労働政策を考える(15)雇用保険法改正

「賃金事情」2585号(平成22年5月5日号)に寄稿したエッセイを転載します。
http://www.e-sanro.net/sri/books/chinginjijyou/a_contents/a_2010_05_05_H1.pdf


 2010年3月31日、雇用保険法改正法案が成立して公布され、翌4月1日には施行されました。雇用保険法については昨年も改正が行われましたが、この際にも2009年3月30日に改正法案成立・公布、翌3月31日施行というあわただしい経緯をたどっており、いかにこれが喫緊の課題と考えられているのかがわかります。
 主な改正点をみていきますと、まず、非正規労働者に対する適用範囲の拡大があります。これについては、前回(2009年)改正時に雇用保険の適用基準が「1年以上雇用見込み」から「6か月以上雇用見込み」に緩和されましたが、今回これがさらに「31日以上雇用見込み」にまで短縮されました。あわせて、従来この基準は業務取扱要領に記載された内規でしたが、今回雇用保険法の中に明文で定められました。
 これについては、非正規労働者には2か月、3か月など短期の雇用契約を繰り返している例も少なくなく、前回改正で適用範囲を拡大してもなお対象とならない人が相当数いると指摘されていました。そこで、こうした人たちも対象とすべく、さらなる拡大がはかられたものと思われます(厚生労働省の試算によれば、この改正で新たに約255万人が雇用保険を適用されるとのことです)。実際、雇用見込みの短い労働者ほど失業の可能性も高いだろうことは容易に想像できるので、雇用情勢の現状をふまえれば今回の拡大も必要な措置でしょう。なお、前回総選挙における民主党マニフェストでは「全ての労働者を雇用保険の被保険者とする」とうたわれていますが、完全に全てではないにせよ、それに近づいたとはいえそうです。
 いっぽう、今回の改正では受給要件などについては見直されませんでした。受給要件まで緩和した場合には、短期の就労と離職・失業等給付受給を繰り返すといった労働者が現れることも心配されます。雇用保険が失業者の就職の促進を目的のひとつとしていることを考えれば、適切な判断といえそうです。
 次に、雇用保険に未加入とされた者に対する遡及適用期間の改善があります。これは少しわかりにくいかもしれません。
 労働保険料雇用保険料・労災保険料)は、一括して事業所の賃金総額に料率をかけて計算され、年度毎に一年分まとめて事業主から徴収されます。そのうちの労働者負担分を事業主は賃金から控除するわけです。それに対し、被保険者資格の得喪の届出は労働者一人ひとりについて都度行わなければならないため、事業主が届出を忘れるなどした場合には、事業主も労働者も保険料を納付しているにもかかわらず被保険者とならないという気の毒なことが起こり得るのです。
 これまでも、こうしたケースについては、事業主から雇用保険料を控除されていたことが給与明細等の書類により確認できる人については、保険料納付の時効である2年を上限に遡及適用できることとされていました。しかし、実際には2年を超えて保険料を納付していた人については、この上限があるために基本手当の所定給付日数が現実に保険料を控除されていた期間に応じたものより少なくなってしまう、ということが発生します。そのため、この上限を廃止し、事業主による保険料の控除が確認された時点まで2年を超えて遡及できることとしたものです。雇用失業情勢が厳しく、失業が長期化する恐れが強い中では、こうした措置も必要となるでしょう。
 また、新設された事業所などで被保険者となる労働者を初めて雇い入れた際には、労働基準監督署に保険関係成立届を提出しなければなりませんが、この手続きを知らないためにそれを怠っている事業主も稀に存在します。この場合は当然労働者は労働保険の被保険者とならず、労働保険料も支払われていないわけですが、こうした事業主については保険料の徴収時効である2年経過後でも納付可能とし、その納付を勧奨することとされました。もちろん、時効にかかっているわけですから事業主は納付を免れることができるわけですが、それも支払うよう強力に指導するということでしょうか。
 なお、これらについては施行日は4月1日ではなく、公布日(3月31日)から9か月以内の政令で定める日とされています。
 もうひとつ、保険料率の改定があります。前回の改正にあたって、平成21年度に限った特例として失業等給付に係る保険料率が引き下げられ、一般の事業については0.8%とされていましたが、これを従前の料率(一般の事業については1.2%)に戻すこととされました。
 これについては、もともと前回の改正で0.8%に引き下げる際にもかなりの異論がありました。実際、前回の改正にあたっては労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会で公労使三者による議論が行われたわけですが、その報告書をみても「雇用保険財政の過去の経験や本来の保険制度の趣旨等からすれば、現在のように雇用失業情勢が急速に悪化しつつある時期には保険事故である失業が増加することが容易に予想される中で、雇用保険料率の引下げについては、本来これを行うべきではなく、慎重に対処する必要があるが、一方で、国民の負担軽減についての政府全体としての強い要請があること等を勘案すると、特例的に平成21年度に限って、失業等給付に係る雇用保険料について、弾力条項による引下げ幅を超えて0.4%引き下げることとすることも、やむを得ないものと考える。」と、きわめてリラクタントな姿勢が示されています。さらに「労働者代表委員より、雇用保険料率について、これを引き下げる場合や引き上げる場合には本来は合理的な理由が必要であり、現在の状況においては、引き下げるべきでないとの意見があった。」との記述もあり、今回料率が元に戻されたのも、とりわけ政権交代下においては理屈の面でも経緯の面でも妥当な成り行きだったといえましょう。なお、雇用調整助成金の支出が急増しているいわゆる雇用保険2事業については、やはり現行(一般の事業で3.0%)から原則(同じく3.5%)に戻すこととされました。財政計算上は本来更なる引き上げが必要な状況と思われますが、特例的に失業等給付の積立金からの借り入れを行うことで対応するということのようです。
 最後に、今回の改正には織り込まれなかった今後の課題をふたつ紹介しておきます。ひとつは民主党マニフェストに記載されている、失業等給付の財源の「国庫負担を1/4に戻す」という点です。これは2006年に行政改革推進法で国庫負担について「廃止を含めて検討するものとする」と定められたのを受けて、翌2007年の雇用保険法改正で、当分の間本則(1/4)の55%である13.75%とされた経緯があります。これについては、今回の改正に先立つ労働政策審議会職業安定分科会雇用保険部会の報告書で、「法律の本則である1/4するのが本来」であるとされ、国の厳しい財政状況に鑑み、平成23年からの実施を確実に実現することが求められています
 もうひとつは求職者支援、いわゆる第二セーフティネットの取り扱いです。現在、平成22年度末までの時限措置として「訓練期間中の生活保障」が一般会計を財源に実施されていますが、民主党マニフェストではこれを恒久的な制度として創設するとされており、今回の雇用保険部会の報告書でも「当部会において、早期に具体的な検討」するとされています。すでに今年(2010年)2月4日に同部会で検討が始まりましたが、この制度を雇用保険会計で運用することの妥当性や、制度設計によってはかえって失業を長期化させる可能性があることなど論点も多く、拙速に陥らず慎重な議論を望みたいと思います。