パート労働者への厚生年金拡大

ちょっと古いのですが、連合の高木会長が、2月8日に開催された「社会保障審議会年金部会パート労働者の厚生年金適用に関するワーキンググループ」で、参考人としてパート労働者への適用を訴えたとのことで、概要が連合のホームページに掲載されています。そこに、「主な質疑応答」が掲載されていて、なかなか面白いので、少し長くなりますが転載します。

(権丈委員) 国民年金第1号被保険者となっているパートの保険料について、事業主に徴収の協力を求められたら、どのように考えるか。ドイツのように事業主負担は100%適用で、被保険者が保険料を払うか否かは任意という制度については、どう考えるか。
(フード協会) 厚生年金適用の前に国民年金の空洞化を解決しなければならず、国民年金保険料を代行徴収については議論している。事業主負担だけはすべて適用というのは、年金制度の根幹にかかる問題であり、年金制度全体の問題として議論すべき。
(杉山委員) 連合は完全適用といいながら「当面」の基準を提唱しているが、何年後にどれだけの適用範囲というようにプロセスを決めないと意味のない制度改正になってしまうし、事業主も困るのではないか。
(高木会長) 全労働者を適用というファイナルゴールの時期を3年なり5年なり10年なりと決めて、その間の経過措置を考えるべき。
(フード協会) 年金制度への不信の解消、空洞化対策が適用拡大の条件。それに向けてデータに基づいた議論をしてほしい。我々は厚生年金未加入者をうまく活用して経営してきたのではない。働き方の多様化に応じて雇用を提供し、日本経済に貢献してきた。経済界全体の考え方を日本経団連から聞いてほしい。
(林委員) フリーターは厚生年金に適用を促進すると辞めてしまうと言ったが、逆に入れてほしいという声を聞くが。事業主側から就労調整しないというなら、適用して就労調整しないで済む仕組みにした方が雇用管理コストが減るとの意見があるが。
(フード協会) 厚生年金基金連合会をつくったとき、厚生省から従業員の出入りが激しいから設立は困難と強い指導を受けた。現在30時間での厚生年金適用すら従業員が望まないためうまくいっていない現実がある。
(江口委員) フードサービス協会の主張は、適用に反対とは聞こえない。事業主から就労調整はしていないし、労働者から30時間以上の雇用を求めれば拒まない、というのであれば、適用反対ではないのではないか。週20時間程度に下げれば、主婦側は壁を乗り越えようということになるのではないか。
(フード協会) 保険料負担で業界はやっていけなくなる。1号、3号など年金制度全体の検討をせずに厚生年金の適用拡大をするのは、取りやすいところから取ろうというだけにしか見えない。
(江口委員) 外食産業は今後も伸びていくのではないか。
(フード協会) 食料品販売業、レジャー産業、携帯電話、ファッションなど、可処分所得の消費先の中で競争にさらされており、主婦パートに支えられているビジネスモデルが崩れれば業界が壊れてしまう。
(江口委員) 連合は、たとえば労働日数や月5日というような労働者も雇用者として厚生年金に適用すべきと考えるか。適用拡大のために標準報酬月額の下限を下げれば、所得再分配機能が強くなるが、労働者の中で不公平間は出ないか。
(連合) 基本は、労災保険と同様に賃金を受ける人すべてを対象とすべきだが、せめて雇用保険とあわせるなど考えるべき。現行制度のまま標準報酬月額を下げると所得再分配機能が強くなるのは事実だが、たとえば自営業者を含む所得比例年金の導入など、年金制度全体の検討も必要と考える。
(江口委員) 労災保険と年金保険のリスク特性の違いも考慮する必要がある。
(フード協会) 業界最大手でも保険料負担で利益が吹っ飛んでしまう。
(高木会長) 業界機関紙では、「取りやすいところから取る」とか「掛け捨てになる」とか、夫の遺族年金との併給といったレアケースを取り上げて給付が減るという説明がされているが、ミスリードではないか。
http://www.jtuc-rengo.or.jp/kurashi/kouseinenkin/20070208takagi.html

私もパート労働者への適用拡大には賛成なので(また、どうやらこの会合の出席者もフード協会以外はみな賛成のようでもあり)、そのせいもあるかもしれませんが、全体をみるとどうも経営サイド、というかフード協会が押されっぱなしの議論のようです。まあ、最後の「レアケースを取り上げてミスリード」というのは「おまえが言うかおまえが」ですが(笑)。

  • とはいえ、「取りやすいところから取る」は、フード協会からみれば間違いなくそのように見えているのでしょうが、理屈で考えればミスリードでしょう。

それはそれとして、重要なポイントがひとつないがしろにされているような印象を受けます。
ここでの議論は、要するに「企業は社会保険料の事業主負担が増えるのを嫌がっているのだろう」ということに集約されるのではないかと思います。しかし、少なくとも中長期的にみれば、社会保険料負担増のような制度的な人件費増は雇用量または賃金水準で調整され、最終的には(少なくともそのままは)コストアップにならない、ということは労働経済学の基本的な教科書にも書いてあることです(たとえば大竹文雄(1998)『労働経済学入門』日経文庫とか)。
ですから、フード協会が「保険料負担で業界はやっていけなくなる」「業界最大手でも保険料負担で利益が吹っ飛んでしまう」というのは、引き上げ時の一時的なコストアップのショックが大きすぎて、時間をかけて調整が進めていく余裕はない、ということでしょう。現実がフード協会の言うとおりかどうかはまた別問題ですが、実際にショックが大きいのであれば、そこは現実をふまえた対処が必要になるでしょう。そういう意味においては次のやりとりは大いに意味があります。

(杉山委員) 連合は完全適用といいながら「当面」の基準を提唱しているが、何年後にどれだけの適用範囲というようにプロセスを決めないと意味のない制度改正になってしまうし、事業主も困るのではないか。
(高木会長) 全労働者を適用というファイナルゴールの時期を3年なり5年なり10年なりと決めて、その間の経過措置を考えるべき。

「パート労働者も老齢厚生年金を受給できるようにする」という目的を達するために、企業のコストアップをなるべく抑制しつつ、時間をかけて段階的に、円滑に制度導入をはかるべきでしょう。

  • 「現在30時間での厚生年金適用すら従業員が望まないためうまくいっていない現実」も一部にはたしかにあるのでしょうし、段階的導入過程においてはパート労働者の手取り減少もできるだけ抑制したほうが望ましいでしょうが、パート労働者は年金受給という受益もあるので、企業のコストアップほどには配慮はいらないのではないかと思います。むしろ、現時点では負担増=手取り減でも、将来の年金受給というメリットのほうが大きいのだ、ということを周知してもらうことが大切でしょう。

したがって、連合ホームページによれば、高木会長は「使用者側から契約更新の際に労働条件の切り下げが行われる懸念があり、不利益変更の禁止措置を併せて行うべき」と述べたとのことですが、これではまったくダメです。たしかに、労組としてみれば物価上昇などと同様に、外的要因で負担が増えるときにはそれだけ賃金が上がらなければ実質賃金が維持できない、という理屈になるのでしょうが、いっぽうで厚生年金加入は明らかに労働条件の改善ですから、少なくとも時給の水準など他の労働条件についてもこれとトータルで考えることは必要でしょう。かなり大きな制度変更をしようとしているのですから、長期的な利益のために労使双方が短期的な痛みを分かち合うことは必要なのではないでしょうか。
この「主な質疑応答」はほかにもツッコミ所満載(おもにフード協会)ですが、パート労働者への厚生年金適用拡大を成功させようと思ったら、核心はここではないかと思います。