政策決定プロセスへの労使の関与

もう1日、労働政策研究会議の感想を書きます。午後はシンポジウムで、テーマは「雇用システムの変化と労働法の再編」、登壇者は司会が荒木尚志東京大学大学院法学政治学研究科教授、パネリストが樋口美雄慶応大学商学部教授、労働関係ブログ界の有名人hamachanこと濱口桂一郎政策研究大学院大学教授、中村圭介東京大学社会科学研究所教授の3人です。
まず荒木教授のキーノート・スピーチがあり、近年の労働立法をレビューしたうえで、それは必ずしも世間で言われているような規制緩和一辺倒ではなく、規制緩和に再規制・新規制が組み合わされているという評価が示されました。
次にパネリストからの報告に移り、樋口教授からは、「経済学から見た労働市場の二極化と政府の役割」と題して、近年の労働市場の変化の概観と、政府による労働市場への介入が正当化される可能性について報告がありました。濱口教授は、「労働立法プロセスと三者構成原則」と題して、EU、特に政労使協調によるデンマークの事例が紹介された上で、わが国においても労働法の再編が進められる中で三者構成原則は依然として重要であること、その際に労働者代表の代表性確保が課題であるとの指摘がありました。中村教授からは、今般の労働契約法・労働基準法改正における労働政策審議会労働条件分科会の議事録の分析をもとに、規制改革・民間開放推進会議などによる外部からのコントロールが強化される中で、専門家による研究会報告の軽視、労使双方がみずからの主張を述べ合うばかりで議論が進まない「審議」、国会対策重視といった審議会の内的変容が進んでおり、その機能が低下しているのではないかとの問題提起がなされました。
いずれも興味深い報告であり、とりわけ中村教授の問題提起が刺激的なものであったこともあって、政策決定プロセスを中心に非常に活発な議論が展開されました(私は労働市場に対する政策的介入についても関心があったのですが)。フロアとの意見交換では、高梨昌先生、花見忠先生、小池和男先生、菅野和夫先生といった錚々たる大家が続々と発言し、重厚な議論が盛り上がりました。
感想はいろいろあるのですが、労働政策の決定にあたってなんらかの形で労使双方の意見を反映するしくみを持つことはやはり必要なのではないでしょうか。たしかに、一部の規制緩和屋さんたちがいうように、経済環境の変化が激しい中では、政策にもスピード感が必要であり、これまでのように労使の意見調整に時間をかけたあげく足して2で割ったような中途半端なものが出てくるのではおよそ間に合わない、ということもあるかもしれません。とはいえ、だから3者構成をやめるというのではなく、3者構成でスピード感ある政策決定ができるようにしていく必要があるでしょう。
会議ではあまりおおっぴらには言われませんでしたが、終了後のレセプションなどの場で多くの出席者が指摘していたのが「政労使の力量不足」ということでした。実際、三者の能力が低下しているということはないでしょうが、経済が複雑化するなかで、それに十分についていけていないということはあるかもしれません。まあ、中村教授が指摘された労働契約法・労働基準法については、濱口教授も指摘していたとおり、そもそも含まれる問題が膨大であり、きちんと議論しようとすればどれも1年くらいかかるようなテーマが十数個は含まれていたわけですから、これをこの短期間でやりきろうというのは、関係者の力量云々をこえた問題で、そもそも無理としかいえなかったのではないかと思います(もっとも、労働条件分科会の運営で厚生労働省事務局にかなりの失策があったことも否定できないとは思いますが)。
使用者サイドとしても、なにせ奥谷禮子さんが分科会委員に出ているくらいですから、力量不足は否定できないでしょう。使用者側委員は1〜2人の経済団体幹部を除くと企業経営者が多く、労担経験者などを任命するといった配慮は行われているのだろうとは思いますが、やはり企業経営のニーズや規制緩和の要望などは語れても、それを労働政策論や立法論として議論できるかというとそれほど簡単にはいかないのではないのではないでしょうか。さらにいえば、これは委員を出している企業のスタッフがどうか、という問題になるのかもしれませんが、企業が市場での競争を戦う中では審議会の活動に経営資源をさいている余裕はなかなかないのかもしれませんが…。とはいえ、経済団体の事務局まかせで本当にいいのかどうかという気もしますが、これは結局は団体の活動に加わっている企業のスタッフの問題になってくるのかもしれませんが…。なかなか難しい問題です。
労働サイドにも難しい事情があるように思います。会議の議論では代表性が注目されていましたが、そもそも運動論としての問題もあるでしょう。労組の組織率が高くて交渉力が強く、世間相場などへの影響力も大きければ、労組としても待遇改善を労使交渉を通じて実現することができるでしょうが、いまや組織力も交渉力も影響力も低下していることは否定できません。そのせいか、労働時間短縮運動の頃くらいから、労組の運動論として立法闘争への傾斜がかなり鮮明になってきているように感じます。かつては、立法の部分ではそこそこ妥協しても団体交渉で取るものを取れていたからよかったのではないかと思うのですが、それが弱まったことで立法闘争のウェートが高まってしまった結果、妥協や譲歩が困難になり、結局最後まで言いたいことを言いつづけるといった対応が増えているように感じます。組織率低下の中では多様な運動を展開せざるを得ないのかもしれませんが、立法闘争に注力して組織化がなおざりになると、ますます組織力が低下してしまうのではないかと思うのですが、まあこれは余計なお世話ですが…。
代表性についてもちょっと妙な感じがあって、私はおそらく連合は正社員以外のパートや有期契約社員派遣社員などについてもその代表たらんとしていろいろ努力しているのだろうと思っています。ただ、私自身が参加している審議会の部会でもそういうきらいがあるのですが、それらの組織の活動家が傍聴にきているせいもあってか、議論の内容と無関係であっても一通りそうした組織の利益を主張しなければ代表者としての正当性が確保できないと思っているのではないか?という印象を受けます。私が具体的に経験した例として、雇対法改正を議論している部会で、直接関係のない均等待遇などの話を労働者代表委員が繰り返し持ち出して、議論が進まなかったということがありました。
そんな事情があってかなくてか、労働政策審議会の空洞化、形骸化が懸念されるという話ではあるのですが、考えてみれば他の省庁の審議会は軒並み形骸化している(失礼)わけで、まじめに3者構成でやっている労働政策審議会はまだしも機能しているほうではないかという気もします。労使双方の努力で、よりよい形で労使の意見が政策に反映されるようにしていきたいものだと思いました。