日記

私のもうひとつの担当業務は年末年始が書き入れ時で、ブログ再開予定の6日以降もなにかとバタバタ続きで更新が滞ってしまいましたが、一昨日・昨日は思わずあっさり全部負けてしまい(謎)、おかげで今日(このエントリは1月12日に書いています)まとまった時間ができました。ということで、猛然と追い上げをはかっていきたいと思います。

内部留保で雇用確保

いろいろなネタがありましたが、まずはきのうの夕刊のこれから。

 河村建夫官房長官は五日午前の記者会見で、派遣社員の雇い止めなど深刻化する雇用問題の対応策として、企業側に内部留保を活用するよう求めた。河村長官は「企業はこういう事に備えて内部留保を持っている。こういうときに活用して乗り切っていくべきだ」と強調した。
(平成21年1月5日付日本経済新聞夕刊から)

これまでも「内部留保を取り崩せば賃上げは可能」といった主張は繰り返されてきましたので、この手の意見が出てくること自体はそれほど驚きではないのですが、それではこれがどれほど現実的に可能かといえば、言うほどには簡単ではありません。
私は会計にそれほど強いわけではありませんので間違いもあるかもしれませんが、内部留保というのは基本的にはフローの概念で、未処分利益から配当や役員賞与などの外部流出を除いた、内部に残すもののことでしょう。この利益処分は株主総会の承認を要しますので、株主の意志を無視することはできません。株主がなぜ利益を全額配当せずに内部留保することを承認するかというと、建前としては「来期以降利益が減少した場合にも安定配当を行うため」というのもあるでしょうが、現実には内部留保が再投資されて来期以降さらに増益、増配が望めることや、財務体質が安定・強化されて中長期的な株主価値の安定・向上につながることを期待しているからだろうと思います。
毎期の内部留保が積み立てられたストックが準備金で、これは貸借対照表に出てきますが、このうち法定準備金を除いた任意準備金(と資本剰余金)のことを指して「内部留保」ということも多いようで、「内部留保を取り崩せば賃上げは可能」という主張もそういう意味でしょうし、河村官房長官も「内部留保を持っている」と言っていますから、ストックとしての内部留保を意識しておられるのでしょう。
そこで河村官房長官発言ですが、まず気をつけなければいけないのは、そもそも内部留保は有限であって、積み立てないかぎりは取り崩した分は減少します。内部留保を取り崩して非正規雇用を維持するという状況で積み立ては望みにくく、こうした対応は基本的にサステナブルなものではありません。
もっとも、景気が回復して雇用情勢が改善すれば内部留保を取り崩す必要はなくなるのだからサステナブルである必要はない、足元の一時的な対応を行うためには内部留保は十分あるのではないか、という意見もあるでしょう。ここで次に気をつけなければいけないのは、内部留保は必ずしも企業の金庫に入っているわけではない、ということです。バランスシートに「準備金」という項目で金額表記されているので、どことなく巨額のお金が金庫を開ければ出てくるかのような印象を与えるのでしょうが、実際にはその相当割合は生産設備や中間在庫などの形で保有されています。これらを売却して現金等に変えることは不可能ではないでしょうが、ほとんどの場合はかなりの売却損が発生するでしょうから、バランスシート上の「額面」を真に受けるのはかなり危険です。
もちろん、企業の金庫にまったくお金がないわけでは当然なく、バランスシートをみれば内部留保ほどではなくてもかなり高額の流動資産が計上されていることでしょう。これはたしかに金庫を開ければ出てくるお金に近いものです。
とはいえ、企業が活動するには、仕入代金の支払や、それこそ賃金の支払などに必要な運転資金として一定のキャッシュが絶対に必要だということには十分気をつける必要があるでしょう。実際、バランスシートをみれば短期で返済しなければならない流動負債も相当額計上されているでしょう。財務の健全性という観点では、流動資産は流動負債の2倍以上あることが望ましいとされています。しかし、現在のわが国では、大企業もふくめ流動比率が2倍を超えている企業はあまり多くないのが実情です。資金のショートは倒産に直結しますから、その費消には十分慎重であるべきでしょう。また、財務体質の悪化には格付の引き下げなどを通じて資金調達コストを上昇させるといった副作用もあるでしょう。
前述したように、内部留保は企業がその安定と成長に資するべく株主の承認を得て積み立てているものです。需要が減退していて当面増産投資の必要性が低い現状、その分は内部留保を縮小してもよいというのはひとつの考え方でしょう。とはいえ、そもそも企業活動に必要な設備や在庫まで売却してしまっては企業の存続自体危うくなりますし、今現在はとりあえず増産投資を行うような局面ではないにしても、将来に向けて行われるべき研究開発投資や、事業続行や安全性確保のために必要な老朽更新投資などを怠ることは、企業の存続にかかわりかねない問題となる可能性があります。
また、仕事がなくても雇用を維持することに内部留保を振り向けることは、来たるべき増産にタイムリーに対応し、その果実を最大に収穫することで十分お釣りのくる投資であるかもしれません。とりわけ、それなりに長期にわたって企業が人材投資を行い、技術やノウハウを蓄積している正社員の雇用を守ることは、中長期的には十分に割の合う投資である可能性は高いでしょう。
それに対し、派遣社員などの非正規雇用については、増産局面に入っても即座に労働市場からの調達が困難になるとは考えにくく、また蓄積された技能等もそれほど多くはないことから、仕事がなくてもその雇用を維持することが投資としてペイするかどうかは相当慎重に考える必要がありそうです。もちろん、それでもなお赤字を出してまでこうした雇用を維持することに社会的な役割を果たすことが企業の声価を高め、いずれは売上の増加や利益の拡大につながるのだ、という考えることも不可能ではないかもしれません。
いっぽうで、業績が厳しいときこそ、手厚い内部留保のもたらす安定性が重要なのだ、という考え方もあるでしょう。これらのバランスをどのように取っていくのかは、基本的には企業経営に責任を持つ経営トップが熟慮のうえ判断すべきことなのではないでしょうか。もちろん、労働組合などとの協議は非常に重要でしょうし、企業の規模などに応じて地域経済や国家経済への配慮といったものも必要になってくるでしょう。河村官房長官の発言は政治的にやむを得ない部分もかなりあるのでしょうが、どうしてもそれをやらせたいということであれば、非正規雇用を維持する企業への助成金とか、あるいは非正規雇用を維持している企業の政府調達での優遇など、企業の安定・成長をあまり損ねないような政策を考えるべきでしょう。あまり筋がいい政策とも思えないのではありますが…。

マージン規制ふたたび

このところの雇用情勢悪化の中で、派遣労働は目の仇にされているかの感があります。現在国会審議中の派遣法改正法案の議論の中でも出てきた「マージン規制」が、またぞろ取り沙汰されているという報道がありました。

 自民、公明両党は急激な景気悪化で雇用契約の打ち切り増加が問題になっている派遣社員の救済策を検討する。派遣会社が派遣先の企業から得る仲介料に上限を設けることで、派遣社員の報酬引き上げにつなげる案などが浮上している。
 与党の新雇用対策プロジェクトチーム(川崎二郎座長)で月内に検討を始め、労働者派遣法改正案など関連法案の通常国会提出を目指す。
 同チームは派遣会社の仲介料が派遣社員の報酬全体の約三割に及ぶと分析。仲介料に上限を設ければ、派遣社員の報酬に回る分が増えるとみている。派遣先の企業の一人当たりの労務コストが減り、雇用増につながることも期待している。
 このほか契約を打ち切られた派遣社員について、派遣会社が三カ月程度は求職を支援するよう義務づけるべきだとの意見や、企業が派遣社員の契約を打ち切る際の条件を引き上げるべきだとの声もある。ただ派遣業界の反発は必至で、やみくもな規制強化は結果的に雇用情勢の悪化につながるとの見方も強い。与党は企業側からも意見聴取するなどして、慎重に具体案を詰める考えだ。
 政府・与党が打ち出した雇用対策は失業後の対応が中心で、長期的な派遣社員の待遇改善や派遣契約の打ち切りの防止になっていないとの指摘があった。民主党が昨年の臨時国会に雇用関連法案を提出し、雇用重視の姿勢を打ち出しているため、与党内でも非正規労働者の待遇改善に結びつく制度改正をすべきだとの意見が強まっている。
(平成21年1月4日付日本経済新聞朝刊から)

「同チームは派遣会社の仲介料が派遣社員の報酬全体の約三割に及ぶと分析。仲介料に上限を設ければ、派遣社員の報酬に回る分が増えるとみている。派遣先の企業の一人当たりの労務コストが減り、雇用増につながることも期待している。」ですか…。ちょっと不自然な感じがしますが記事の文面どおりに考えると、現状では派遣先は派遣元に月26万円の派遣料金を払い、うち(平均で)3割、6万円が派遣元が得る仲介料、20万円が派遣社員の報酬、となっているので、ここでたとえば仲介料の上限を派遣社員の報酬の25%、と規制しよう、ということでしょう。
そのときに考えられる状況として、まずは与党チームが想定している(のだろうと思うのですが)ように派遣元に過度の中間マージンがあるとして、派遣先の支払う派遣料金が26万円で変わらなければ、派遣元の仲介料が約5万円に減り、派遣社員の報酬は約21万円に増えるという形で分配が変わるだろう、というものがあります。しかし、派遣会社の間に競争がある状況だと、仲介料が5万円に減るのは甘んじて受け入れ、派遣社員の報酬を20万円に据え置いて、派遣料金を25万円に下げるという派遣元がおそらくは現れるでしょう。これは当然派遣会社の減収につながりますが、もしそうした派遣元が増えてくると、派遣料金が下がったことで単に派遣先のメリットが増えるにとどまるだけでなく、派遣を利用する企業が増えて派遣労働が増加する可能性もありそうです。
もうひとつ考えられるのは、与党チームの想定とは異なって派遣元に過剰マージン?はなく、仲介料は固定費で減らすことができない場合です。この場合は、6万円が派遣労働者の報酬の25%に収まるよう、派遣労働者の報酬を24万円に引き上げなければならず、より大幅な報酬増となる可能性があります。報酬増分は当然派遣料金に上積みされますから、料金は30万円に上がることになります。価格が上がりますので当然派遣先は利用を減らし、その分は正社員の残業を増やすか、あるいはパートタイマーなど非正規雇用の直接雇用を増やすなど、コストとフレキシビリティをなるべく損なわないように対応するでしょう。この場合にもたらされるのは、派遣会社の減収、派遣先のコストアップ、および継続して就労できた一部派遣社員の増収とそれまで派遣で働いていた人の失業ということになります。なんのことはない、派遣社員の格差拡大です。
もちろん、現実には3割といってもそれは平均に過ぎませんし、過剰マージン?の多い企業もない企業もあるでしょう。こうした多様な実態の中に仲介料の上限規制を導入すれば、とりあえず派遣社員の報酬に対して高率の仲介料を必要とする生産性の低い?派遣会社が淘汰され、マッチングの効率が高まることで、ひいては派遣社員の処遇の向上も期待できる…かもしれません。
しかし、いっぽうで数多い派遣会社の中には、設計技術者派遣やIT技術者派遣などに多く見られると思うのですが、派遣労働者のキャリア形成に配慮し、人材育成を重視して、よりクオリティの高い人材を派遣することで高額の仲介料を得るというビジネスモデルを推進しているところもあります。こうした派遣会社においては、派遣社員の報酬ももちろん高いでしょうし、それ以上に派遣会社の仲介料も高いでしょう。仲介料はキャリア形成、人材育成の原資ともなるわけですから、これは当然のことです。もしここで仲介料の上限規制を導入したら、こうした派遣会社の人材育成意欲は大幅にそがれることは容易に想像できます。キャリア形成に派遣会社の協力が得られないとしたら、派遣社員の能力向上は阻害され、それは処遇の伸びの鈍化に直結するでしょう。
こうして考えると、与党チームの意図にかかわらず、仲介料の上限規制が派遣社員の報酬の向上につながる効果はあまり期待できないように思われます。
なお、ほかにも「契約を打ち切られた派遣社員について、派遣会社が三カ月程度は求職を支援するよう義務づけるべきだとの意見や、企業が派遣社員の契約を打ち切る際の条件を引き上げるべきだとの声もある」ということのようですが、現在でも派遣先が中途解約をする際には、派遣先が関連会社などでの派遣就労継続に努力すべきであることが指針で定められています。派遣会社についていえば、大方の場合はもともとの派遣契約の期間は派遣労働者と派遣会社との間の雇用関係は継続しているわけなので、これを打ち切ることは派遣会社による「解雇」であり、やむを得ない理由がなければ許されないことは当然です。残り期間も休業手当を払えばそれでいいというわけではなく、就業の安定の観点から、別途新たな派遣先の確保を図ることが派遣元に対しても求められており、契約解除の際に派遣先・派遣元がどのような措置をとるかについては、派遣労働開始時に就労条件明示書に記載されて派遣労働者に示されることとなっています(まあ、きちんとやっていれば、の話ですが…)。「派遣会社が三カ月程度は求職を支援するよう義務づけるべき」というのは、この指針を一部法律に格上げして義務づけようというころでしょうか。まあ、本来指針にそってきちんと取り組まれるべきものなのですから、派遣業界としても受け入れられないとは言いにくいところかもしれません。「企業が派遣社員の契約を打ち切る際の条件を引き上げるべき」というのも、途中解除についてであればすでに「やむを得ない理由」が必要なわけなので、それ以上に引き上げるとなると、たとえば金銭解決のようなことを考えているのでしょうか?まあ、それはそれでありえないことではない、というか、派遣元と派遣先の間では、途中解除にともなう損失をどう負担するのか、といった金銭的な調整は当然ありうることでしょう。派遣先が派遣元の頭越しに直接派遣社員になにか金銭給付をするというのは変な感じはしますが…。