、不動産やIT(情報技術)関連企業から内定を得ていた4年生4人が「業績不振」を理由に内定を取り消された。1人は10月1日に「内定承諾書」を企業に提出したばかりだった。
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20081107AT1G2704806112008.html

続いて読売の11月12日付。

駒沢大学では、今年9月末から10月初旬にかけて、男子学生2人の内定が取り消された。内定を取り消した不動産会社と自動車部品製造会社の担当者は説明と謝罪のために大学を訪れ、理由を「景気低迷による事業計画の見直し」と説明したという。
 駒沢大学キャリアセンターは「大学としては『不本意だ』という意思表示をするのが精いっぱい」と困惑を隠さない。
 また、明治大学の就職・キャリア形成支援事務室によると、8月下旬から10月末までに、不動産2社、情報通信、ゲーム機製造の計4社からそれぞれ内定を得ていた学生4人が「業績不振」を理由に内定を取り消された。4人は再び就職活動を続けている。
 地方でも内定が取り消されるケースが出ている。マツダの減産などの影響で景況感が悪化している広島県では、広島労働局が10月末に県内の16大学に聞いたところ、6大学の8人が内定を取り消された。建設会社や不動産会社などで「経営環境の悪化」が理由だった。
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/special/47/naruhodo306.htm

11月11日付の産経。

…「現金50万円を渡され、内定がなかったことにされた」。各大学の就職部には、就職を控えた4年生の学生たちから、内定取り消しの報告が寄せられている。首都圏だけでも、日大、亜細亜大、大東文化大、明星大…。いずれも件数は少ないというが、売り手市場だった近年では見られない光景だ。
 やはり、米国発の金融危機の影響で、各大学の就職部では「幸いにも時期が早いので、再度の就職活動をサポートすることに力を注いでいる」という。
 就職斡旋機関「いい就職プラザ」を運営するブラッシュアップ・ジャパンによると、内定取り消しは不動産関連企業で目立つという。秋庭洋社長(41)は「この調子だと例年の4〜5倍にまで増えそう。金融不安が日本の大学生の就職戦線に大きな影響を与えている」。
 学生の人生設計を狂わしかねない事態に、厚労省は内定取り消しの実態調査を全国のハローワークに指示。「企業の都合で一方的に内定が取り消された場合は、企業への指導も可能なので、相談してほしい」と呼びかけている。
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/081111/trd0811110033000-n2.htm

朝日は10月28日にこう報じていました。

…「このまま入ってきてくれても希望の部署にはいけないと思う。あなたのキャリアを傷つけることになるので、就職活動を再開した方がいい」
 関西の私立大に通う4年生の学生(21)は先週初め、5月に内定をもらった大手メーカー(東京)から、電話で内定「辞退」を促された。今月初めの内定式で顔を合わせたばかりの人事責任者は、「業績が悪化し、株価も激しく落ちている。会社はリストラを始めている」と付け加えた。
 学生にとっては、留学経験を生かせると考えて内定3社の中から選んだ会社だった。同社の内定者仲間にも同様の電話がかかっている。学生は「今はまだパニック状態としか言えません」とこぼした。
 「こんな事態は初めて。内定取り消しなんてしたら、翌年から誰もその会社には応募しなくなるのに」。流通科学大(神戸市西区)の平井京・キャリア開発課長は困惑を隠せない。同大学の4年生2人が、相次いで就職の内定取り消しを受けたからだ。
 大阪市の不動産会社に内定していた男子学生は、9月下旬に呼び出され、「景気が悪くて、マンションが売れない。社員の一部にも退職をお願いしている危機的な状況だ」と取り消しを告げられたという。学生は「この時期から、どう就職活動をすればいいのか」と途方に暮れる。別の男子学生は大阪市のコンピューターシステム会社から内定を取り消された。
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200810280080.html

いずれも個別事例の取材にもとづく記事ですが、労働市場全体にこうした動きが広がっているのではないかと想像させるものがあります。厚労事務次官も言われるように、まずは情報収集、実態把握が必要でしょう。
そこで次官の談話にあるハローワークへの報告ですが、職業安定法施行規則で次のように定められています。

第三十五条  厚生労働大臣は、労働者の雇入方法の改善についての指導を適切かつ有効に実施するため、労働者の雇入れの動向の把握に努めるものとする。
2  …新規学卒者…を雇い入れようとする者は、次の各号のいずれかに該当する場合においては、あらかじめ、公共職業安定所…にその旨を通知するものとする。
一  新規学卒者について、募集を中止し、又は募集人員を減ずるとき…。
二  新規学卒者の卒業後当該新規学卒者を労働させ、賃金を支払う旨を約し、又は通知した後、当該新規学卒者が就業を開始することを予定する日までの間(次号において「内定期間」という。)に、これを取り消し、又は撤回するとき。
三  新規学卒者について内定期間を延長しようとするとき。

「通知するものとする」とはいうものの、特段の強制力があるわけではなさそうで、実際にどれほど通知されているのか疑問を禁じ得ません。もちろん、ハローワーク経由の求人(募集)で募集を中止したり人数を減らしたりする場合には、これはその手続きをするでしょうが、それ以外の場合はどうかというと…。企業がたとえば「大卒理系500人」などと採用計画を発表したものの、思わしい人材がそれだけ集まらず、結局350人の採用にとどめた…というのは比較的ありがちな状況だと思いますが、こうしたケースもいちいちハローワークに通知されているかというと、まあ100%されているとは考えにくいものがあります。というか、専任の採用担当者(厚労省が開く実務セミナーなどを受講している)がいる企業や、社労士に諸手続を委託している企業ならともかく、そうでない企業ではそもそも使用者がそれを知らない、ということもありそうです。
さて、江利川氏の記事によれば、内定取り消しについて「ハローワークは…場合によっては企業に撤回を求める」とのことです。採用内定取り消しについては有名な最高裁判決(大日本印刷事件−最二小昭54.7.20)があり、「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」とされていますので、単に業績が悪くなった、といった理由では内定取り消しは無効とされる可能性が高いようです。まあ、業績悪化は経営者の責任だから、ということでしょうか。
ただ、今回の状況がどうかというと、もちろん個別判断であるには違いなく、安易に内定取り消ししてハローワークから撤回を指導される企業もかなりありそうですが、一部には内定取り消しも致し方ないという企業もありそうです。現在の労働市場の実態として、それがいいかどうかは別としても、4年生の4〜5月くらいには大学新卒者の相当数が就職内定を得ているでしょう。企業サイドとしても、このくらいの時期には採用内定の決断をしなければならないのが実情と思われます。この時点で、たしかに昨年からサブプライム問題などは認識されてはいましたが、はたしてリーマン・ショック以降の金融危機、急激な経営環境の変化、それにともなう業績の悪化が予測できたかといえば、それは困難だったと考えざるを得ないのではないでしょうか。それにより業績が極度に悪化して、社員にも希望退職を求めているような状況であれば、これは「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができる」という判断もありそうに思えます。まあ、繰り返しになりますが個別判断でしょうし、東京と大阪で判断がわかれそう(笑)な気もします。