少子化連続シンポジウム

きのうの日経の特集からもうすこし。

橘木 高度経済成長時代に企業戦士として働いた男性の働き方がまったく変わっていない。「スローライフ」という言葉があるが、働くことだけが人生ではないことを日本人はもっと考えていい。家庭生活や趣味に時間を割くようになれば、男性も子育てへと向かうはずだ。
松田 企業にとっては男性、女性もともに重要な経営資源だ。責任あるポストに就いた女性は仕事で自己実現を目指している。だが、出産に直面すると仕事と子育ての両立に壁を感じる。子育てしながら仕事を続けるには、能力が認められる職場環境と、仕事と生活のバランスへの配慮が必要ではないか。
八代 男性が就労時間を短縮し、女性がもっと就業すれば、日本経済としての生産性は上がるはずだ。専業主婦のいる男性を基準とした働き方から個人単位の働き方へと変えていく必要がある。
佐藤 1万人の女性社員を対象にアンケートしたところ、女性が働きやすい制度はできているが、実際にはその制度がうまく生かされてなく「今までと変わっていない」と感じている人が六割いた。女性は出産や育児で仕事を休めば、その後に帰る場所はあるのかと不安に感じる。女性が安心できる職場環境を担保することは必要だ。
(平成17年12月5日付日本経済新聞朝刊から)

これまた大筋はそうだろうと思うのですが、もうすこし現実をふまえて敷衍してみたいと思います。


橘木先生の「スローライフ」への言及は非常にもっともなもので、日本人はもう少し多様なライフスタイルを考えてもいいのでしょう(実際には、特に地方ではスローライフを実践している人はすでにけっこういると思うのですが)。重要なのは、「ファストライフ」を送りたい人にまで無理やりにスローライフを押し付けることもできないだろう、ということでしょう。きのうも少し書きましたが、基本的には「スローライフ」には「スローキャリア」がセットなのではないかと思います。もちろん、スローライフを送りながらファストキャリアを実現する稀有な人も少数ながらいるでしょうし、ファストライフを送りながらキャリアが伸びない人もいるでしょうが(極度なファストライフはキャリアにもマイナスではないかという気もしますし)。いずれにしても、少子化対策のためにキャリア競争をやめろというのは変な話で、やはりキャリア競争以外のものに価値を見出していくという方向ではないでしょうか。
橘木先生はおそらくそういう意味で言っておられるのだと思いますが、だとすると次の松田氏の発言には微妙なものがあります。松田氏は「責任あるポストに就いた女性」が「子育てとの両立に困難を感じる」ことを問題視しているようですが、これはさすがに困難で致し方ないと認めざるを得ないのではないでしょうか。もちろん、これは本来男女を問わずですが、何度もいいますがそれができる人もいますし、そのためにある程度の支援もあってほしいとも思います。とはいえ、やはり責任あるポストであればあるほど「仕事における自己実現は今までと同じ+子育て」というのは大抵は無理であって、仕事での自己実現は後退しても、子育てでそれ以上に自己実現を前進させて、「仕事+子育て」トータルでの自己実現を高めていけばよいのだと考えるべきなのではないでしょうか。ということは、これはその人にとって「子育て」がどれほど自己実現につながるのか、「子育て」にどれほどの価値を見出すのか、という問題になるわけですね。うーん。
それに続く八代先生の指摘はまことにもっともで、たしかに専業主婦のいる男性(あるいは単身の男性…と女性もかな?)の働き方「だけ」が前提というのは非常に不自由で、そうでないスローライフ・スローキャリアの働き方もあっていいし、夫婦がともにスローライフ・スローキャリアというライフスタイルをとることで一定の所得と生活水準を確保するという選択肢は準備されることが望ましいと思います(これは八代氏がたびたび指摘していますが、片方が失業してもとりあえず家計収入は半分は残るという意味で、専業主婦世帯よりリスク対応に優れているともいえるでしょう)。
佐藤氏の指摘はかなり現実的なもので、たしかに育児で休んだら戻るところがない(きのう紹介した部分でも八代氏が似たような発言をしています)というのは子育てをする人にとっては非常に困るわけで、やはり再雇用制度のようなものが普及することが望まれます。当然ながら、キャリアも中断をはさんで継続されることが望ましいですし、休業中もふくめそのための一定の支援があってほしいところでもあります。いっぽうで、企業としても組織の事情があるでしょうから、とりわけ休業が長期にわたった場合はまったく同じ仕事でキャリア継続というわけにはいかないでしょう。このあたりは労使でなるべくうまいやり方を模索していけばいいのだと思います。