金融経済の専門家、後進へのアドバイスを語る

本日配信されたJMM『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』【メール編:第365回】は、「金融機関への就職・再就職を目指す人へのアドバイス」でした。金融経済の専門家たちから、後進への暖かいアドバイスが並んでいて心温まるものがあります(本当です。嫌味じゃないよ)。
それではどんなことをアドバイスしているかといえば…。

 一つは、仕事をするときに、明確な目的意識を持つことです。我々は、人生の多くの時間を仕事に使うことになります。せっかく多くの時間を仕事に費やすのですから、何のために、この仕事をするのかをハッキリさせておくことは重要です。明確な目的意識を持つことができないと、惰性に陥ってしまうことになります。

 もう一つは、適当な理由をつけて、いい加減なところであきらめないことです。何か難しそうなことに遭遇すると、人間は適当な理由をつけて、諦めてしまうケースが多くあります。困難なことであっても、“倦まず、弛まず、諦めず”に続けていれば、できることは多いと思います。時間をかけて、誠意を尽くしてやっていると、いつか、何かのきっかけで、目指していることを成就できることはあると思います。
 そうした気持ちを持って、常に何かにチャレンジする姿勢を持ち続けて欲しいと思います。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫氏)

ごく一般的な、社会人の基本的な徳目ですね。日経新聞第2部の「新卒就職特集」に出てきそうな内容ですが、結局のところやはりこういう人が仕事をうまくやっていける可能性が高いということなのでしょう。そうであれば絶対大丈夫というわけではないでしょうし、そうでなければ絶対ダメというわけでもないでしょうが、確率の問題として。
さて次です。

 強い金銭欲。これは、理不尽な状況もあれば、退屈なこともある金融の世界に於いて、努力を継続するための貴重な原動力になります。…加えて、金融の世界で、金銭欲は、儲かるアイデアを思いつくためのバックグラウンドとしても有用です。どうやったら儲かるか、何が起きたら都合がよいか、従って、他人はどのような仕掛けを過大評価しやすいか、ということを思いつく金融業的創造性の源でもあります。顧客の決算対策のための店頭デリバティブ商品、成功報酬型のヘッジファンド引け値ギャランティー、各種の裁定取引といった、過去十数年くらい大きな稼ぎを生んだビジネスの仕組みは、冷静な脳で客観的に判断するとインチキ臭さが直ぐ分かるようなチープな仕掛けでした。これらを「理解」するのに、さして複雑な知識や深い推論能力はいりませんが、これらが商売として有望だと「思いついて」、「徹底的に実行する」には、人並み外れた金銭欲が必要だったはずです。
…金銭への欲望には際限がないから…これは、放置しておくと、どんどん膨らみます。往々にして、行き過ぎて、たとえば粉飾決算インサイダー取引、反社会的な勢力との取引、といったルールからの逸脱に至って金融マンの破滅につながりますし、破滅に至らないまでも、明らかに非倫理的な行為を積み重ねることになりかねません。
 金融業に携わる人は、たとえば、「お金になるとしても、嘘は言えない」とか、「他人の不正の手伝いで稼ぐのは嫌だ」とか、お金に関する自分なりの行動基準の一線をどこに引くかということについて、自覚的である必要があると思います。
(経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員:山崎元氏)

うひゃあ。こりゃまた率直というかなんというか、大変な世界ですねぇ。で、山崎氏はご自身についてはこう書いています。

…振り返ってみて、金融業には向いていなかったように思っています。
 最大の理由は、金銭欲が淡白だったことです。もちろん、昔も今もお金は欲しいし、将来のお金については大いに心配しています。しかし、自分のお金を稼ぐということに対しては、十分な集中力・粘着力を発揮することが出来なかったのだと振り返っています。加えて、「たかだかお金のために、嘘はつきたくない」と思う金融業に不向きな倫理的限界の設定や、「本当のこと(出来れば、且つ面白いこと)を伝えて、褒められたい」という幼稚な価値観(感)も金融業には不都合でした。

おやまあ。いささか苦しい弁明という感もありますが、山崎氏にしてみれば氏以上に成功している「金融経済の専門家」に対して「あいつらは強欲でアコギだから成功したんだ」という気持ちがあるのでしょうか。まあ、強欲でアコギなのが成功するのも金融業に限った話ではないと思いますが、そういう人は成功してもあまり尊敬はされないでしょうが…。
では次に行きます。

 金融機関への就職を目指す学生は、なぜ金融機関へ行きたいのかを考えるべきでしょう。かつて金融機関はメーカーより高収入というイメージがありましたが、給与格差は縮小しました。会社四季報によると、鉄鋼大手のJFEホールディングスの平均年収は1103万円と、三井住友ファイナンシャルグループの1106万円とほとんど同じです。企業の給与構造を外部から知ることは困難です。JFEの事例は鉄鋼業界がかつてない好況に沸いていることや、持株会社従業員の平均給与という特殊要因があるかもしれません。楽天の平均年収は575万円と、伝統的大企業の平均年収よりは低めですが、成長性が高いネット関連企業では、ストックオプションなどが付与され、実質的な年収はもっと高い可能性があります。
 金融機関への就職は、配属先によって、人生がかなり変わるという側面があります。売り手市場となった学生は、地味な支店勤務を希望しない人も少なくないかもしれません。最近は大手金融機関でも、持株会社下で投資銀行、資産運用、ベンチャーキャピタル、調査部門などを分社している企業が多いですので、就職後の配属先の可能性を熟慮すべきでしょう。
 最近、野村総研著『2010年の日本、雇用社会から起業社会へ』という本が注目されました。これから就職しようという学生は、一生、同じ会社でサラリーマンをするつもりか、転職意図があるのか、起業目標があるのかを考えるべきでしょう。企業によって、起業家が出やすいかどうかがかなり違うようです。商社やリクルート出身の起業家はたくさんいますし、金融業界では中小企業向け金融を営むSFCGなどが就職後の起業を支援しているようです。
メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊)

なかなか現実的なアドバイスですね。まあ、仕事の内容や労働条件などの実態をよく調べて、自分の将来のキャリアビジョンもよく考えて、なぜこの業種に就職したいのかをよく考えなさい、というのも非常に普通のアドバイスではありますが、そのための貴重な情報を含んでいるかもしれません。とはいえ、私はこれまでも繰り返しあちこちで云ったり書いたりしていますが、自分が本当になにをやりたいか、なにに向いているか、どんなキャリアを歩めばいいのかはそうそう簡単にはわからないでしょうが。
それよりなにより、菊地氏のアドバイスで最も耳を傾けるべき部分は、この少し前に出てくる「このような好環境時に就職先を選べる学生は幸せでしょう。」という言葉でしょう。
続いては、

 職業としての金融はすべてがお金に関わる世界での仕事ですので、金勘定が嫌いな人には向かないでしょう。また金融の世界は、参入に必要なバックグラウンドの知識体系(経済、経営、会計、法律、数学、英語など)は共通ですので、これらが嫌いな人にも勧められません。しかし、実際に活躍している人をみると、金融業界が様々な個性の人々を惹きつけ、また許容する業種であることがわかります。
 金融業界の成功者で変り種を探してみると、その辺りの事情も納得がいきます。アメリカ前FRB議長だったグリーンスパンは、ジュリアード音楽院出で音楽家を目指した時期もあったようです。私がアメリカで教えを受けた投信会社の社長の学歴は哲学専攻で、デンマークで実存哲学の研究をしていたそうです。ある外資系証券のストラテジストは、歴史と古典が専攻でラテン語ギリシャ語が堪能でした。

 金融業界は産業としても巨大で、様々な個性の人が集うだけの間口を備えています。もちろん成功するためには、運と才能と努力が必要なのは明白ですが、「これでなくては、金融で成功できない」とか、逆に「これがあれば、金融で絶対成功する」といった要件をあげることは困難なようにおもいます。これから就職する人たちにとっても、お金と経済が嫌いでさえなければ、トライしてみる価値はある業界だと思います。
(生命保険関連会社勤務:杉岡秋美氏)

要するに「お金と経済が嫌いでなければ」というシンプルな結論なのですね。なるほど、そんなものなのかも知れません。「参入に必要なバックグラウンドの知識体系」があると云っているのに、「嫌いでなければいい」というのは、結局は仕事をしながら身に付けていけばいいのだ、ということでしょう。あるいは、「しょせんは実地に経験しながらでなければ本当に必要な知識は身につかない」ということでもあるかもしれません。これまた、多様性を受け入れうるということまで含めて、必ずしも金融業だけではなく、他の多くの産業にもあてはまることのような気がします。
次に行きましょう。

 これから証券会社、あるいは銀行などの金融機関を目指される方は、まず自分の将来図を描き、その目的を明確にしておいて、そのなかで金融業につく意味、位置を理解しておくことが必要です。自分の将来図や目的が明確にできず、ただ職を得たいということであれば、その職を維持する努力をしなければなりませんが、その場合その職業を好きになることです。そうすれば、金融業における知識、そして情報が身につき、新たな金融業の展開にもついていけます。つまり、金融という仕事そのものを極めることで、金融業界で必要な存在になれ、そのうちに自分の将来図や目的が明確になります。
…法を無視することだけはしないことです。そのことを肝に銘じ、金融業務のなかで学んでいくべきです。もちろん、法は完全ではありません。法の穴はありますから、そのグレーな所をついて行なうことも可能ですが、そればかりだと、人からの信頼は得られず、いずれ行き詰まります。やはり、金融業を通じて、その限界と社会が許す行動倫理を学んで欲しいと思います。…お金は魔物です。お金を追いかければ、際限がなく、いずれ法を犯すことも起こりえます。それは、身の破滅を意味します。そのために法と社会が認める範囲での自分なりの行動規範を設定すればよいと思います。…お金は重要ですが、あくまで全てではないことを常に認識していただければ、間違いはないものと思います。
(経済評論家:津田栄氏)

またしてもキャリアビジョンが出てきました。まあ、比較的転職や独立が行われやすい業界でしょうから、他業界に比べてこうしたものの重要性が高いのかもしれません。
後段の記述は、総会屋まがいの投資ファンドが跋扈したり、乗っ取りまがいが横行したりするこのご時世に、なんだかほっとするものがあります。きっと、「金融経済の専門家」たちの多くは、こうした良識的な考え方の持ち主なのだろうと思います。彼らはライブドア事件で大いに迷惑をこうむっていることでしょう。
続けていきましょう。

…金融機関はメーカーの様に目に見える商品ではなく、情報で顧客をつなぐという特徴を持っています。
…情報は、融資や投資を通じてお金を必要とする人や企業に流れ込み、経済全体の効率を引き上げます(情報生産に失敗した結果が不良債権です)。優れた情報を生産するには、多くのことを学ぶ必要があり、また、上手に人と人をつなぐためには、多くの人の言葉に耳を傾けることが大切だと感じます。
 金融機関における仕事の面白さは、自分の生産した情報が自分の所得につながり、そして経済全体の効率向上につながるというダイナミズムにこそあると考えます。
(生命保険会社勤務:岡本慎一氏)

これこそ「金融機関におけるコミュニケーション能力」というところでしょうか。
先を急ぎましょう。

 金融業界の荒波の中で長い年月にわたって活躍している人は、熱意、志、品性、人格、倫理観、社会性、良識、ビジョン実現への粘り強さ……と、他の職業でも一般的に必要とされる要素を持ち合わせていることが多いようです。
 単に高学歴、専門知識や専門資格を持っている、知能指数が高い、企画力がある、金集めがうまいというだけで、長期にわたって成功している人は非常に少ないと思います。それだけでは、社内の他の人間の協力を得たり、顧客と良い関係を築くということが難しいためです。
 また、金融業界といえども、(法を犯した人は言うまでもなく)倫理観や社会性を失った人は、一時的に成功しても、その多くが「やっぱりね」「だと思った」という人生を歩んでいます。
 一方、業界全体が厳しい状況にあったり、その人自身が不遇な時期にあっても、くさらず、投げ出さず、人間としての総合力を磨き続け、その後より多くの人の協力を得て成功した例もあります。金融業界だけではなく、素晴らしい経営トップには、一時は本流から外れ、不遇な時代を送った経験がある人も多いのですが、不遇な時期も熱意と志を失わなかったからこそ、現在の成功があるのだと思います。自分のビジョンを具体化し実現するまで諦めないという粘り強さも共通点です。
(株式キャスター:渡辺タカコ氏)

渡辺氏自身も「他の職業でも一般的に必要とされる」と書いているように、これまたなにも金融業に限った話ではないですね。専門知識や職業能力があればそれでいいってもんじゃないのでしょう。
さていよいよ最後のひとりです。

…いま金融機関が拠って立つ原則は、「分配」ではなく「交換」であり、そこで求められる能力は、何よりも想像力(誰も分からない未来を推察し、そこから価値を生み出していく力)だろうと感じています。
 「熟練した投資の社会的な目的は、われわれの将来を覆い隠している時間と無知の暗い圧力を打ち破ることでなければならない」というケインズの有名な言葉(『雇用、利子、そして貨幣の一般理論』の一節)がありますが、金融に携わる人間に求められる要素はこの言葉に過不足なく表されていると思います。
 実際、あらゆる産業、あらゆる人間の王権に拠らない自発的なプロジェクトに対して、それを鳥瞰し、評価し、価格であれ、利率であれ、金融を仲介する、融資する、という行為の裏側には、歴史観や、倫理観や、幅広い教養に裏付けされ人間として統合された知見や、それを貨幣単位の数字に落とし込んだバランスシート上の数字として処理し、マクロ経済の動きや市場の動向、類似企業の動静などを把握した上で、最終判断を下す総合的な力が必要になる訳で、それを総括的に表現したものが、想像力ということになると思います。
 金融の世界が様々な想像力に満ちていくならば、画一性というものは我々の世界の支配的な原理にはならず、多彩な選択肢や多様な営みが我々の世界を囲むことでしょう。
 という意味では、実人生をその年齢に応じた「宿題」(初恋や父親への反抗や、暴走族の集会参加や、一つ二つの荒事など)をこなしながら、徹底的に読書をしてきた人間こそが、金融のフィールドには必要なのだと思います。
 また、金融はあくまでメインプレイヤーではなく、何かを成そうとする人間を応援する役割の存在であり、鳥瞰的に全体を見守るいわばコーチであり、その意味でも主役志向が強い人間よりは、一歩下がって本を読んでいる人間にこそ適性があるように感じます。
三菱UFJ証券 IRコンサルティング室長:三ツ谷誠氏)

想像力、ですか…まことに漠然とした言葉ですが、なんとなくわかるような気はします。少なくとも、三ツ谷氏のいう「想像力」とは、「学校の勉強で身につく」といったものではなさそうです。「人生経験が大事だよ」というとまことに陳腐な感じになってしまいますが、それに近いのではないでしょうか。人生やっぱり陳腐なもんなんでしょうかね。
とまあ、駆け足で見てきましたが、やはり専門家として成功した人が後進に贈る言葉という感じで、けっこう楽しく読ませていただきました。文句を云うとすれば、「金融業というのは他の産業よりずっと大事で難しい仕事なのだ」という自負心がひしひしと伝わってきていささか辟易するのですが、今回はこれもその業界に働くプロフェッショナルの誇りであると受け止めたいと思います。ただ、あまりあからさまになるとまずいでしょうけどね。渡辺タカコ氏はこうも書いていますよ。

1)金融業界のイナバウワーとは・・・
 本人はふんぞり返り、傍から見ている人はその不遜さに思わずのけぞる。世間の常識を超えた姿勢をとりつづけると、後遺症が発生することも……。
 金融業界では、他人に頭を下げることが多い仕事と、他人に頭を下げられることが多い仕事があるようですが、気をつけたいのは後者に就いた場合です。
 若くして、自分よりかなり年上の人間や、企業の経営者にも頭を下げられるポジションに就いた人に見られる「神様・仏様・俺様」という勘違い……。幸運なことに、ふんぞり返ったまま金融マン人生をまっとうできる人も中にはいるでしょうが、業界再編や異動により他人に頭を下げる立場に回って、悲惨な状況に陥る人も見かけます。
 「俺様金融マン時代の終焉」に本人がいつまでも気づかず、頭を下げなければならない人間に対してもふんぞり返ったまま過去の自慢話を展開し「なるほど、人に歴史ありですな〜」などと顧客に言わしめるなど、その後の金融マン人生に悪影響が出ている人も少なからずいるようです。「俺様」もほどほどに。

2)あなたのお金じゃないのにね
 金融業界の人と話をしていると「○△●□億、動かした」という言葉を頻繁に耳にします。こういう言葉を日常的に使っているうちに感覚が麻痺してくる人もいるようです。この感覚のズレが、様々な形で人生を大きく狂わせることも。くわばら、くわばら。

いやはや。これまた金融業界にかぎらず、いずれの業界にもあてはまるものでありましょう。自戒自戒。