最低賃金(3)

キャリアデザインマガジン51号に載せた「キャリア辞典」を転載します。「最低賃金」はこれで最終回です。あれこれ書いていますが、職種別設定賃金なるものは「不要」というのが私の率直な感想です(産別最賃も不要と思います)。行政の仕事はコスト・パフォーマンスだけでは判断できないというのはもちろんわかっているつもりですが、それなりに考慮はする必要もあるとは思うのですが…。

 最低賃金(3)

 労働政策審議会労働条件分科会最低賃金部会において、最低賃金(最賃)制度見直しの議論が進められており、従来の産業別最賃は廃止し、新たに「職種別設定賃金」を導入することが提案されている。
 平成18年11月6日に開催された第15回部会の資料が厚生労働省ホームページで公開されているが、その「資料1」が「職種別設定賃金の必要性について」となっている。それによると、就業形態や働き方の多様化、労働移動の増大、仕事給の拡大といった変化に対し、公正で効率的な、仕事の内容等を基軸とした賃金決定システムが必要であり、それは「仕事の内容等を基軸として賃金を決定する労使の取組みを支援するための制度」だという。その仕組みについては「労使の自主的な取組みをベースとし、それを補完・促進」「労働市場の中で従事する仕事に応じて公正な処遇を図る」「基幹的な職種に応じた企業横断的な処遇の確保を図る」といった文言が並んでいる。そしてその効果はといえば、労働者にとっては公平性・納得性が高まり、能力の有効発揮の機会が増加し、企業にとっては労働力の一層の有効活用につながり、もって社会全体の労働生産性の向上、持続的な経済発展に資するという。本気だろうか。
 そこで「資料2」の、「公益委員試案再修正(案)」をみてみると、職種別設定賃金の「基本的な枠組み」として、「労働者または使用者の全部または一部を代表する者は、労働協約の適用状況等が一定の要件を満たす場合に…職種別設定賃金の決定を申し出ることができる」とある。さらに、同資料の「当面の運用方針」の記載をみると、制度の対象となる「基幹的労働者」については「現行の産業別最低賃金の適用除外対象者を適用除外とした上で、一定の経験年数以上の者とする」となっていたり、申出要件について「現行の産業別最低賃金労働協約ケース及び公正競争ケース)と同じものとする」「労働協約については、現行の産業別最低賃金の申出に用いている労働協約と同様のものを用いることができる」となっていたりするなど、ほぼ現行の産業別最賃制度を踏襲し、若干の修正を加えたものにとどまっている。であれば、現行の産業別最賃制度は、「社会全体の労働生産性の向上、持続的な経済発展に資する」ものとなっているはずである。しかし、適用労働者が全労働者の1割に満たない現行の産業別最賃が、それほどまでの役割を果たしていると考える人は少ないだろうし、それに若干の手直しをしたところで、目に見えて大きな効果が現れると考えるのも無理があるだろう。
 このところ、一部の規制改革論者などには、日本の労働市場に職種別の賃金相場を形成して、労働移動の活発化をはかるべきだという意見がみられる。職種別設定賃金の「労働市場の中で従事する仕事に応じた公正な処遇」とか「企業横断的な処遇」とかいう発想は、それに呼応しているとみることもできるかもしれない。しかし、長期雇用を通じた企業特殊的熟練の蓄積を重視する人事管理は、かつてほどではないにせよ、依然として大企業を中心として日本企業の人事管理の主流ではあるだろう。また、仮に職種が同一だとしても、企業業績を賃金に反映させることで生産性向上のインセンティブとするという人事管理も、やはりわが国では定着している。こうした中で、はたして企業横断的な職種別賃金が設定できる分野がどれほどあるのか、いささか疑わしい。もちろん、それは一定の賃金の下支えとなるから、それなりの意味はあるだろうが、手間ひまをかけて制度を構築し、運用していくコストに見合ったメリットがあるのかどうか、慎重な検討が必要であろう。