上西充子・柳川幸彦『キャリアに揺れる』

すでに先週の月曜日の話なのですが、「キャリアデザインマガジン」に載せるための書評を書きましたので、ここにも転載しておきます。

キャリアに揺れる―迷えるあなたに贈るブックガイド30 (キャリア・ライブラリー)

キャリアに揺れる―迷えるあなたに贈るブックガイド30 (キャリア・ライブラリー)

以下書評です。

 この本はブックガイドで、要するに本の紹介の本である。著者は法政大学キャリアデザイン学部の教員と学生で、表紙カバーには「自分の将来にゆっくり向き合おう 迷えるあなたに贈るブックガイド30」とある。
 ブックガイドだから、読者が紹介されている本を読みたくなることが第一の趣旨であろう。想定される読者は就職活動を控えた大学生と思われる。残念ながら、年齢が想定される読者の2倍以上に達している私には、この本を読んだ彼らが「読みたくなる」のかどうか見当がつかないが、現役の学生が著者に加わっていることは、読者に視線をあわせたブックガイドづくりのための工夫なのだろう。
 そして、ブックガイドである以上もう一つ重要なのは、何のためのブックガイドなのか、そのために適切な本が選ばれているのか、ということだろう。
 就職活動に臨む大学生はたしかに「キャリアに揺れる」時期であり、職業キャリアのみならず人生キャリアについて考えることを迫られる時期でもある。とはいえ、キャリアを考えるということは人生を考えることだから、そうそう容易なことではない。この本では、「ゆっくり向き合おう」との惹句にあるように、この時期に自分の将来キャリアについての考えを確立すべきとの立場はとっていないようだ。だから、就職や転職の指南書、「こんな資格が将来役立つ」といったノウハウ書は紹介されていない。そのいっぽうで、人生を考えるにあたって多くの示唆と刺激に富むであろう本、たとえば優れた哲学書や歴史書、古典文学といったものも紹介されていない。本来なら大学生は大いにこうした良書に親しんでほしいところではあるが、さすがにそれほど悠長なことも言っていられないというのが現代の大学生の現実というところだろうか。
 そこでこの本では、大学生がキャリアに「ゆっくり向き合う」ための本、自分をとりまく環境とその大きな流れを知り、その中での自分の「立ち位置」を確かめ、先行きを考えていくための参考となる本を取り上げているようだ。私自身、不勉強にして既読書は全30冊の半分以下なので、本の取捨選択について論評することはできない。とりあえず、村上龍13歳のハローワーク』や日経新聞の『働くということ』といった、人口に膾炙してしまった悪書が採用されていないことは評価できる。いっぽうで、残念ながら私としてはあまり推奨できない本も含まれているし、これらの本以上にお奨めしたい本もある。当然ながら本の選択には選者の価値観が反映されるから、こうした違いがあるのはむしろ自然なことだろう。読んだかぎりでは、かなり多様な本を選びながら、「ゆっくりと向き合う」という趣旨は一貫しているように感じられる。それほど読みにくそうな本も含まれていない。そもそも万人にとって完璧なブックガイドなど存在しようもないのだから、この先は読み手次第なのだろう。
 「就職超氷河期」以降、就職やキャリアについては非常に雑多な、玉石混交の情報が大量に流通している。関連書もきわめて多いが、悪書をうのみにして貴重な人生の一時期を無為に過ごしてしまったというような話もたびたび耳にするのも残念な現実だ。こうした中で、大学キャリアセンターの責任者である教員と、その教え子である大学生という、切実な当事者によってこうした本が出されたことはまことに有意義なことであろう。これから、社会環境や雇用失業情勢、就職戦線の変転はさらに速くかつ大きくなるとの見方もある。これからもタイムリーに改訂版を出して本を入れ替えることで、多くの人の信頼を集めるブックガイドとしてさらに充実させていくことを期待したい。