スウェーデンの報じられ方

Web論座の「シノドスジャーナル」に、大阪大学非常勤講師の井田草平氏の「北欧型モデル?増税すれば幸せになれるの?」という記事が掲載されていました。http://webronza.asahi.com/synodos/2010070900002.html
ちなみにシノドスジャーナルは芹沢一也氏が主宰するシノドス責任編集の「気鋭の若手研究者たちが結集」して「アカデミック・ジャーナリズムを旗印に、第一線の論者たちが集う」「専門知に裏打ちされた言論を広く発信」するオピニオン・ブログ…ということのようです。Web論座は登場人物の顔ぶれを見ただけで私にはカネを出して読む気は起こらないわけですが、シノドスジャーナルは非常に興味深い内容を多く含んでいて読み応えがあります。いやタダですしね。まあ私にはあまり関心のない分野の話も多いのではありますが。
さて井田氏の記事ですが、あらすじとしては今回行われた参院選が消費税引き上げを大きな論点としていたところ、マスコミ(具体的には日本テレビ)による高福祉・高負担の北欧型福祉国家を実態以上に称揚する報道が行われるのは、国民に「増税をすれば幸せな社会がまっていると思いこませ」て「日本国内の消費税増税の後押し」をするのが目的だ、というものです。この主張が妥当なのかどうかは私には俄にわかりませんが、その中で紹介されていたスウェーデンの実情に関する記述が興味深かったので備忘的に転載しておきます。

…7月1日、2日と、日本テレビNEWS ZEROでは「消費税25%でなぜ成長?」というタイトルでスウェーデンの特集が組まれていた。一言でいうと、スウェーデンは税が高いが、福祉が充実していて住民は満足しているという内容だ。
 この特集では失業問題も取り上げられていた。自動車部品工場に勤めていた男性が失業したあと、職業訓練を受け新しい職種に転向する模様が描かれていた。スウェーデンでは失業したときの世話を国家がみてくれる。失業給付の給付、職業訓練の実施、長期失業者を雇う企業に補助金をだす、などの手厚い失業対策が行われている。
 たとえ雇用が流動的になっても、労働者の生活をしっかりと保障する制度。国家が失業の面倒をみてくれるので、クビになっても安心して家族も養っていける社会。その理念は非常に魅力的である。
 先日のシノドス・ジャーナルに連載された橋本努の記事でも、北欧型のモデルは賞賛されている(http://synodos.livedoor.biz/archives/1443838.html)。
 「雇用の流動性市場経済の効率性を受け入れるかわりに、労働者の生活をしっかりと保障する。これはすなわち、現在の北欧諸国を中心に模索されている、福祉国家の新しいモデルであろう」とある。
 理念としてはこのような社会が実現すれば幸せに生きていけるのだろうと思う。しかし、わたしたちは理念のなかで生きているわけではない。現実はどうなのだろうか。
 概して、80年代までのスウェーデンでは、このような制度がうまく働いていたといっていい。しかし、90年になってから制度の綻びが生じ、00年代に入ってからは機能不全に陥っているようにみえる。
 マッキンゼー・グローバル・インスティチュートのレポート(http://www.mckinsey.com/mgi/publications/sweden/sep_current_priorities.asp)では、2004年の公式失業率は4.9%であるが、事実上の失業率は17%であると報告している。公式失業率のじつに3倍である。職業訓練や早期退職などで、見た目の失業率は押さえ込まれているというのだ。
 04年というと、08年夏からの世界的なリセッション以前の話であるので、好景気であろうと不景気であろうと、基本的にスウェーデンの失業率は高いようなのだ。
 もちろん、不景気に突入するとこの傾向は強まり、09年5月からは8%〜9%程度の水準で高い失業率がつづいている。最近の失業率は8.8%である(2010年5月)。先のレポートから類推すると、現在は3割以上の現役世代が職を失っているということになる。
 失業者は43万4000人(2010年5月)だが、そのうち長期失業者が14万5000人であり、全体の3分の1が長期失業者である。もちろんここには職業訓練を受けていたり、早期退職をした者は含まれていない。
 橋本努は、北欧モデルの特徴として、雇用の流動性が確保されることを述べていたが、実態は一度失業すると、再就職が難しい。手厚い失業者対策のなかで失業者が溜まっていく。そして、職業訓練などに流れ公式統計には表れないが、10人に3人が失業するという状態がつづいているのだ。これでは「雇用が流動的」とはとてもいえない。
 またスウェーデンは若年層の失業が高い。若年層の失業それ以外の4倍程度の高さだ。2010年5月のスウェーデンの若年失業率は27.8%であった(15歳〜24歳)。実に4人に1人以上が失業している。しかし、これも公式統計の数字である。実際はおそらくこの数倍の若年失業者がいると考えられている。

 北欧諸国、とくにスウェーデンは、制度の整った模範的な国家だと紹介されることが多い。隣の芝は青く見えるのか、情報が少ないだけによい所ばかりみえてしまうのかはわからないが、実際は燦々たる状況である。
井出草平「北欧型モデル?増税すれば幸せになれるの?」シノドスジャーナル
http://webronza.asahi.com/synodos/2010070900002.html

燦々はママですが惨憺のタイポでしょう。恣意的な推測も含まれているように思えますが、宮本太郎先生も不況下ではスウェーデン・モデルがうまくいっていないことをご紹介されていますし(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090624で取り上げました)、まあだいたい実態はこんなものなのでしょう。
失業率は国によって定義や計算式が異なり、国際比較が難しいことはよく知られています。これを比較可能なものとすべくILOなどが努力していますが、課題は多いようです。(公的)職業訓練を受けている人が失業者としてカウントされないというのはオランダなどでも同様で、失業率の低い国をみるときにはこの点に注意する必要があります。もちろん、職業訓練期間中は求職活動を行っていないとすれば理屈には合いますので、これ自体が間違っているとは言えませんが、不況期にその人数が大きく増加しても失業率に反映されない点が問題になるわけです。ちなみにわが国では失業給付、訓練延長給付を受けるには求職活動が必須なのでこうした人たちは失業者としてカウントされざるを得ません。いっぽう訓練期間中の生活保障給付制度は現状では雇用保険とは独立の制度ですので求職活動をしていなくても給付されるはずです(返済免除の要件にはありますが。なお確実なウラがとれていないので私の知るかぎりで、職安が窓口なので事実上そういう運用がされている可能性は否定できません。誤りがあればご指摘ください)。なおやはりオランダでも早期退職者は失業者にカウントされていませんが、これは多くの国が同様に扱っていると思われますので逆の意味で注意が必要です。もちろん、不況期に国が金銭を給付して高齢者の早期退職を促すこと、およびその規模の如何については議論があるでしょうが。