生活対策とESOP

きのう取り上げた「生活対策」ですが、よくみてみると各所に労働関連の施策が織り込まれています。たとえば、「3.生活安心確保対策」のところに「10万人程度の介護人材等の増強」というのがあります。

○介護従事者の処遇改善と人材確保等
・介護報酬改定による介護従事者の処遇改善
― 平成21年度の介護報酬改定(プラス3.0%)等により介護従事者の処遇改善を図ることとしつつ、それに伴う介護保険料の急激な上昇を抑制等
http://www.kantei.go.jp/jp/keizai/images/taisaku.pdf

ヘルパーなど介護労働者の労働条件や定着の状況については労働界を中心にかねてから問題視されているところですが、事業者にしても介護報酬が公定価格になっている以上は従業員の労働条件を変更しようにも限界があるのは致し方のないところです。今回改定の3%でどれほどのことができるかといえばこれまた限界はあるでしょうが、現行制度で介護従事者の処遇改善を行うなら介護報酬を引き上げることは不可欠なわけですから、一歩前進であるには違いありません。ただ、介護報酬引き上げは当然ながら保険料の引き上げか利用者の自己負担増を必要とするはずで、「介護保険料の急激な上昇を抑制」というのをどのように行うのかが最重要だろうと思うのですが、これには具体的な言及はないようです。自己負担については触れられていませんが、しかし政治的には自己負担増はおよそ許されないでしょう。有力な選択肢ではないかとも思いますが…。
あと、介護に関しては「年長フリーター等を介護人材として確保・定着させた事業者への助成」とか「外国人看護師・介護福祉士候補者への日本語研修」とかいった施策もさりげなく?織り込まれていて目をひきます。
さて、「出産・子育て支援」に労働関係の内容がないのは逆の意味で面白いところですが、「障害者支援」には「障害者雇用の促進」として「障害者雇用の経験のない中小企業に対する奨励金の創設、障害者雇用の特例子会社等の設立促進助成金の創設」が盛り込まれています。雇用失業情勢が悪化すると、障害者は健常者以上に厳しい状況に置かれがちと思われますので、適切な政策といえましょう。とりわけ、現行の障害者雇用率制度のもとでは、常用雇用55人以下の事業所では障害者雇用が求められないしくみになっているため、「障害者雇用の経験のない中小企業に対する奨励金」は有意義な政策かもしれません。特例子会社についても、ノーマライゼーションの観点からは批判もあるようですが、雇用促進の効果を優先すべきところだろうと思います。
あとは、中小企業支援策の一項目として「人材確保・育成の促進、技術承継支援等」が織り込まれているのはお約束として、「6.成長力強化対策」として「日本版ESOP(従業員株式所有制度)導入促進のための条件整備」が織り込まれているのは注目されます。なぜESOPが成長力強化対策なのか?というのが素朴な疑問ではあるのですが、成長力強化は「<第2の重点分野>金融・経済の安定強化」の一項目に位置付けられているので、なんとなくそうかな、という感じはしないではありません。
 ちなみにESOPとはEmployee Stock Ownership Plan の略で、401kが自己責任で適宜投資するものとされているのに対し、もっぱら自社株に投資する確定拠出型年金プランです。すなわち、制度としては退職金制度であり、従って原則的に社員は全員参加となります。具体的には、企業がESOPに対して拠出を行い、それをESOPは自社株で運用します。従業員は退職時までこれを引き出すことはできず、退職時に原則として自社株の現物を受け取ります。もちろん、それを現金化したり、さらに年金化して受け取ることも可能で、年金化すれば確定拠出型年金となるわけです。米国では企業の拠出に対しては賃金の一定割合(15〜25%)まで損金計上できるという優遇税制があって、これが導入拡大に大きな役割を果たしているのだそうで、ここでもそれが意識されているのかもしれません。ごく大雑把にいえば、ストック・オプションを退職金制度、あるいは確定拠出型年金制度に応用したものと言えると思います。したがって、原則的に自由参加であり、参加者に対して企業が支援を行う、日本で一般的な従業員持株会とは、かなり性格の異なるものです。
 さて、これは企業にとっては安定株主の確保につながるわけですので、その点ではたしかに成長力強化につながるかもしれません。ただ、これを「金融・経済の安定強化」のために促進すると言うのは、これにはどうも違和感があります。ESOPの設立は株の買い手の出現ですから、株価に与える影響は上げる方向でしょうが、米国でESOPが株価を押し上げたのは、ESOPを信託として設立し、資金を借り入れて一気に自社株を大量購入したからだといわれています(株価上昇(や配当)が借り入れ金利を上回れば、レバレッジ効果で巨額のゲインを得ることができるという寸法)。もちろん、足元の状況だけをみれば、現在の株価水準は自社株を格安に購入できるチャンス、という見方も当然できるでしょうから、ESOPをはじめるにもチャンスだ、ということかもしれません。ただ、中長期的にみると、そもそも今回の金融危機レバレッジを効かせた取引が肥大したことが背景の一つにあるといわれているわけで、こうしたリスクを有する取引を、しかも勤労者の退職金の会計で政策的に拡大するというのがいいことなのかどうか…。もちろん、個別企業労使が類似の制度を導入することは自由だと思いますが。このあたり、私は金融は門外漢なので、あるいは見当違いの議論をしているかもしれません。
 実は、同じく<第2の重点分野>の「4.金融資本市場安定対策」には、こんな項目もあります。

○国内市場の安定に向けた必要な対策の実施
・自社株買い規制の緩和(実施済)
・企業に対する自社株買いの要請(資本コストの低下による競争力強化、賃金や下請企業への還元の促進)
・従業員持株会による株式取得の円滑化(実施済)

 まあ、株安は金庫株を増やすチャンスだとか、ドルコスト平均法の持株会をやるには悪い環境ではないということはいえるだろうとは思います。ただ、自社株買いが「賃金や下請企業への還元の促進」につながるという理屈はなかなかわかりにくいものがあります。というか、私にはわかりません(笑)。持株会のある企業なら株価の上昇はたしかに従業員にとっても資産の増加にはなるでしょうが、それが「賃金」かといわれるとちょっと…。同じ理屈で、株式を持ち合っている下請企業にとっては株価上昇は恩恵でしょうが、それを「還元の促進」というのもやや無理気味なような…。これも私が素人ゆえの無知に過ぎないのかもしれませんので、ご存知の方にご教示いただければ幸いです。