金融経済の専門家、就活生に助言する

ベストセラー作家・村上龍氏主宰のメールマガジン「JMM」、年頭初の号は「金融経済の専門家たちに聞く」で新卒就職問題を取り上げています。設問はこうです。

 就職状況は、超氷河期と言われています。厳しい就職活動を行っている大学、高校生に対し、何か励ましの言葉、アドバイスがあれば、お聞きしたいと思います。 村上龍

専門家各氏の回答全文は以下でごらんになれます。
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/economy/question_answer652.html
これを読みますと、(一部の)労働問題というのも教育問題と同様、たいていの人は自分の経験をもとにして何らかの意見を述べられるものなのだよなぁと改めて感じるわけですが、まあそれはそれとして、回答者のみなさんの中には、土居先生のようにキャリアのある教員も含まれていますし、他にも実務から教員に転じておられる方々もいらっしゃいますので、それなりに当事者としての現場実感もあるのでしょう。
さて今回は10人の専門家たちが回答を寄せていますが、個別に読みますと、新卒就職問題については世間でもかなり議論され、共通の理解も相当程度広がっていることもあってか、非常に共通する内容が多くなっています。
以下メルマガ到着順(JMMは今年から一括送信ではなく回答が寄せられる都度の個別送信に変更したらしい)にご紹介しますが、たとえば評論家の水牛健太郎氏は、

…仕事を選ぶときに、人気ランキングなどにとらわれないことを勧めたいと思います。人気がある会社は、金融機関、航空・鉄道会社、電気・自動車メーカーなど仕事のイメージがわきやすい会社に集中しています。そんな企業はそもそも少数派ですし、よく言われるように、人気のある業種は時代につれて変わっていきます。中小企業の中にも安定性や成長性の優れた会社があります。どのような基準にせよ、自分なりの物差しを持つべきだと思います。

信州大学経済学部教授の真壁昭夫氏。

…見栄を張ったりしないことです。多くの学生は、就職の候補として名の知れた大企業を上げることが多いようです。その背景には、学生が一種の見栄を張っていることがあるのでしょう。就職先を探すのに、見栄を張る必要などどこにもないと思います。就職活動は、本当に自分のやってみたいという分野で、それに適切な企業を見つけ出すための行為ですから、他の人から見たらどうかなどと考えること自体、あまり意味がないと思います。

メリルリンチ日本証券ストラテジストの菊地正俊氏。

…大手企業の盛衰は予想しにくいので、学生は中小企業に就職することを前向きに考えるべきでしょう。中小企業は福利厚生が良くない、経営が安定していないなどの短所がありますが、中長期的にみれば、大企業と労働環境は変わらなくなる可能性があります。
リクルートの調査によると、中小企業の有効求人倍率は4.4倍と、広き門です。3Kといわれるほど労働条件が厳しい介護業界への就職を薦めるものではありませんが、中小企業にはネット関連企業をはじめ、将来性豊かな企業が多くあります。年末年始のテレビでCMが目立ったDeNA、グリー、スタートトゥディ(Zozotown)も、10年前は未上場の中小企業でした。大企業同様に、中小企業の将来性を見極めるのは難しいですが、学生は中小企業での就職の選択肢を前向きに検討すべきでしょう。

JPモルガン証券日本株ストラテジストの北野一氏の回答は少しユニークで、昨年度に就活を経験したご子息の意見をふまえてこう書いておられます。

…どんな会社であれ、どんなステータスであれ、自分で起業しようが、自分の食い扶持は自分で稼がねばならない。その仕事が好きか、向いているか、その仕事に将来性があるかなんか、実際のところ、何一つ重要ではありません。理屈抜きに、大人は働かねばならないのです。
…限られた時間のうちに、何とか仕事を見つけて働くしかないでしょう。定められた時間が来れば、例えば、採用シーズンが終わるとか、学校を卒業しなければならないとか、そういう時間が来れば、それまでです。
 期限をだらだらと延長しない方が良いでしょう。期限が到来したところで、自分で稼ぎ始めなければならなし、それができないなら、生きていけないということです。…仕事は、しんどくて、地味で、できればやりたくない嫌なものです。そんな仕事に、食い扶持を稼ぐ以上の価値を求めたりするから、話がややこしくなるのでしょう。

金融機関勤務の三ツ谷誠氏の回答はなかなか率直かつユニークなのですが、そこは後ほどご紹介するとして、ここでは他の回答者との共通項部分を引用します。

…本当に面白い人生を送りたいのであれば、これからのし上がっていく企業の草創期にその企業に参画すべきだ、という話です。大企業・有名企業には確かに安定感、安心感はあり、それを否定はしませんが、やはり社会に出て20数年、金融業界のしかもIPOにも深く関係する業務に従事して、ああ、この人たちは生き生きと人生を生きているな、と羨望を覚えたのは、やはり組織の急成長・急拡大を自分の人生として生きた方々でした。

生命保険関連会社勤務の杉岡秋美氏。

 学生やその親の就職情報は、どうしても知名度の高い企業に集中します。目にふれるところの多い、たとえば消費者に近い製造業や小売サービスといったところがところの企業を選びがちなところがあると思います。
 先日、私がアナリストをしていた時の仲間と新年会をしました。彼が今働いているのは、上場の会社で株式市場での評価も上々です。福利厚生にも力を入れている成長企業として、証券アナリストの目からはどう見ても高ランクの会社なのですが、新卒の労働市場ではいまだに中小企業扱いで、これはと思った学生には、逃げられると嘆いていました。…やはり情報を受け取ったり判断
する際の認知のバイアスは避けられないと思います。自分のなかでは知名度が低い中小企業だと思っても、判断の枠から排除しないようにしたほうがよいのだと思います。

続いては転職回数がご自慢の経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員、山崎元氏のご登場です。

 多くの方が、ご自分の考える「そこそこの会社」への入社を目指して就職活動をされたのだろうと思います。しかし、率直に言って、そもそも目指す会社がその人にとって「そこそこ」でないケースがかなりあるように思います。

 将来自分でビジネスを始めるか、仕事を覚えてからより条件のいい企業に転職することを目指しながら、中小企業でも、或いは零細企業でも、どこかに入社して、会社の運営なり、ビジネスの基本なりを実地で学んでみるということです。これが、不利な形勢を逆転するためには、最も現実的な戦略ではないかと思います。ビジネスを学ぶスピードと、これを活かす積極性で、有利な条件の会社に就職した連中との差を逆転できる可能性は小さくないと思います。

BNPパリバ証券クレジット調査部長の中空麻奈氏は、イチロー選手を引き合いに出します。

イチローにしても、自分が思い描いた企業ではなかったかもしれないけれど、与えられた場で大変な努力をしたということ、その甲斐あって、楽しい人生が送れているのだということ、だと思います。ここから、学び取れることがあるのではないでしょうか。就職も一つの縁ですから、それが中小企業にしかなかったのだとしたら、今度はその縁を活かして、その業界のイチローになってみてはどうですか。その気概もなく、ただ就職氷河期だと嘆いて自分を哀れんでいるようでは、どんな時代にいようと、そんな人はどうせ負け組だと私には思えてなりません。

経済評論家の津田栄氏。

 今の学生たちが就活で苦労しているのは、大企業にこだわっていて、狭い門に集中しているからです。結局、学生たちは、会社という器を気にし、それにこだわり過ぎています。それでは、あの日本航空の整理解雇に見られるように、安泰で安心だと思ってた会社からリストラにあって、こんなはずではなかったと後悔することになります。ましてや、これから中国やアジア諸国の追い上げで、会社はどんどん変化していきます。今や会社のほうが自分勝手で、社員をそれほど大事にしません。それも大企業ほどそうなります。…むしろ、中小企業が社員を大事にしてくれるかもしれません。
 先日私の故郷の就職支援業務をしている友人に聞くと、田舎にも海外進出や特殊な技術や競争力のある商品を持ったしっかりした中小企業があるけれど、学生は来ないと嘆いていましたが、そうした地方の中小企業でも、自分でどうすべきかを常に考えていれば、会社に頼られ、十分活躍する場は提供されます。

最後は慶應義塾大学経済学部教授の土居丈朗先生です。

…仮に現時点で抱いている「やりがいのある仕事」とは大なり小なりかけ離れた就職先しか見つからなさそうな状況に直面したとしても、落胆したりやる気をなくしたりすべきではありません。今は大半の企業で厳しい業況にありますから、楽して儲かる仕事など容易にはありません。20歳代はずっと地道な努力で忍耐強く仕事をしてゆく(もちろん、その中でも楽しいことは多くあるでしょう)といった根気が求められます。忍耐強く努力することを通じて、たとえ学生時代に「やりがいのある仕事」と思っていなかった仕事でも、就職後にやりがいを見出すことができるはずです。

ということで、ほぼみなさん共通して「大企業はあきらめて中小企業に就職しましょう」というメッセージを送っておられます。唯一、土居先生だけは必ずしも「中小企業」と明言しておられませんが、これは先生が慶應義塾大学経済学部という非常に強力な就職力を持つ勤務先において「毎年学生を世に送り出す側にいる者として、新卒者の就職状況を10年来見て来ましたが」という経験をもとに書いておられるからでしょう。
なぜかといえば、結局のところ大企業の求人が少ないんだから、どうしようもない。という実も蓋もない理由が大きいようで、それで留年したりフリータになったりするよりは…とお考えのようです。もちろん、就職情勢が厳しいのは学生のせいというよりははるかに経済情勢の悪さや労働市場・人事管理における制度・慣行の影響が大きいわけですが、しかし現に「厳しい就職活動を行っている大学、高校生に」アドバイスをというときに、日本的雇用慣行がヘチマとか教育の職業的意義が滑った転んだとか言ってみてもまあ仕方ないわけで(もちろんこれはこれで非常に大切な論点ですが)、とりあえずは現時点での実状ありきの議論にならざるを得ないのは致し方ないところでしょう。もちろん、多くの回答者があわせて経済情勢の問題を指摘したり、不合格が続いても決して人格が否定されたかのように考えないようにとのアドバイスを送ったりもしているわけですが。
ただ、土居先生がの企業に対してこうご苦言を呈しておられるのについては、

…企業における人材育成や良い人材の確保の観点からも、新卒者採用は、景気の良し悪しにできるだけ左右されない形で(逆に言えば好景気になっても極端に採用を増やすことなく;中途採用等で調整して)、中長期的にぶれない人事採用を行って頂きたいものです。

いや本当にできるもんならそうしたいわけで、ただそれには「人材育成や良い人材の確保の観点から、新卒者採用は景気・業績にかかわらず、仮に赤字決算下にそれで赤字幅が拡大したり無配になったりしても一定数を安定的に行う」ことが許される必要があります。まあ経営者が信念をもってやればできるということになるのかもしれませんが、しかし今のわが国ではなかなか難しいことでしょう。それを可能にするにはたとえば短期保有株主の権利を制限して云々という話は過去のエントリでたびたび書いていますので省略します。ちなみに解雇規制を緩和すれば云々という議論も、これまたたびたび書いていますが「人材育成や良い人材の確保の観点」が成り立たなくなるからダメですよということになります。
さて、そういう現実がある中で、大方の回答者のみなさんは「できるだけいい中小企業を見つけて就職しましょう」という方向のアドバイスをしているようです。
ただその論法として、「こんにちの大企業もかつては中小企業だったし、いまや大企業だってリストラや倒産があるの時代だ」というのが散見され、なるほど一見そのとおりではあるのですが、しかしあまり説得力のある理屈とは思えません。いまの大企業が中小企業だった時代と現在とでは経済情勢が大きく異なるのですから、経済成長率が高ければ中小企業が大企業になる確率も高いでしょうし、低成長になれば大企業が倒産する確率も上がるという話で、同列に並べて論じるのはやや筋が悪いように感じます。逆にいえば、同一時点で比較すれば経済情勢の善し悪しにかかわらず中小企業に較べて大企業のほうがリスクの幅が小さいことに変わりないのではないかと思います。つまり、この論法は「成長の余地が乏しくて倒産の恐れも小さい大企業より、成長の可能性も倒産の危険性も高い中小企業のほうがいいよね」という意味であって、どちらを選好するかは個人の考え方次第ではないかと思うわけです。「金融経済の専門家」のみなさんはおそらくはリスクテークに親和的(のではないかと思うのですが)なパーソナリティをお持ちで、かつリスクが顕在化して倒産→失業となった場合にも再就職などに高い回復力をお持ちでしょうから「大企業より中小企業」という議論が受け入れやすいのだろうと想像しますが、アドバイスされる側の学生さんたちがどうかについては疑問なしとはしません。メリルリンチの菊池氏は「DeNA、グリー、スタートトゥディ(Zozotown)も、10年前は未上場の中小企業でした。」と述べておられますが、それ以外にも10年前にはドットコム・ブームの余韻の中で注目されていた新興企業は多数あったわけで、これらはその中のほんの上澄みの勝ち組であって、すでに消えてしまった企業のほうが多いのではないかと思われます。
また、信州大の真壁氏が「今後、わが国の労働市場の状況も変化することが考えられます。今までのような、終身雇用制を維持することは、雇用者側、被雇用者側からも難しくなってくるはずです」と書いておられるのに対し、三ツ谷氏は自身の経験をもとに「当時(といっても12年前でしかありませんが)は、社会の流動化はもっとずっと激しく続き、社会に浮かぶ企業という「島」も、もっともっと溶解していくだろうと考えていた事も事実です」「世界が思った程の速度では溶解していかず、終身雇用的な絶対性を失ってもなお相当に長い時間をそこで過ごす企業の選択」と述べておられるのは興味深いところです。まあ、先のことはわかりませんが、どうせ終身雇用は崩壊するんだから大企業でも中小企業でも変わりはないよ、という議論もあまり説得力を持たないような気はします。で、終身雇用が崩壊するからこれからは自らの能力を伸ばして…という議論については、そりゃ金融経済の専門家のみなさんはそれでいいでしょうけど、ということも過去何度か書いたので省略します。
「中小企業や知名度の低い企業にも優良企業はあるのだから」という助言は、事実としてはそのとおりだろうと思いますし、政策もその方向性に向かっているようで、これも適切だろうと思います。
ただ、これは中小企業には優良でない企業も少なくないということの裏返しでもあって、個別の就活生にとっては「では自分にとっての優良な中小企業というのはどこにあるのか、そこに就職できるのか」ということが最重要でしょうが、しかし学生さんに十分な目利きができるとも思えず、十分な支援が望まれるところではあります。ただ、例の経産省の古賀茂明氏のレポートによれば、地方経産局が優良企業として推奨した企業でも訪問してみたら倒産寸前に見えたなどという話もあるらしいので(まあ話半分に聞かなければならないでしょうが)、これまたなかなかの難題ではあるのでしょうが…。
いっぽうで、回答者の方はあまり指摘しておられませんが、中小企業では大企業に較べて幅広く仕事を受け持ち、権限も比較的大きく、能力向上や「やりがい」の面で優れている可能性があることは重要なように思われます。もちろん、これまたばらつきは大きいでしょうし、業務が細分化された大企業のようには深い専門性は得られないという一面もあるわけですが。とはいえ、たとえば海外展開を予定している中小企業だと、早い段階から海外での事業所の立ち上げなどに従事できる可能性もあるわけで、まあ相当きつい仕事になるでしょうが、しかしそれを通じての成長もまた大きいだろうと思われます。
そういう意味で、三ツ谷氏のこの助言は今回の設問の中でも注目すべきものではないかと思います。

…本当に面白い人生を送りたいのであれば、これからのし上がっていく企業の草創期にその企業に参画すべきだ、という話です。大企業・有名企業には確かに安定感、安心感はあり、それを否定はしませんが、やはり社会に出て20数年、金融業界のしかもIPOにも深く関係する業務に従事して、ああ、この人たちは生き生きと人生を生きているな、と羨望を覚えたのは、やはり組織の急成長・急拡大を自分の人生として生きた方々でした。
 また、その場合は大抵の場合、組織に仕える要素よりは創業者個人に仕える要素が強くなりますが、最後まで幸せな蜜月が続くかには疑問があっても、人に惚れ、人に仕えるというのは、少なくとも封建制からの長い人類の類的本能に働きかける要素もあって、悪くはないという気もします。

もちろんうまくいった人はいいけどね、という限定はつくわけですが、この観点で重要なのは企業の規模ではなく、成長している組織にチャンスがあるということだろうと思います。草創期の企業に限らず、たとえば日本に進出したばかりの外資などもそうでしょう。成長している組織は人手不足であり、したがってまだ能力が十分でない人でも難しい、責任のある仕事につけざるを得ないという状況が発生しやすくなります。これが若い人にとってチャンスであることは間違いありません。また、草創期であればビジネスの成否は創業者、経営トップの力量に大きく依存するでしょうから、「人を見て」という助言も適切なものだろうと思われます。
また、組織が未整備なので、仕事をそれほどていねいに教えてくれるわけではないとか、業務マニュアルがないとかいった問題はあるでしょうし、それこそホリエモン氏もいうように、就労条件の面でかなりブラックであったりとかいう実態もあるかもしれません。それでもなんとかやっていけるだけのタフさは求められるわけで、まあ金融経済の専門家というのは非常にタフなのだろうなと思うわけですが、そうでない人も当然います。世間ではそれをとらえて「内向き」などと批判する向きもあるわけですが、しかし山崎氏がいうような「タイでも、ベトナムでも、インドネシアでも、中国でも、ともかく外国い渡って何らかの仕事に就いて現地に慣れる」のでなければ「内向き」だ、と言われても困る人のほうが多いでしょう。
ということで、そういった「いきなりインドやベトナムに行けといわれても困ります、就労条件のブラックも勘弁してください」という(たぶん)大多数の人たちに対しては、元に戻って、中小企業には人を欲しがっているところも多いのだから、できるだけいい企業をみつけて就職しなさいよ、というのが金融経済の専門家たちの大方のコンセンサスということのようです。
最後に貴様はどうなんだという話ですが、まあ金融経済の専門家たちの意見はそれなりにもっともだし、他に言いようがないよねという感もかなりあって役に立たないのではありますが、しかし実態をふまえればそうならざるを得ない部分は大きいかと思います。
また、結局のところ就活というのは個人の問題であって、一般論としてこうだ、という助言はあまり役立たないという大きな限界もあります。
そこで、そうした限界があることをふまえて、いくつか私の感想(助言とまではいえそうにないので)を書いてみたいと思います。
まず、「どうしてもいやな仕事」を除いたら、あとは社会・産業界の需要を重視・優先するのが賢明ではないでしょうか。多くの仕事、特に必要とされている仕事は、やっているうちにだんだん面白く、関心が持てるようになってくることも多いだろうからです。現時点でのやりたいこと、自分の関心事は、いずれ変化する可能性もあり、あまり重視しないほうがいいように思います。
次に、企業の規模・知名度にこだわらないということはたしかに大事なことなのでしょう。小規模な企業、知名度の低い企業に対しては学生さんサイドの交渉力もある程度あるわけなので、それなりに選べるだろうと思います。
その際に、私は三ツ谷氏の助言がかなり参考になると思うのですが、中小企業は大企業のような人事異動がないので人間関係が固定されやすく、したがって三ツ谷氏が重視する「社風」が合うかどうかが非常に大切になります。できればインターンシップなどで社風や従業員の個性なども確認することが望ましいと思います。
もちろん、現状のような厳しい雇用失業情勢がいつまでも続くことはないだろうとも思われるわけで、この先3年〜5年後くらいに好況・人手不足が到来すれば、第二新卒、あるいは中途採用でより好ましい企業への転職をはかるチャンスもあるわけで、それを念頭においた作戦もありうるでしょう。
人手不足の程度にもよりますが、好況期であれば卒後3年くらいは新卒同様特段のスキルを要請することなく選考・採用が行われる可能性がありますが、それにしてもある程度の職歴、経験、能力が主張できることは有利に働くでしょう。それ以降でも、20代であればまだ好況期には中途採用の機会は多いはずなので、まあ今後7〜8年の間に好況が到来すればチャンスはあります。こちらは中途採用なので、経験や能力が大いにものをいうことは間違いありません。
ということで、将来の転職を視野に入れるのであれば、好機が到来するまでの時間の過ごし方が非常に重要になるらしいということは、これも過去のエントリで書いてきました。この間、経験を蓄積し、能力を向上する上で有意義な仕事につくことが重要になります。このとき、上述したように自分のタフネスとバイタリティに自信があるのなら、成長過程にあって人手不足の企業を選べば成長の機会は大きいと思います。実際、大学の先生方と話をしていると、日本国内の組織が出来上がっていない外資系などに就職した人は、数年後には日本企業に就職した同期に較べてかなり成長しているという話を聞きます(その後がどうかはわからないわけですが)。仮に商運つたなくビジネスは不首尾に終わったとしても、その間に得た経験値は高く、転職の売りになることでしょう。そういう企業で若いうちに力をつけ、しかるのちに職業キャリアを通じた育成システムがしっかりした大企業に転職するというのも有望な作戦かもしれません。ただまあそういうタフネスとバイタリティのある人はすでにそういう企業に内定しているのではないかとも思うのですが。
いっぽう、そこまでタフでもなければアグレッシブでもないし、という学生さんは、賃金や労働時間などもさることながら、数年間の間にどれだけ成長できそうか、ということを重視することが必要なのでしょう。これまたバラツキは大きいでしょうが、中小企業にも人材育成力の優れた企業や、「入社してくれた以上は必ず一人前にしてみせる」という志のある経営者は多数存在するといわれています。とはいえ、やはり大企業のようには人材育成のしくみは整備されていないでしょうから、ていねいに仕事を教えてくれないとか、マニュアルが揃っていないとか、労働時間のカウントがアバウトとかいった人事管理の不備にともなうストレスは受忍する覚悟は必要だろうと思います(逆にいえば、企業が労働者の定着をはかりたいのであればこうした人事管理の整備が必要になるということでもあります)。
また、転職時には職歴が細切れになっていると不利であろうことは容易に想像できますので、やはり3年程度の勤続は望まれるでしょう。10年、20年といった勤続は想定していないにしても、それなりの期間ではありますので、やはり社風にも一定の考慮が必要でしょう。
逆に、フリータとなることは、あまり技能を要せず、能力向上に資さない業務に特化してしまう危険性が高いので、避けるべきでしょう。また、成長に資する企業かどうかの判断もやはり困難がともなうわけで、正社員採用であっても、ただただ付加価値の低い仕事で長時間酷使するだけというブラックな企業も残念ながら多々(中小企業に限らず)存在しますから、不幸にしてそんな企業に当たってしまった場合には、早めに見切りをつけることも必要になるかもしれません。非正規労働者に関する調査では、人材育成に熱心でない企業はさっさと退職して、人材育成に取り組む企業に転職して数年程度勤続した、という人が正規化しやすい、という結果も出ているようです。
最後に気持ちの問題として、水牛氏の言っている「自分なりの物差しを持つべき」というのが案外大切なのではないでしょうか。水牛氏の意味とは違うかもしれませんが、他人と比較して上回ろうという意識より、昨日の自分と比較して上回ろうという意識を持つことが、キャリアデザインを考える上では大切ではないかと思うからです。もちろん他人との競争は人間が進歩する上できわめて重要な役割を果たします。しかし、幸福なキャリアということを考えると、過度に他人との競争を意識することは得策とは思えません。こと就活に関しては、本人だけではなく、保護者にもそれで納得してもらわなければいけないというのが難しいところなのかもしれません。