ニッセイ基礎研『定年前・定年後』

定年前・定年後 新たな挑戦「仕事・家庭・社会」

定年前・定年後 新たな挑戦「仕事・家庭・社会」

「キャリアデザインマガジン」第70号のために書いた書評です。


 粗大ゴミ、濡れ落ち葉、恐怖のワシ男。定年後の男性サラリーマン(一部と信じたい)の評判はまことによろしくない。今に始まったことではなく、彼らが「粗大ゴミ」に例えられるようになったのは1980年代はじめのことだし、1988年には新聞の社説で「濡れ落ち葉」が取り上げられている(1988年9月15日付日本経済新聞)。定年制が一般的なわが国では、前日まで平日毎日フルタイム勤務していた人が、定年と同時に「毎日が日曜日」となる。その後の長い「セカンドライフ」をいかに幸福に過ごすかは、優に20年以上も定年を迎える人々にとって大きな課題となってきた。
 それゆえ、本書には類書も非常に多く、amazon.co.jpで「定年後」を検索すると実に263件もの書籍がヒットする(2008年2月15日検索)。蓄財の手引きのようなものもあるが、多くはやはり幸せな定年後の過ごし方の指南書といった趣のものだ。そして、思い切って推測で大胆に言ってしまえば、それぞれの本が説く教訓も、それほど大きな違いがあるわけではなさそうだ。身も蓋もない言い方になるが、20年以上も問題意識が持たれてきて、200冊以上の本が出ているのだから、結論もそれなりに収斂していくのが自然というものだろう。もちろん、世の中の変化にともなって定年後のありようも変わってくるだろうから、教訓は変わらないにしてもそこに最新情報を織り込んだ本が出版されることには意義がある。
 しかし、この本はそれにとどまらず、むしろそれをはるかに上回る、類書にはない大きな意義を持つ。ほとんどの類書は、実際に定年後の生活を送っている人たち自身や、定年後の生活の支援に携わっている人たちから得た事例をもとに議論が組み立てられているように思うが、この本では、きわめて充実した統計調査をもとに、科学的に議論が進められている。おもに用いられているのは、1997年に50歳から64歳だった日本人男性1500人を対象に8年間におよぶ追跡調査を行い、最終的に742人のサンプルを得たという、非常に貴重なパネルデータである。まことに頭の下がる勤勉さであり、そこから得られた結論は、たしかに類書とも共通する常識的なものではあっても、その説得力は段違いである。学術研究書の体裁ではなく、「一般書」の形で常識に根拠を与えたことがこの本の最大の意義であり、他にない優れた特質であるといえよう(欲を言えば、「光」のあたった742人だけでなく、「影」の758人も気になるところだが、それはないものねだりというか、無理な注文というものだろうか)。
 しかも、より掘り下げた個別インタビューも行われており、そこから選ばれた具体的事例もふんだんに織り込まれている。文章の分量でみれば、こちらのほうがデータの分析・解説より多いくらいかもしれない。それにより、議論の説得力がさらに増すとともに、読みやすさ、わかりやすさという面でも優れたものとなっている。
 「2007年問題」と言われ続けた2007年もすでに過ぎ、団塊世代が定年を迎えている。今後、定年後の生活に対する関心はますます高まっていくだろう。この本の示唆によれば、定年前からしっかりした準備をすることが望ましいという。多くの人が、できるだけ早く、数ある類書の中の「決定版」としてこの本を手にとってほしいと思う。