日本学術会議、「大卒後3年間は新卒扱い」を提言(3)

きのうに引き続き、日本学術会議の「回答 大学教育の分野別質保証の在り方について」の第三部「大学と職業との接続の在り方について」をみていきたいと思います。
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-k100-1.pdf
ふと思ったのですが、何日かに分けるのであれば、この「回答」の目次を書いておいたほうがわかりやすいのではないかということで、今さらながら書いておきます。

第一部 分野別の質保証の枠組みについて
第二部 学士課程の教養教育の在り方について
第三部 大学と職業との接続の在り方について
1.若者を取巻く困難
2.学生の就職問題に関連するこれまでの対応
3.大学教育の職業的意義の向上
4.大学と職業との新しい接続の在り方に向けて
5.就職活動の在り方の見直し − 当面取るべき対策

で、今回取り上げているのが第三部で、きのうは「1.若者を取巻く困難」をみてきたわけです。
そこで続きですが、「2.学生の就職問題に関連するこれまでの対応」は、おもに前回の雇用調整期(就職超氷河期)以降の大学、企業・産業界、政府の対応がまとめられ、こう評価されています。

…未だ大学、企業、政府の何れにおいても、従来の大学と職業との接続を変
革しようとする十分な動きが出ているとは言いがたい。
 かつての日本社会においては、若者が学校から職業へのスムースな移行を遂げていくことが長期にわたって自明視されており、大学を含む学校教育における職業能力形成の問題をはじめとして、移行を支援する具体的な措置の必要性は意識されてこなかった。しかしそうした状況は世界的にも希有なことであったし、最早かつてのような時代が再び戻るとは想定できない。今後は、むしろ根本的に発想を転換して、若者が学校から職業に移行する際に大きな困難が伴うようになった現状を直視した上で、若者に対する支援策を抜本的に再構築しなければならないと考える。(pp.46-47)

高度成長期が世界的にも稀有だったことは事実かもしれませんが、しかし最近でも2005年-2007年のような売り手市場の時期もあったわけですし、そういう状況が再来することが「想定できない」と言われてもにわかには賛同しにくいものがあります。もっと長い目でみればわが国では若年人口が減少していくわけですから、基本的には若年は人手不足になるはずですし。ただ、成長が鈍化する中では不況期、とりわけ深刻な不況期には新卒就職が従来以上に厳しくなることも間違いないでしょうから、その支援が必要なことも確かだろうと思います。
で、ここから直接「5.就職活動の在り方の見直し − 当面取るべき対策」に飛んでいけば比較的世間にありがちな議論になっていくのですが、そうはならず、「3.大学教育の職業的意義の向上」に進みます。

 (第一部で提示された)参照基準においては、…当該分野を学ぶすべての学生が身に付けることを目指すべき「基本的な素養」を…同定することとして…いる。
…「基本的な素養」は、当該分野を学ぶことを通じて、学生が獲得すべき「能力」であるが、典型的には、専門的な知識や理解や方法論を活用して、何かをすることができる能力ということであると考えている。このような能力は、各分野において多種多様な同定の仕方があると思われるが、実際に学生にとってどのような有用性があるのかという観点に照らして吟味することが必要であり、そこで重要な役割を果すのが職業上の意義である。
 職業上の意義を持ち得る能力には、きわめて実践的なものから、当該分野のこれまでの発展・変遷の過程や将来的な課題に関する知識、当該分野の基礎となる汎用性の高い概念や倫理的な側面に関わる哲学・理念の理解など、様々な内容のものが同定され得るだろう。
 学習目標においては、専門的な知識や理解や方法論を活用できる「能力」の獲得自体が重要であるのは当然として、そうした能力を獲得するための知的訓練と言うことが、大学教育において常に意識されるべきであると考える(この観点から「学習方法」が大きな重要性を持つ。)。そしてこうした知的訓練を通じて、特定の専門分野の中だけでなく、広く職業生活一般において汎用的に活用することが可能な能力(ジェネリックスキル)が身に付けられるであろうことも、専門分野の教育の重要な機能であり、専門分野の学習目標として明確に位置付けられるべきである。(pp.46-47)

一昨日ご紹介した第一部での「職業上の「能力」」の整理と微妙に異なっていて、iii-2が「専門的な知識や理解や方法論」の「方法論」に該当するのかどうかが明確でありません。ただ、これは一昨日も(それ以前にも繰り返し)書いたように、企業が採用にあたってかなり重視することの多いものなので、職業への接続にあたってその獲得が重要ということは間違いなかろうと思います。
いっぽうで、「専門的な知識や理解」については、たとえば商学部で簿記や会計などの実践的な知識をしっかり教えればすぐに企業の経理マンとして一人前の働きができる(経営上有意義な予算管理や原価計算ができるとか、効率的な資金繰りができるとか)かといえばそうでもありませんねえという感じはしますし、まあもちろん貸方とか借方とかなんのことですかという人よりは多少はアドバンテージはあるものの、しかし長期的に経営幹部に育成登用していこうという意図で採用する際にはその違いは微々たるものでしょう。もちろん、経営幹部をめざすわけではない、生涯一経理事務員というキャリアの人(後述しますがこうしたキャリアの人材は今後重要性を増す可能性があります)を採用しようということであれば、それはこうした実践的な知識を持つ人は有利でしょうが、しかしこちらはそれには商業高校とか専門学校というものがありますよねえという話になります。まあレベルの差というものもあるでしょうが。
いずれにしても、これまでは学士課程では将来の職業につながるような専門教育があまり行われない、あるいは軽視される傾向にあったけれど、これからはそれを重視する大学がもっと出てきてもよい、という考え方は、教育機会の多様化という意味ではもっともなものだと思います。ただ、それで就職難が解消できるとか、就職が有利になるべきだとかいう過大な期待や無理な議論はすべきではないでしょう。章が変わるので明日に続きます。