山田昌弘『少子社会日本』

「キャリアデザインマガジン」第59号のために書いた書評です。

少子社会日本―もうひとつの格差のゆくえ (岩波新書)

少子社会日本―もうひとつの格差のゆくえ (岩波新書)

きわめて大雑把かつ露骨に言ってしまえば、「モテない男は結婚できなくなった」という本ですなこれは。こう書いてしまうと救いがない感じがしますが、本当にそうかどうかは本書を読んでお考えいただくということで。
以下転載です。
 少子化問題がキャリアデザイン問題であることは論を待たないだろう。学校を卒業して就職し、「適齢期」を迎えたら結婚し、男性は職業を、女性は家庭を中心に生きて何人かの子どもを育てるというキャリアは、一時期の日本ではごく一般的なものであり、典型的な「幸福なキャリア」として人々に広く受け入れられてきた。もちろん、これはそれを望まない一部の人には大きな迷惑だろうが、とはいえ現在でも多くの人がこれを支持していることも事実であるらしい。
 ところが、今日ではこうしたキャリアを選択しない人、選択できない人が増えている。それが少子化問題であり、これまでに多くの議論が積み重ねられてきた。この本はその上に、例えば「低所得、低学歴の男性ほど結婚しにくい」といった、「できれば避けて通りたい、おおっぴらには口にしにくい」しかし多くの人が「実はそうなんじゃないか」と感じていることを率直に指摘しながら議論を展開している。もちろん、すべてが実際に明白な証拠がある指摘ばかりではないから、単なるオカルトである可能性もあり、とりわけそれを信じたくない人たちからはその点の批判はあるだろう。しかし、今日の社会的な雰囲気や気分によくなじんでいるので、妙に説得力がある。
 本書によれば、日本で少子化が進んだ要因は4つに整理できるという。まず経済的要因として、第一に結婚や子育てに期待する生活水準が上昇して高止まりしていること、第二にその反面で、若者が稼ぎ出せると予想する収入水準が低下していることがあげられている。次に社会的要因として、第三に結婚しなくても男女交際を深めることが可能になったという意識変化、および第四に魅力の格差が拡大していること、があげられている。とはいえ、期待水準の低下や収入の大幅増加は現実には困難だし、社会的に時計の針を逆に回すこともできないとすれば、「夫婦共働きをして、将来の生活見通しをたてる」ことを考える必要がある。
 こうした観点から、本書が提案する少子化対策はやはり4点示されている。第一が全若者に、希望がもてる職につけ、将来も安定収入が得られる見通しが持てるようにすること、第二にどんな経済状況の親のもとに生まれても一定水準の教育が受けられる保証をすること、第三に格差社会に対応した男女共同参画(低スキルの女性が出産後も無理なく働いて家計に貢献できる安定した職の保障)を実施すること、第四に若者にコミュニケーション能力をつける機会を確保すること、である。
 いずれももっともな提案であり、特に第三の提案はこれまでのわが国ではかなり思い切ったもので、高く評価できるように思う。人々が結婚や子ども、家庭に一定以上の価値を見出しているのであれば、効果も見込めるだろう。とはいえ、これらが本当に現実的かといえば心配もないではない。第一の提案には現実には相当程度の経済成長を必要とするだろうし、第二の提案にも大規模な財源の裏付けがいる。著者が旧日本軍の例をひいて「戦力の逐次投入」の愚を説くが、既存財源の集中投下だけでは限界がありそうだ。著者の意図がそこにあるのかどうかはわからないが、結局のところはまずはなにより経済成長が必要であり、そのための政策にこそ集中すべきだというのが、この本の議論から導き出される結論になるような気がする。