橘木利詔「企業福祉の終焉」

中国出張には本を4冊持っていきました。重くならないよう3冊は新書です。この本はその一冊。書名のとおり、筆者は「企業福祉には歴史的役割を終え、終焉に向かう」ということを主張しています。例によって粗雑にまとめると、そのおもな根拠は、

  • 福祉は普遍的であることが望ましいが、企業福祉は規模間や雇用形態間の格差が大きく普遍的でない
  • 労働者の移動可能性を制約する
  • 住宅や保養所などの社会的な供給不足に対応するための企業福祉は、その供給不足が解消されたので必要性が低下している
  • 労働者の選好が多様化している

・・・といったところでしょうか。これをふまえて、著者は

  • 法定福祉(社会保障)の企業負担分は廃止し、累進消費税を財源とする(年金制度は夫婦月17万円程度定額の基礎年金のみとし、上積み給付は民営化(各人が積立))
  • 法定外福祉は廃止して賃金化する

ことを提案しています。


さて、書中にはたびたび「もとより反対論が強いものと予想している」といった表現が出てきますが、企業の人事管理の立場からすればこれはそれほど違和感のある主張ではありません。とりわけ、社会保障の事業主負担を廃止して消費税財源に切り替えよという主張は経団連など経営サイドの主張とも通じる部分が大きいものです。
法定外福利の賃金化についても、そういう考え方は十分にありうるだろうと思います。ただ、すべてをそうすべきだというトーンが強いのは正直言って余計なお世話(笑)という感じで、さまざまな個別事情に応じて賃金より現物給付のほうが望ましいケースがあるのなら、企業はいろいろと創意くふうをして費用対効果を高めたいと思うでしょう(団体保険などはやはりかなりのメリットがあるのでは)。法定外企業福利の効果が低下しているという主張の中には、調査結果の解釈に若干恣意的というか、一面的な部分があるのも気になります。とはいえ、働き方の多様化が進むなかでは、労働条件はできるだけ働き方に対して中立なことが望ましいという観点からは、たとえば社宅とか家族手当のようなものは賃金化していくことが有力な選択肢になるだろうと思います。
そういう意味で大いに不満なのは、通勤手当の問題にまったく触れられていない点です。通勤手当が企業福祉なのかどうかという点には異論もあるのかもしれませんが、事実上遠距離通勤に対する補助金であり、ワーク・ライフ・バランスなどの観点からも働き方、ライフスタイルの多様性を制約する効果もありますから、これも基本的には(人事異動で通勤距離が大きく延びたらどうするか、といった個別の問題はありますが)賃金化が望ましいものだろうと思います。
なお、巻末には多数の文献が紹介されていますが、その中でも、この本の内容は、西久保浩二(2005)『戦略的福利厚生』社会経済生産性本部と、藤田至孝(2003)『職域福利』日本労働研究機構に多くを依っているようですので、あわせてご紹介まで。

戦略的福利厚生―経営的効果とその戦略貢献性の検証

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職域福利 (テキストシリーズ)

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