安定志向

 入社してもすぐ辞めるといわれる若手社員に異変が起きている。学生優位といわれた「売り手市場」の就職戦線を経て、社会人の仲間入りをした今年の新人。就職氷河期時代、就職活動や転職で苦労した先輩たちを見てきたせいか、「安定企業で働き続けたい」とする傾向が強い。入社前に受けた手厚い研修などを通し、会社に対する愛着もすでにできあがっているようだ。
 「吸収合併でもされたら人事で一生浮かばれないと思い、再編がなさそうな業界を選びました」。この四月、メーカーに就職した寺西淳一さん(仮名)は自身の就職活動をこう振り返る。寺西さんは両親のアドバイスも受け、業界二位の会社で働き始めたところだ。安定成長を見込め、大量採用せず、リストラもしたことがない企業であることが決め手だった。
 合併でのみ込まれた金融機関に就職した先輩の話も聞き、企業再編には失業リスクがつきまとうと考えた。「不況の影響を受けない業種でリストラがないのが一番」と寺西さん。内定してからは会社から月一回ほど社内報とあわせ、言葉遣いに関する課題や同期の自己紹介文が送られてきた。「会社の一員という意識が高まり、一生同じ会社で働き続けたいという気持ちが増した」と話す。

 これまで「すぐ辞める」「三年もたない」などとマイナスのイメージを持たれていた若者の就職。ここへきて、新卒で入社した会社で働き続けたいと強く願う人が目立っているという。「物心ついたときから明るい話題がなく、親からも安定を重視しろといわれている。楽観的だったバブルのころと違って、売り手市場でも不安をぬぐえない」とリクルートの就職ジャーナル編集長、前川孝雄さんは指摘する。
 同社が今春卒業した学生約千八百人などを対象にした調査報告「就職白書2006」でも、志望企業の選択基準について「自分がやりたい仕事ができる」と答えた学生は前年に比べ四・六ポイント低い六八%だったが、「給与・福利厚生など待遇がよい」や「雇用が安定している」を挙げた人はそれぞれ二・四ポイント、三・一ポイント上昇し、五七、四二%となった。「好待遇志向は切実」と前川さん。
 就職状況は改善しているのに現実を見る目が冷静なのは、「転職が思い通りにいかない二十代の先輩の話を身近に聞くため」。立教大コオプ教育コーディネーターの小島貴子さんはこう強調する。「企業はパイを増やしているが、バブル時の教訓から採用基準は下げていない」という。入るのも転職も厳しいとなれば、まず安定を確保する気持ちが働くというわけだ。
(平成19年4月11日付日本経済新聞夕刊から)

「安定成長を見込め、大量採用せず、リストラもしたことがない企業であることが決め手だった。」まあ、簡単にリストラをする企業には人材が集まらないというのももっともな話かも。とはいえ、やたらリストラしまくった大手都銀が採用を復活したところ、さっそく就職希望ランキングの上位に入っているのも現実ですが。