小池和男『仕事の経済学第3版』

仕事の経済学

仕事の経済学

労働経済学の代表的な教科書の改訂版です。書名どおり「仕事の」経済学ということで、この本の大半、まず9割がたはわが国における「仕事」をめぐるさまざまなことがらを、データと事例をふまえて、国際展開や国際比較の観点にも目配りしつつ、経済学的に解説、解釈していくことに費やされています。そして、最後になってフィリップス曲線やUV分析といったマクロの労働経済、労働需要曲線や供給曲線といったミクロ経済学の一分野としての労働経済学の基礎の基礎、労働経済史といたものが簡単に述べられます。「労働経済学への誘い」として非常に魅力的なものといえましょう。


もちろん、著者の見出した「知的熟練」と「長期の競争」をはじめとする内容がすばらしいことも、周知のとおりです。
この本の初版が1991年、第2版が1999年5月なので、今回は約6年ぶりの改訂ということになります。今回の改訂では、表現・文章などは全面的に手が入れられていますし、この間のトピックである成果主義や「フリーター」問題については新たな項が起こされてもいます(いっぽうで、全体の分量の制約からか、割愛されたり短縮されたりした部分もあります)。しかし、その論旨は驚くほどに変わらないまま、依然として実務実感によく一致し、現実に妥当しているように思えます。この間、人事労務管理労働市場においてどれほどの激動があったかを思うと、そのコントラストには際立ったものがあります。これは、著者の所論がいかに本質をついて普遍的であったかの証左であると受け止めるべきでしょう。その洞察力には脱帽のほかありません。
著者は、日本の仕事方式−知的熟練と長期の競争−について、最後にこう述べています。

…問題は、はるかにこうした方式に対する誤解のマイナス効果にある。ソフトウェア技術は機械と異なりみえない。長期の競争は長期だからその結果はすぐにはあらわれず、一見競争がとぼしいようにみえる。日本知識人の日本蔑視、それと裏腹の異国からの蔑視のゆえに、容易にはみえないものを看ようとはしない。日本の良質な要素が理解されず、その破壊が日本国内で横行する。日本のなすべきは、こうした誤解を国内外で解くことである。…(p.316)

6年前の第2版をみると、ここの部分の表現はこうなっています。「日本の良質な要素が理解されずその育成がはかられず、それどころかその無視が懸念される。(p.328)」残念なことに、たしかにこの6年間のあいだに、一部では「日本の良質な要素」の破壊が進んだのかもしれません。少なくとも、「成果主義」や「労働力の流動化」論は、まさに「破壊」の動きだったでしょう。もちろん、これらも長引く経済不振のなかで、企業が利益を確保するための方便としてはあったかもしれません。しかしこれからの先行きを考えるときに、これら「良質な要素」を破壊せず、大切に守ってきた企業が競争を有利に運ぶことになるのでしょう(もちろん、守るべきは守ると同時に、変えるべきは変えることも重要なことは言うまでもありません。これについても、多くの日本企業はよくやってきたといえるのではないでしょうか)。
人事・労務担当者に覚醒と自信を与えてくれる、必読・必携の一冊といえましょう。