理工系女性研究者の育児とキャリア

 きのうの日経新聞で、理工系女性研究者の実態調査の結果が記事になっていました。記事のもとになった調査結果はウェブ上で公開されていて(http://annex.jsap.or.jp/renrakukai/2007enquete/h19enquete_report_v2.pdf)、大部ですが、まことに興味深い内容を多数含んでいて、思わず読みふけってしまいそうです。

 理工系の学会などでつくる男女共同参画学協会連絡会は、大学や企業で働く女性研究者に関する実態調査を実施した。育児休暇を取らなかった人が五二%に達したほか、男性に比べ昇進が数年単位で遅れがちなことや、年収が男性の八割程度にとどまっていることが判明。育児や家事、処遇を巡り、女性研究者を取り巻く環境の厳しさが浮かんだ。
 調査は二〇〇七年八―十一月にかけて、同連絡会に加盟している学会や協会の会員を対象に、ネット上で回答を募る形式で実施。男性約一万三百人、女性約三千八百人が回答した。
 女性の回答は二十五―四十五歳の範囲に七二%が集中した。最も多かったのが三十歳以上三十五歳未満の二三%、三十五歳以上四十歳未満が二〇%で続いた。所属先は大学が五八%、研究機関が二六%、企業などが一六%だった。
 アンケートによると、女性研究者の六六%は子供がおらず、四十代までの子供の数は平均〇・九人と一人に届いていない。生涯の理想の子供の数は平均で二人程度だったが、その実現の可能性を聞いたところ、六二%が「実現できない」と悲観的だった。実現できない理由は「育児とキャリア形成の両立」が七四%に達した。
 育休を希望通りに取得した女性研究者は二六%にとどまり、取得したが希望通りではなかった人が二〇%、取得しなかった人は五二%と過半数に達した。
(平成20年10月15日付日本経済新聞朝刊から、以下同じ)

調査では育児休業を取得しなかった理由も聞いており、それによると男性では「必要性がなかった」が最多で47.0%となっています。これはまあ男性の配偶者が専業主婦だったりするケースも多いということでしょう。これに対し、女性で最多の理由は「仕事を中断したくなかった」で、46.2%となっています。なるほど、理想の子ども数を実現できない理由が「育児とキャリア形成の両立」が最多で74%という結果とも辻褄があっています。理工系の研究者ともなれば、出産や育児のために研究を中断することは耐えられないという気持ちは容易に察することのできるものです。
もちろん、子どももほしい、育児もしたい、でも研究も中断せずに続けたい、というのは、からだは一つしかなく、一日は24時間しかない以上、ある程度のトレードオフは避けられないわけで、どれかを取ればどれかを捨てざるを得ない、そこをいかに効率的かつ自分がより多く満足、納得できるように組み合わせるのかがキャリアデザインというものではないかと思うわけですが、いっぽうでその効率性を高める、全部は無理にしてもなるべく多くを取れるようにするための支援というのも非常に大切でしょう。
それではどのような支援が望まれているかというと、この調査では「仕事と家庭の両立に必要なこと」も聞いています。男女の違いも面白いのですが、ここではとりあえず女性の意見だけを取り上げますと、最多なのが「上司の理解」で63.1%。次いで「保育園のサービスの拡充」が60.7%、「職場の雰囲気」が52.1%、「学童保育の拡充」が50.7%、「男女役割分担の意識を変える」が49.9%と続いています。上司の理解とか職場の雰囲気とかいうのはいろいろなものを含んでいそうですが、保育園、学童保育といったサービスの拡充というのは非常に明確かつ具体的です。とりあえず研究に従事する時間に子どもを預かってもらえる環境があれば、あとは「自分で関わる」という部分をそれなりにギブアップすれば「育児とキャリア形成の両立」が可能になるわけです。考えてもみれば、高度な専門性を有する技術者を必要以上に休ませるのは国家にとっても大いに損失なわけで、育児サービスの拡充はここでも急務といえましょう。
「男女役割分担の意識を変える」もほぼ半数があげているわけですが、これは上司や職場の意識もさることながら、やはり配偶者に対して「おまえも育児(など)をしろよ」という部分も大きいでしょう。実際、この調査の回答者のプロフィールをみると、男性では半数以上が配偶者は無職(これは上記の育児休業を取得しない理由と整合的)なのに対し、女性の配偶者の98.1%は有職であり、かつ65.6%は研究技術職となっています。「なぜ女性である私ばかりが育児のためにキャリアを中断しなければならないのか」という疑問はまことにもっともなものと申せましょう。
それも、次のような結果の一因となっているのかもしれません。

 男女で処遇差があると答えたのは男性四八%、女性六九%。昇進の速度を男女で比べると、四十代では大学で六年、企業では四年程度、女性の方が男性より遅れ、五十代になると女性の昇進が頭打ちになる傾向がみられた。
 年収分布でも女性が四百万―五百万円に多く集まっているのに対し、男性は四百万―千百万円に幅広く分布しており、女性の方が高額所得者が少なかった。平均すると女性は男性の八割程度の年収にとどまっていた。
 同連絡会によると、日本の研究者に占める女性の割合は一三%と、ロシアの四二%、米国の三四%、フランスの二八%など他の先進国と比べて大幅に低い。連絡会は「科学技術者の多様性を確保するため、女性研究者の増加を促す必要がある」と訴えている。

さて、さきほどの「仕事と家庭の両立に必要なこと」で多かった「上司の理解」と「職場の雰囲気」ですが、これはまあきわめて無粋かつごくごく大雑把にいえば「子育てしている人なんだから、あれこれいろいろ大目にみてよ」ということでしょうか。これはもちろん、「育児の都合でちょっと早く帰るくらいで、なにもそんなに白い眼で見なくてもいいじゃない」といったものもあるでしょうが、それだけではなさそうです。
この調査では「女性研究者が少ない理由」に加えて「指導的地位の女性比率が低い理由」に関する意識も聞いています。これまた女性の回答をみると、上位2つは双方に共通していて、最多が「家庭と仕事の両立が困難」でそれぞれ66.2%、63.2%となっており、次が「育児期間後の復帰が困難」で46.6%、52.6%となっています。「育児期間後の復帰が困難」は「家庭と仕事の両立が困難」に含まれるのではないか、という気がかなりするのですが、まあそれはよしとしましょう。
そして、実は3番めも同じ回答で、「業績評価において育児・介護等に対する配慮がない」が36.2%、48.7%となっています。しかし、これはどういう意味なのでしょうか。論文のクオリティが低くても、育児・介護をした(している)研究者のものは高く評価せよということでしょうか。あるいは(こちらのほうがありそうですが)育児・介護をした(している)研究者は、論文のクオリティが良好であれば、論文の本数が少なくても高く評価せよということでしょうか。後者は一応は研究者としてのポテンシャルを重視するという理屈で、これはこれで一定の考慮ははらわれてしかるべきと思いますが、それにしてもこのような「配慮」を行うことがいいことなのかどうか、研究者の中でも議論があるのではないでしょうか。
いずれにしても、「休んで育てる」ことも大切でしょうが、やはり「預けて研究を続ける」ことができればこうした問題は起きないわけで、使い古された言葉ですが「科学技術創造立国」を目指す上においても保育サービスの大幅な拡充が必要不可欠だということではないでしょうか。