企業実務家からみた労働契約法の必要性(6)

ようやく(笑)最終回です。最後は労働時間制度、特にホワイトカラー・エグゼンプション制についてです。

季刊 労働法 2006年 04月号

季刊 労働法 2006年 04月号

いつも思うのですが、学者も官僚も、自分たちの仕事のことを考えれば、ホワイトカラー・エグゼンプション制の必要性は簡単にわかりそうなものだと思うのですが、どうしてそうならないのでしょう。きっと、自分たちは一般的なホワイトカラーとは較べ物にならないほど高度で専門的な仕事をしていると考えておられるのでしょうね。まあ、なかには一部本当にそういう実態もあるとは思いますが、それにしても、お考えになられているほどの違いはないと思うのですが……。


Ⅳ 労働時間制度

 (1)今後の労働時間制度に関する研究会報告書案の評価

 労働時間制度については、研究会報告は「労働契約法制の整備が必要となっている背景として、近年の就業形態の多様化、経営環境の急激な変化があるが、これは、同時に労働者の創造的・専門的能力を発揮できる働き方への対応を求めるものであり、これに対応した労働時間法制の見直しの必要性が指摘されている。」とその見直しの必要性を指摘するにとどまり、具体的な検討は、厚生労働省の「今後の労働時間制度に関する研究会」に委ねられた。本稿執筆時点でこの研究会は進行中であり、ここでは本稿執筆時点で厚生労働省ホームページで公開されている「今後の労働時間制度に関する研究会報告書案*1」(以下「報告書案」という)をもとに検討を行う。
 報告書案は、研究会報告の指摘にこたえるものとして、「自律的に働き、かつ、労働時間の長短ではなく成果や能力などにより評価されることがふさわしい労働者のための制度」(新裁量労働)を提示している。
 その適用者については、次のいずれにも該当するものが考えられるとしている*2
 ①勤務態様要件
鄯)職務遂行の手法や労働時間の配分について、使用者からの具体的な指示を受けないこと。
鄱)労働時間の長短が直接的に賃金に反映されるものではなく、成果や能力に応じて賃金が決定さ
れていること。
 ②本人要件
鄯)一定水準以上の年収が確保されていること。
  鄱)同意していること。
 ③健康確保措置*3
 ④導入における労使協議に基づく合意
 さらに、「以上の対象者の要件については、公平性及び客観性の観点から、法令にその要件の詳細を定め、すべての企業において一律に対象労働者の範囲を画定するという考え方がある一方、企業ごとの実態に応じた対象労働者の範囲の画定を可能とするため、法令に基本的な要件を定めた上で、具体的な対象労働者の職務内容及び年収額の要件について、労使協議に基づく合意により決定することを認めることも考えられるのではないか。*4」と、労使自治による運用の拡大の可能性も考えられるとし、その際には年収の下限や、対象労働者と管理監督者の合計の各企業での割合の上限を設けるなどの制約を加えることも考えられるとしている。
 その上で、対象者の具体的イメージとしては、次の2例があげられている*5
イ 企業における中堅の幹部候補者で管理監督者の手前に位置するもの
ロ 企業における設計部門のプロジェクトチームのリーダー
 その法的効果については、「(労働基準)法第4章、第6章及び第6章の2に規定する労働時間及び休憩に関する規定が適用されない」とされており、また、法第35条の休日に関する規定は除外せず、深夜業に関する規定は除外してよいとしている*6
 なお、この新裁量労働と従来制度との関係については、裁量労働制についてはほぼ現状のままとするが、管理監督者の適用除外に関しては、スタッフ職は新裁量労働を適用することとし、管理監督者からは除くという方向性が示されている。
 人事労務管理の現場からは、裁量労働制対象者の大幅な拡大や、米国のホワイトカラー・エグゼンプション制のような制度の導入が強く求められつづけてきた*7。これは、だらだらと長時間残業した人ではなく、効率的に働いて短時間で成果を上げた人に報いたいという人事労務管理上の要請に加えて、働く人の中からも、企業による残業時間管理にとらわれずに働きたいとの要望があることによる*8。したがって、報告書案が新裁量労働制の導入を提案していることは大いに歓迎するところである。一方で、実務家としては、報告書案が「対象者の要件については、公平性及び客観性の観点から、法令にその要件の詳細を定め、すべての企業において一律に対象労働者の範囲を画定するという考え方がある」と述べていることには強い懸念を表明せざるを得ない。こんにち、業種や職種、企業によって従業員の勤務態様はきわめて多様であり、さらに企業内でも個人の勤務態様はそれぞれに異なり、まさに千差万別である。こうした中で、「すべての企業において一律に」通用しうる勤務態様について「法令でその要件を詳細に」定めることは不可能というよりない。現行の裁量労働制が職務要件を厳格に定めようとしたことによって、かえって予測可能性が低下し、実務家にとっていわゆる「使い勝手の悪い制度」として十分な活用が図られていない、あるいは逆に一部では不適切な人まで対象とされているという実態があるが、これも同様に、やはり一律詳細な規定が不可能な職務要件を一律詳細に定めようとしたところに問題があるのではないか。新裁量労働制においては、勤務態様要件は緩やかな訓示規定的なものにとどめ、年収、本人同意、健康確保措置、労使協議の上の合意という、予測可能性の高い明確な要件による簡素な規制によることが望ましい。けだし、年収、本人同意、労使協議の上での同意といった要件を満足すれば、勤務態様要件も満足すると十分に推定できよう。その意味でも、報告書案が「具体的な対象労働者の職務内容及び年収額の要件について、労使協議に基づく合意により決定することを認めることも考えられる」としたことは好ましい。実際の運用にあたっては、対等性確保のための簡素な規制のもとに、細部は現場の実情を最も良く知る個別労使の自治に多くを委ねることが最善といえよう。

 (2)残された課題

 いっぽうで、年収要件の具体的な水準が示されていないのではっきりとはしないが、具体的イメージとして示された2例をみるかぎり、適用範囲は企業の係長クラス程度にとどまるものと思われ、一般的な人事労務担当者が求めているであろう「一定程度の専門性を持つホワイトカラー」*9という適用範囲に較べると、かなり狭いものにとどまったと言わざるを得ない。
 これに関しては、報告書案の記述と人事労務担当者の実務実感との間に大きな齟齬があるところに問題がありそうだ。報告書案は、「新たな労働時間規制の適用除外の枠組み(略)が導入されたことにより、過重労働が増加するような事態が起こらぬよう、その設計に当たっては十分に留意する必要がある。*10」と述べ、労働時間規制の適用除外が長時間労働、過重労働、健康被害へとつながるとの見解を取っている。そこには、労働時間というものは唯一無二のものであり、割増賃金の計算も、長時間労働の防止や健康障害防止も、すべてその唯一の労働時間に基づいて行われるべきであるとの暗黙の前提があるように思われる。しかし、企業実務においては、割増賃金*11支払のための「労働時間」と健康障害防止のための「労働時間」とが同一でなければならない理由はなく、むしろ別々に考えたほうが実感に合っている。
ホワイトカラーの「仕事」の中には、必ずしも上司からの業務命令によって「必ずやらなければならない」ものばかりではなく、自らの能力向上や、興味・好奇心、あるいは満足感などのために行う「仕事」もある*12。これらの「仕事」の時間については、労働者自身も割増賃金が支払われる労働時間ではないと認識していることが多い*13が、健康障害防止という観点からは、労働時間と類似のものとして合算して考えることが望ましいだろう。そのいっぽうで、例えば自宅で業務に従事した場合は、割増賃金はその実態に応じて適正に支払われるべきだろうが、健康管理という面では、職場で上司や同僚の視線や他部署からの電話などのなかで就労するのと、自宅でマイペースで就労するのとでは大差があると考えられるので、必ずしもそのまま合算する必要はないかもしれない。そもそも、割増賃金を計算する上では、月間の残業時間が30時間なのか31時間なのかあるいは30.5時間なのか、きちんと把握しなければならないだろうが、健康障害防止という意味においては、そういった厳密な把握にはほとんど意味がないだろう。健康障害防止のための労働時間の把握は、事業場に在場した時間をある程度大雑把に管理すれば足りることも多いのではないだろうか。
 法理論的にはともかく、人事労務担当者としてみれば、長時間労働や過重労働が問題であり、それによる健康障害を防止したいのであれば、ある程度大雑把に長時間労働そのものを規制すれば足りるはずであり、それは割増賃金を時間割で支払わなければならないということとは別問題に思われる。長時間労働や健康障害が新裁量労働の範囲を限定する理由であるなら、例えば在場時間から休憩時間を減じ、それに本人の自己申告で自宅などでの就労時間を加えて健康障害防止用の「労働時間」を算出し、それに一定の基準を設けて、ある基準を上回ったら産業医の面談指導を義務付ける*14とか、別のより高い基準を上回っての労働は禁止、などの規制を設ければよい。報告書案は法定休日は適用除外にならない*15としているのだから、あとはリーズナブルな年収要件*16と本人同意とである程度の専門性と業務量とを担保すれば、人事労務担当者が求める「一定程度の専門性を持つホワイトカラー」を新裁量労働の対象とすることもできるのではないかと思われる。
 いずれにしても、今回の新裁量労働は、十分に期待どおりではないにせよ、人事労務担当者が期待する姿に一歩近づいたものであることは間違いあるまい。その運用の改善を通じて、さらなる範囲の拡大などにつながる橋頭堡としていくことが望まれよう。

 Ⅴ おわりに

 以上、企業実務の観点から労働契約法について検討してきたが、紙幅の関係で実務的に大きな問題点(比較的小さな問題点は他にも多くある)にポイントを絞らざるを得ず、雇用継続型契約変更制度をはじめとして、多くの重要な論点に言及することができなかった。また、研究会報告は、例えば実務的対応の困難さゆえに実務家にとってかねてから切実な問題となっていた複数事業場での労働時間の通算規定(労働基準法第38 条第1 項)について、「使用者の命令による複数事業場での労働等の場合を除き、複数就業労働者の健康確保に配慮しつつ、これを適用しないこととすることが必要となる」と、判例法理を超えて、実務実態に合致した必要不可欠な見直しを提言するなど、人事労務管理の実務にとって有益な内容も多く含んでいるが、それにも言及することができなかった。ここでは、前述のとおり研究会報告が労使自治や自主的決定、多様性を重視していることも加え、筆者は研究会報告は実務的にもかなり高く評価すべきものではないかと考えていることを繰り返しておきたい。
 研究会報告がその冒頭で述べているような労働契約法の必要性については、企業の人事労務管理担当者としても多くの部分を共有しているものと思われる。現在、労働契約法は労働政策審議会労働条件分科会において審議が進められているが、労使関係や人事労務管理の実態をふまえた現実的なものとなり、さらにはその改善を促す内容のものとなることを期待したい。

*1:第16回今後の労働時間制度に関する研究会(平成18年1月11日開催)資料。http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/01/dl/s0111-4a1.pdfhttp://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/01/dl/s0111-4a2.pdf(平成18年1月18日ダウンロード)。

*2:報告書案pp.10-13。

*3:「実効性のある健康確保措置が講じられていること」などとされている。

*4:報告書案p.13。

*5:報告書案p.13。

*6:報告書案p.14-15。

*7:経団連が2000年以降発表している「規制改革要望」には、毎年「裁量労働規制緩和」あるいは「ホワイトカラー・エグゼンプション制の導入」が含まれている。

*8:例えば、連合総研「働き方の多様化と労働時間の実態に関する調査」(2001)によれば、いわゆるサービス残業をする理由として「自分が納得する成果を出すために残業しているので、残業手当の申請をしていない」を上げた人は32.1%で、選択肢の中で最多となっている。また、連合「2002年連合生活アンケート調査」によれば、やはりいわゆるサービス残業をする理由として「自分の能力向上のため」を上げた人が21.6%存在するなど、その多少は別問題としても、企業による残業時間管理にかかわらず働きたいと考える労働者は相当数存在すると考えられる。

*9:経団連が平成17年6月21日に発表した「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」では、年収400万円以上のホワイトカラーについてホワイトカラー・エグゼンプションの適用を求めている。

*10:報告書案p.9。

*11:また、相当程度の範囲の労働者について、割増賃金が支払われなければ時間外労働への対価が支払われたこととならないとの前提もあるのではないかと思われるが、これも労働者の意識の実態に合わない。新裁量労働制の対象とならないと思われる労働者の相当部分においても、割増賃金以上に賞与や昇進昇格などの形の対価が期待されており、それがいわゆるサービス残業の理由ともなっているとみられる。高橋陽子(2005)「ホワイトカラー「サービス残業」の経済学的背景−労働時間・報酬に関する暗黙の契約」日本労働研究雑誌536号参照。また、やはり新裁量労働制の対象とならないと思われる労働者の相当部分においても、やりたい仕事、やりがいのある仕事、能力が生きる、伸びる仕事など、よりよい仕事が対価として期待されているとの指摘もある。最近の代表的なものとして、高橋伸夫(2004)『虚妄の成果主義−日本型年功制復活のススメ』日経BP社、高橋伸夫(2005)『〈育てる経営〉の戦略−ポスト成果主義への道』講談社選書メチエがある。

*12:単純な例としては、エンジニアが業務終了後に自席で技術雑誌に目を通している、といったものが考えられよう。

*13:これはすなわち、ホワイトカラーの労働時間を厳格に把握することは、少なくとも使用者には不可能であるということでもあろう。ホワイトカラーの労働時間管理に関しては、拙稿(荻野勝彦(2005)「人事労務管理に関する政策と実務の落差」日本研済研究センター人事経済学研究報告書『人事経済学と成果主義』所収)をあわせて参照いただきたい。

*14:すでに労働安全衛生法では類似の規制が行われている。

*15:ただし、これに関しては、メリハリのある働き方を可能とするという意味では、1週1日ではなく、例えば3か月で15日とか、6ヶ月で30日(1週1日は上回る水準に設定する)といった形で休日確保の規制を設けることも考えられてよかったように思う。

*16:具体的な水準の設定は難しいが、有料職業紹介で求職者から手数料を徴収できる「年収700万円」はそれなりの専門性を念頭においているものと考えられるので、これを上回る必要はないものと思われる。