長期雇用重視と生計費配慮

しばらくサボっている間にhamachan先生からお呼びがかかっていたようです。お題は、hamachan先生の新たな勤務先である労働政策研究・研修機構から発表された「企業における人事機能の現状と課題に関する調査」(第2回企業戦略と人材マネジメントに関する総合調査)です。hamachan先生のブログでもポイントのご紹介がありますが、ここにも掲載しておきましょう。

  1. 強まる長期安定雇用志向―「できるだけ多くの正社員を対象に長期安定雇用を維持していきたい」と考える企業が全体の8割に達している。この傾向を4年前と比較すると長期安定雇用志向の企業が増加していることがわかった。
  2. 人手不足を背景に進む新卒採用と高齢者活用―新卒採用や高齢者の活用など人手不足を解消するための人事施策の重要度が高まっている。
  3. 成果主義導入企業の4割で格差が拡大―2008年時点で成果主義を導入している企業では、2000年以降の同一部門の課長レベルの正社員の年収格差は、40.5%が「広がった」、42.7%が「変わらない」、10.0%が「縮まった」と回答している。
  4. 人事担当者の意識―8割以上が「従業員の生活保障は企業の務めである」と考える他、多くの人事担当者が株主と従業員による経営監視に肯定的である。
  5. 人事担当部門を経由する多様な労使コミュニケーション―人事担当部門へは、上司、社内の自己申告・苦情処理制度、組合、社内外の相談窓口など多様な経路を通じて苦情が寄せられており、人事担当部門が多様な労使コミュニケーション機能を担っているのが現状である。
  6. 他社の人事担当者との多様な情報交換―他社の人事担当者との情報交換が半数以上の企業において行われており、賃金・人事制度や労働市場における賃金の相場の情報などを交換していることから、人事担当者のネットワークを通じた他社の情報が、労働条件決定に影響を及ぼしている可能性が示唆される。
  7. 団交代替型の労使協議が7割―7割の企業で労使協議が行われており、その機能に着目すると、67%の企業で団体交渉に代替する機能を労使協議が果たしているなど、労使協議が労使交渉、労使コミュニケーションの要になっている。

http://www.jil.go.jp/press/documents/20080901.pdf

さてhamachan先生のお訊ねは次のようなものです。

いろいろな意味で示唆的です。これはあくまでも人事部長さんの考え方であって、財務部長さんや営業部長さんの考え方ではないということを念頭に置くと、ジャコビー先生の『日本の人事部・アメリカの人事部』で示されたような、企業内部における部門間の力関係がどうなっているかという補助線が一つ必要かもしれません。(マクロ的には、旧日経連の人がどういう考え方を持っているかということと、それが日本経団連の意志決定にどれだけの影響力を持ち得ているかという話にもつながります)
労務屋さんのご意見を是非伺いたいところではあります。
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post_f022.html

ジャコビー先生の本については、私も以前簡単な紹介を試みたことがあります。
http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20060907
そこでこの調査結果ですが、わが国大企業の人事部長が対象ということで、かなり実感に合う結果ですが、それでは財務部長や営業部長を対象に同じ調査を実施したらどういう結果になるかというと、もちろんやってみなければわからないわけですが、私の根拠のない山勘では、それほど大きくは違わない結果になるのではないかという気がしてなりません。とりわけ営業部長にしてみれば、リストラが吹き荒れるよりは雇用が安定しているほうが営業は好調でしょうし、ここ数年間は「人事部がもっと思い切って賃上げをしないから国内の売れ行きが今ひとつなんだよな…」というのが率直ところだったのではないでしょうか。財務部長にしてみても、赤字決算ならともかく、利益(や配当)を増やすためだけに首切りや賃下げをしたい、と考える人は少数派ではないかと思います。赤字のときに雇用調整ができるのであれば(実際できるわけですが)、「できるだけ多くの正社員を対象に長期安定雇用を維持」するのはけっこうなことだと考える財務部長は多いでしょう。ジャコビー先生ご指摘のとおり、長期雇用重視、生計費配慮という人事管理をすれば、企業内における人事部の役割は当然大きくなりますが、人事部が強いから長期雇用重視になる、とまでいえるのかどうかは難しいところでしょう。もちろん、経営ポリシーが投資家重視に変わると従業員福祉は相対的に軽視されるようになるということはあるでしょうが、これとて財務部が強いから投資家重視になるというよりは投資家重視の経営ポリシーだと財務部が強くなる、ということのほうが大きいように思います。

  • もっとも、長期雇用重視にしても生計費配慮にしても、その対象はもっぱらいわゆる正社員が中心であることには留意が必要でしょう。これは別途議論すべき問題です。

旧日経連と経団連にしても、たしかに合併前は日経連の雇用重視路線が目立っていたとは思いますが、いずれにしても経営者(企業)の集まりなので、実はそれほど違いはなかったようにも思われるわけです。まあ、旧日経連は労担経験者が多かったと思われますから、その分労使関係重視のカラーは強かったかもしれませんが、とはいえ労担経験はなくとも経営者は労使関係にも一定の配慮は必要です(「首切りするなら切腹せよ」の日経連会長も自身は経理畑出身・労担経験なしですし)。経団連にしてみれば(というか、お互いなのでしょうが)相手に対する独自色を、というところもあったことでしょう。さらにいえば、たとえば宮内義彦氏のような、声は大きいけれど考え方はややエキセントリックな人の影響力によって、その時々の色が変わってしまうといった効果のほうが大きいのではないかという気がします。