労働時間による雇用調整の柔軟性

まず議論の最初の方での場面です。
私の報告の中で、需要変動に対するバッファーという論点で多くの人がもっぱらヘッドカウントの議論をしているけれど、実は労働時間の柔軟性というのも大事なのではないかという問題提起をしました。具体的には、所定労働時間をたとえば8時間から7時間に短縮するが、通常の状態においては1日1時間は賃金割増なしで時間外労働の義務があるという制度にするわけです。まあ、現状でも時間外労働は時間外協定を結べば限度時間までは就業規則で義務にできることはできるわけですが、ここでは時間外協定なしで、より強めの義務として設定できるようにします。で、1日1時間を上回る時間外労働については現行どおり割増賃金を支払うこととして、割賃のベースには1日1時間の割賃なしの義務的時間外労働を含めることにする。そうすれば、基本的に通常状態は現行と同じ労働時間で同じコストで運営できますが、操業度が低下した時には使用者は義務的な残業を削減し、その分の賃金も削減することで、希望退職や整理解雇を回避することができます。要するに、ワークシェアリングをもとからビルトインしたような勤務時間制度にするわけで、こうしたことを個別労使の協議によって実現できるように条件を整えてはどうか。
これに対して、RIETIの鶴先生から「現実には今回の雇用調整期においては人員削減より労働時間短縮でより多く雇用調整が行われており、労働時間による柔軟性はかなりある」というご指摘を頂戴しました。
そのときは「あれ?」とは思ったのですが頭がうまく整理できず、「労働時間での調整が多く行われたといわれるのは、そうだろうと思う」とご回答しただけで終わってしまったのですが、しかし労働時間で精々調整して、それでもなお人員過剰になって雇用調整助成金をもらいながら雇用を維持しているわけですから、やはり労働時間による調整の柔軟性はもっとあってもいいということになるでしょう。どうも錚々たる先生方を前にして緊張していたようで、「あれ?」とは思ったもののその場ではそこまで頭が整理できなかったようです。

キャリアラダー

続いて議論のなかばくらいの場面です。北大の宮本太郎先生からいくつかご質問をいただいた中に、「私たちは連合総研の提言ではキャリアラダーを提案しているのだが、実現可能性についてどう考えるか」といったご質問も頂戴しました。
このときも、他に質問があったのに加えて、えーと連合総研の雇用ニューディールにキャリアラダーの話は出ていたかなあと思い出そうとしたものの思い出せず(思い出せないわけで、あとから見てみたら出ていませんでした。宮本先生は別のものを言われたのでしょう)、とりあえずフィッツジェラルドの本とかの一般的なものを前提にして「文書として書き出すようなやり方は基本的にうまくいかないと思う」という一般的なお答えに終わってしまいました。
まあそれに尽きているわけではありますが、いまのわが国でキャリアラダーが普及・発達しているのは医療の世界、それも看護師の世界というのが実情です。これはもちろん、看護職は職務要件や職能要件が明確に規定しやすく、それにあてはめて評価がしやすく、上位に到達するために必要なOJT・Off-JTも比較的明確だという条件が整っているからによるのでしょう。
実際、看護職はかなり流動的で、数年くらいでの転職が多く(必ずしもキャリア形成につながらないような移動も多いらしいので、いささか不思議でもあるのですが)、看護職の賃金が公定価格である診療報酬に依存することともあいまって、結果として多少の差はあれ地域によっての賃金相場みたいなものも形成されているようです(特にパートの看護職。このあたりは記憶頼りでウラを取りながら書いているわけではないので自信はないのですが)。
職務給マンセー厨のみなさま(ここでは宮本先生がそうだといいたいわけではない)にしてみれば、ほかの職種でもこうしたことができて、それが社会横断的なものになって、賃金水準もそれで決まるようになれば…とバラ色の夢想にふけるのでしょう。
もちろん、職種によってはこうした条件を満たすものもあるでしょうから、それがかなりの程度可能なものもあろうとは思います。ただ、うまくいくために重要な条件として、看護職のように供給不足・人手不足であることと、要素技能の変化が漸進的であることが必要な点には留意がいると思います。
つまり、キャリアラダーを上に上っていくと、上に行けば行くほどに必要な人数が限られてくるというのが大方の実態だろうと思われるからです。優秀な人はいくらいてもいいはずだというのは思い込みに過ぎません。典型的にはライン管理職、ポスト長といったマネージャーがあげられますが、たとえば多額の費用をかけて先端技術の実験を行うエンジニアなども、いればいるほどいいということにはなりにくいというのも見やすい理屈ではないかと思います。人手不足で、ラダーを上がっても十分な需要がある場合でなければ、決められた手順どおりに能力を伸ばして要件を満たしているのにそれに見合った職がない、ということに陥ることになるでしょう。
また、ある程度以上に要素技術の変化が速い場合には、キャリアラダーの文書をそれにあわせてメンテナンスしていくことのコストが高くなり、結局直しても直しても現実に追いつかないということになってしまう可能性があります。こうした場合は、要素技術そのものより技術変化に対応する能力といったメタレベル?のスキルを伸ばすことが重要になるわけですが、それはキャリアラダー・職務給からはかなり離れてきて、むしろ職能給の世界に入ってくるでしょう。
で、うまくいく可能性があるのは介護職かもしれません。賃金という点では公定価格が低いために労働移動を通じた相場ができにくいのが難点ですが、そこが解決されれば、今後しばらくの間に職務要件、職能要件などが実務を通じて整理されて、看護職のような体系ができる可能性はあるだろうと思います。

やられた

さて、いろいろとディスカッションがあって、予定時刻になったくらいの時間帯です。
座長の樋口先生から、「そろそろ時間になりましたが、最後になにかある方はいらっしゃいますか」といった会合を締めくくるお決まりの発言があったのですが、ここでモリタク先生こと森永卓郎委員がおもむろに発言を求め、「最後に連合にお聞きしたいのですが、現下のデフレを脱却するために、労働組合としてなにが必要だとお考えになりますか。」
うーん、労使を並べてヒヤリングをしているときに、マクロ経済について労側だけに質問しますかね。まあ、研究会ですから委員の関心事項を自由に質問して回答を求めればいいわけで、それが悪いわけではないでしょうが、ちょっとまあそのバランス感覚というものがなんといいますか(ry
で、連合の團野副事務局長は当然ながら連合の公式見解である賃金の上昇を通じて内需を振興してデフレ脱却、といった見解を述べられたのは順当な成り行きと申せましょう。
さて團野さんの発言が終わり、ここはやつがれからも一言あってしかるべきだろうと、さて申し述べるぞと(どんなことを言おうとしたかは、たとえばhttp://d.hatena.ne.jp/roumuya/20100128#p2とかをごらんください)座りなおしたタイミングで座長から「それでは時間も過ぎましたので、本日はこれで終わりたいと思います。では事務局どうぞ」と終了の宣告が。
うーん、やられた。
意図しておられたかどうかはさだかではありませんが、結果的にモリタク先生にうまいことしてやられた形となり、怪獣ブースカよろしくしおしおのぱーになって帰ってきたのではありました。