突如として浮上してきた厚生労働省分割説、さてどんなものかと思っていたら、案外本気らしい気配がただよってきました。
麻生太郎首相が検討している厚生労働省分割の基本構想が二十五日、明らかになった。厚労省を社会保障省と国民生活省の二つに分割し、内閣府や文部科学省の一部部局と統合して再編。国民生活省には幼稚園や保育園などを一元的に担当する「少子化・児童局」を新設する。幼保一元化には与党内に慎重論が強く、首相構想がどこまで具体化できるか未知数だ。
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首相構想では年金、医療、介護を担当する社会保障省に現行の年金局、医政局、保険局などをそのまま移すとした。国民生活省には現行の職業安定局などを移管。さらに雇用均等・児童家庭局を改組し内閣府や文科省からの組織を統合、少子化・児童局と男女共同参画局の二局を新設する。今秋にも内閣府に設置する予定の消費者庁についても、国民生活省の外局に位置付けるとした。
政府の基本方針は首相構想を念頭に置く。「国民の安心生活のための行政機能強化」と題した基本方針案によると、分割・再編に向けた三つの方向性を提示。「閣僚主導に適した規模に分割する」として、大きすぎる厚労省の組織分割の必要性を明記。「年功序列を廃した柔軟な人事配置」と「民間人材の大胆な登用」などを進め、単純な人員増ではない「人員強化」の方向も打ち出す。
(平成21年5月26日付日本経済新聞朝刊から)
この厚生労働省分割説、3月31日のエントリ(http://d.hatena.ne.jp/roumuya/20090331)で取り上げた日経の記事で、連合の長谷川裕子さんが主張しておられました。案外連合から働きかけがあったのかもしれません。あるいは、連合の意を受けて民主党が打ち出そうと準備しているのを先取りしたか(これは深読みしすぎでしょうが)。
- (5月29日追記)連合の長谷川さんから「深読みしすぎ!」とのお叱りを頂戴しました。連合はこの件ではなにも動いていないそうです。実際、発端はナベツネ氏ですから、この深読みはかなり的外れでしたね。根も葉もない憶測、失礼致しました。
これが思いのほか具体化してきているわけですが、なぜ厚労省分割なのか、という理屈はいまひとつわかりにくいものがあります。とりあえず大きすぎるから分割するのだ、ということでしょうが、大きいことのメリットもある(だからこそ省庁再編でこうしたわけで)はずですし、具体的になにが問題かというのはよくわかりません。連合の長谷川さんの主張は「厚労省の扱う行政範囲が広すぎる。国会審議では、注目の集まる年金や医療など厚生分野の議論はたくさんの時間を確保できている。一方、労働分野の審議時間は少なくなっている」というものでしたが、審議時間の確保はそれはそれでやればいいわけで、そのために厚労省を分割するというのには若干の違和感があります。まあ、現実問題としてはそうなのでしょうが…。
そこで今回のこの話、「安心社会実現会議」で読売の渡辺恒雄氏が提案したのが発端らしいのでチェックしてみると、議事録はまだ公開されていませんが、ナベツネ氏の提出資料が公開されていました。それを読むと、問題点として「厚労大臣の所管範囲はきわめて広大で、一大臣で統治するのには無理が多すぎる」と指摘し、解決案のメリットの部分にも「国会答弁に当たる厚労大臣も所管事項が多すぎて、今後大臣選考に当たっても困難を伴うと思う。/雇用・年金省と医療・介護省(庁)に再分割し、それぞれ有力で専門知識と経験のある大臣を任命し、国民にとっても社会保障行政が、内閣構成上も強化されたという印象を持てば、過去の年金問題をめぐる社保庁の失点以来、信を失いかけた社会福祉行政に希望が生まれることになると考える。」となっています(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/ansin_jitugen/kaisai/dai03/watanabe.pdf)。たしかに舛添大臣が大変なのはわかりますが、副大臣もいれば政務官もいるわけで、そこは役割分担で考えるのが正論のような気もします。
さらに、麻生首相が検討を指示したとされる経済財政諮問会議の議事録もみてみましたが、幼保一元化の話の中で「先日の安心社会実現会議の時に、厚生労働省の話が出た。あの時に私が言ったのは、単なる「厚生労働省を分割しましょう」という次元の話ではなくて、国民生活関係省と医療関係に分けるという話をしたが、内閣府でやっている少子化部門なども含めて、もう一回、きちんと全体の枠を考えたい。ただ2つに分割すれば良いという次元で話をしない方が良い、という話をした記憶があるが、タイミングとしてはそろそろ時期に来ている。…経済財政担当大臣のところできちんと整理してみていただきたい。」という形で出てきていました(http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2009/0519/shimon-s.pdf)。うーん、幼保一元化のために厚労省を分割する(という話ではないでしょうが、少なくともそれが契機で)というのも不思議な感はあります。ただ、「きちんと整理してみていただきたい」と言われた与謝野大臣の記者会見録をみると、与謝野大臣は「舛添大臣の御苦労は大変なもので、今日は年金、明日は医療、明日は雇用問題、今までよくぞ1人でやってこられたと思うくらいでございまして、別に組織の改革、舛添さんのためにやるのではないんですが、全体の国民生活を守るためには、少子化問題なんかもそういう役所に吸収してというのは総理のお考えのようなので、総理のお考えに沿ってどこまで案がつくれるか、官邸と御相談しながら、やるだけやってみたいと思っております。」と発言していて、舛添さんのためではない、とは言いながら、その負荷の高さへの配慮を示しています。まあ、ナベツネ氏が言うように「内閣構成上も強化された」ということにするためには、副大臣ではダメで大臣でなければならない、ということなのかもしれません。冒頭の記事にある「閣僚主導に適した規模に分割する」というのも、そういう意味合いなのでしょう。とはいえ、厚生労働省を担当する大臣が厚労相一人だけでなければならないということもないはずで、定員の範囲内で「社会保険担当相」とか「少子化・児童担当相」とかいうのを置いて厚労省と仕事を分担するという方法もあるような気はします(気がするだけでダメな理由があるのかもしれませんが)。まあ、内閣府や文科省からも組織を引っ張ってこようとすると、分割・再編くらいの気合でやらないとダメということかもしれませんが…。
昨今の情勢をみれば、労働行政と厚生行政とが一体的に政策立案・遂行することの重要性は明らかにあるわけで(実際にそうなっているかどうかは別として)、首相自身も言ってはおられますが、ただ分ければいい、というだけでコストをかけるのには慎重であってほしいと思います。やめろというわけではなく、やるなら有意義にやってほしいということですが。