労働経済白書

先週金曜日、本年版の労働経済白書が発表されました。

柳沢伯夫厚生労働相は三日の閣議に二〇〇七年版の労働経済の分析(労働経済白書)を報告した。今回の白書は人口減少社会となるなか、長時間労働など働き方の様々な問題を解消しワークライフバランス(仕事と家庭生活の調和)を実現することが今後の持続的な経済成長には重要だと指摘している。
 仕事と家庭生活の調和が進めば(1)男性が家事や育児に参加する機会が増え、女性が働きやすくなるなど就業率が向上する(2)安定して働く人が増えれば消費支出が増え、内需中心の経済成長が進む(3)働く人の自由時間が増えることで地域社会の担い手が増えるなど社会基盤が安定する――など様々な効果が期待できると説明する。
 調和の実現にはまず正社員と非正社員を賃金などで公平に処遇する、特に三十―四十歳代の会社員に目立つ長時間労働を是正するなど「誰もが安心して働くことのできる労働環境の整備が必要」と指摘。今の雇用システムを見直す必要があると強調している。
 また特に二〇〇〇年代に入ってから「労働生産性が高まったが実質賃金は上昇していない」と指摘。非正社員を中心に「労働者への分配を強化することが大切である」と、賃上げが必要との考えを示している。
 ただ今の労働分配率の水準が高いか低いかは専門家の間でも意見が分かれている。
(平成19年8月3日付日本経済新聞夕刊から)

まだ厚労省HPの要約版しか読んでいないのでなんともいえないのですが、感想をひとつ。
記事では『「労働者への分配を強化することが大切である」と、賃上げが必要との考えを示している。』と書かれていますが、白書要約版では、大企業の賃金について「今回の景気回復過程における大企業の売上高経常利益率の上昇幅の大きさは特に目立っており、売上高営業利益率の上昇幅もかつてに比べ大きい。当期純利益率の構成をみると、2001年以降、特に、大企業において、配当金が大きく増加している。また、内部留保、役員賞与の増加もみられる。輸出主導の需要拡大の下で、企業が生み出す付加価値も増大しているが、大企業においては、利益の拡大と企業の資産価値の維持・拡大が志向され、賃金の支払いに向かう部分はあまり大きくない。」と述べられ、続いて中小企業の厳しい経営状況と賃金水準の規模間格差の拡大を指摘しています。配当金や内部留保を減らして賃上げせよとの趣旨でしょうが、なぜ経営者がそうできないかを考える必要があるでしょう。
まず内部留保についていえば、一部の投資家からはこれを配当として株主に還元せよとの主張が声高になされていることに留意する必要があるでしょう。それにもかかわらず経営陣が内部留保を積み増すのは、バブル崩壊後に長年にわたって過剰債務に苦しめつづけられた経験をふまえての防御的な行動と考えることができるでしょう。また、内部留保を取り崩して賃上げしても、内部留保が枯渇してしまったら賃金水準を維持できなくなる可能性もあるでしょう。働く人にとっても、企業が倒産、あるいは経営不振によって雇用が脅かされるくらいなら、ある程度の内部留保を確保して経営を安定させることは、これを賃上げに向けるよりもむしろ望ましいという考え方もありうるのではないでしょうか。少なくとも、働く人の少なからぬ努力によってつくられた内部留保を配当金として株主に放出するよりは、内部留保として企業内に確保したほうがはるかにマシでしょう。
また、配当金、役員賞与については、経営不振時には大幅に減少したり、極端な場合はゼロになったりしていたことを考えれば、業績好調時の伸びが大きくなることも当然でしょう。実際、賃金についても、賞与はそれなりに業績改善を反映して増加しているはずです。
ただ、増減はともかく、業績改善を株主、企業、従業員でどのように配分するかについては、また別の議論があるでしょう。たしかに、今回の業績改善期においては、従業員への配分は抑制され、企業の利益の拡大とそれにともなう配当の増加に多くが配分されていることは確かなようです。そこで経営者に従業員への配分を増やさせようというのであれば、それによって利益や配当が減ったとしても、企業にも経営者にも不利益はないという状況を準備する必要があります。
白書は別の部分で「株主価値の向上やコーポレート・ガバナンスの強化といった企業経営の変化、また、これらとの関連性を持つ業績・成果主義の導入等の企業の人材マネジメントの変化は、企業の利益を高めることに寄与しているが、利益の向上が雇用の調整を通じた後ろ向きの対応によってもたらされたものである場合には、企業経営や人材マネジメントの変化が、雇用や設備の拡大を伴う、企業の真の成長につながっているとは言い難い。」と指摘しています。まことにもっともな指摘といえましょう。これまた、経営者が企業の真の成長につながる経営を行うことを阻害している要因を排除する必要があります。
しかしこれはなかなか簡単な話ではなさそうです。ごく単純に言ってしまえば、毎期、さらにいえば毎四半期、増益を続けることができる企業や経営者が立派だという価値観を排し、短期的な収益(や株価など)に一喜一憂せず、中長期的に発展・成長する、させることができる企業や経営者が立派だという価値観を広げる、ということでしょう。どうすればそうなるのか、具体的になにをすればいいのかはわからないのですが、とりあえず繰り返し書いているように、短期保有株主の権利を大幅に制約することは第一歩ではないかと思います。
なお、記事中に「正社員と非正社員を賃金などで公平に処遇する」とありますが、これは白書要約版ではきちんと「就業形態間の均衡処遇」と書かれています。