川喜多喬・菊地達昭・小玉小百合『キャリア支援と人材開発』

先進企業の挑戦 キャリア支援と人材開発

先進企業の挑戦 キャリア支援と人材開発

キャリアデザインマガジン第52号のために書いた書評です。
共著者のひとり小玉小百合氏は「児玉」ではなく「小玉」です。ちょっと気の毒。


 「企業によるキャリア支援」がわが国でもたびたび言われるようになったのは1990年代の後半くらいからだろうが、これはどうにも「うさんくさい」印象をともなうものだったように思う。ありていに言えば、「出て行ってほしいからキャリア支援します」というリストラの発想が見え見え、という例も多かったのではないか。実際、その当時には「雇用を保障できないかわりに他社でも雇用されうる能力を付与する」という米国流の考え方を輸入した「エンプロイアビリティ」という言葉も流行し、これが企業によるキャリア支援とセットで語られることも目に付いたように思う。過剰な人材を社外に転進させる「アウトプレースメント」という商売もかなり流行ったようだ。もっとも、こうした「キャリア支援」が企業に、あるいは働く人にどれほどのメリットをもたらしたのだろうか。私は不勉強にして知らないが、大いに疑わしいものだという感想は持っている(人減らしそのものは足元の業績に対する効き目はあったのだろうけれど)。
 一方で、これと同時に働く人や働き方の多様化が進展した。それとともに、キャリアのあり方も多様化し、さまざまな人たちの多くがよりよいキャリアを実現していくためには、企業によるキャリア支援が強く望まれると考える企業もあった。リストラのためではなく、自発的な転職は否定はしないものの、基本的には定着・勤続を前提としての人材育成に取り組む「前向きな」キャリア支援である。
 この本の中心は、共著者3人が調査した「前向きな」キャリア支援に取り組む企業11社の事例であり、「企業と人材」誌で連載されたものであるという。これを第2章におき、第1章には菊地氏による体験的キャリア論、第3章には小玉氏による別のアンケート調査の結果の紹介が配置され、まとめの第4章には川喜多氏によるキャリア支援の歴史・現状・展望の概観をおくというユニークな構成となっている。単なる事例集にとどまらず、将来の企業によるキャリア支援、ひいては人事管理、人材戦略全般を考えるにあたっての有益な材料を提供している。
 とはいえ、やはり最も興味深いのは11社の事例だろう。こうした変化の影響を強く受ける企業、あるいは変化を戦略的に生かそうという企業が先進企業となる。ニチレイ西京銀行、日本GEなどの事例は女性のキャリアを強く意識したものだろうし、日立システムや東京ヒルトンなどの事例は転職をともなうキャリア形成の増加を念頭においているだろう。また、変化の中にあってこそ企業内における長期的な人材育成とキャリア形成を重視しようというのがかんら銀行や東レなどの事例ではないか。企業によるキャリア支援のさまざまなタイプが幅広く紹介されており、これらを探索、選択した著者らの鋭いアンテナと優れたバランス感覚に敬意を表したい。さらに、企業という枠にとらわれず、人材派遣会社メイテックの労組による派遣社員のキャリア支援の事例や、非営利の中間法人であるJリーグ選手協会による引退後のプロサッカー選手のキャリア支援の事例なども掲載されている。特殊な事例ではあるが、その考え方などには企業としても学ぶべき点は多いだろう。
 この本も指摘しているが、能力向上やキャリア支援がどれほど業績に貢献するかの測定は難しいし、すぐにも目に見える効果が現れるというものでもないだろう。キャリア支援に前向きに取り組みながらも、業績不振を克服できなかった企業も(たぶん)あるに違いない。とはいえ、企業の業績如何はその人材如何による部分が大きいことは大方のコンセンサスだろうし、働く人の側にも働く企業を選ぶ際に人材育成のあり方を重視する人が増えているという。経済の回復にともない、すでに新卒採用はかなり逼迫しているというし、今後若年人口は減少していくことを考えると、やはりこの本も指摘するように、従業員のキャリア支援の取り組みが人材確保に影響することは避けられないだろう。将来のために、まずは関心のあるところだけでも拾い読みしてみてはどうだろうか。