最低賃金(1)

一昨日のエントリに続き、キャリアデザインマガジンのために書いた「キャリア辞典」を転載します。
なにせバタバタと時間がないので、このブログで扱ったネタを流用しています(笑)

 最低賃金(1)

 このところ、日本の社会で経済格差が拡大している、あるいは貧困が増加している、といった批判がたびたびなされている。そして、その原因のひとつとして、「最低賃金が低すぎる」との主張が往々にしてみられるようだ。
 最低賃金(最賃)には各都道府県別に定められる地域別最賃と、労働協約の拡張適用や関係労使の申出などによって産業別・都道府県別に定められる産業別最賃とがある。産業別最賃の適用対象は限定されているが、地域別最賃は原則としてすべての労働基準法上の労働者(一部例外あり)に適用される。一般的に産業別最賃は地域別最賃を上回っているが、その適用を受けるのは全労働者の1割に満たず、地域別最賃が普及・定着した現在では屋上屋を架すものとして不要とする意見もある。
 さて最賃は毎年改定されるが、平成18年度の地域別最賃は1時間610円から719円となっている。週40時間、月160時間働けば月97,600円から115,040円という計算になる。これははたして低すぎるのだろうか。たしかに、生計費を最賃だけで賄おうとすれば生活は相当に厳しいことは容易に想像できる。一部の労働組合などは、これがいかに厳しいかをアピールするために実際に最低賃金で生活してみる「最賃生活体験」を実践するという活動に取り組んでいる例もあるようだ。 また、最低賃金生活保護の水準を下回っているケースも多く見られ、これも最低賃金が低すぎるという主張の有力な根拠とされている。働くことができずに受け取っている生活保護の額よりも、現に働いている人が受け取る最低賃金のほうが低いというのは、直観的に納得できないというわけだ。
 こうした主張にはインパクトがあるし、90年代以降の長期の経済不振の中では現実にそのような状況に置かれている人もいるだろう。しかし、親と同居していたり、あるいは配偶者に十分な収入があったりすれば、話はまったく異なってくる。最低賃金が適用される労働者の範囲は非常に広く、どんなお金持ちでも、どんな軽易な仕事でも、ほぼ全面的に適用されるというのに近い。
 そのため、最低賃金法第3条は、最低賃金の原則として「最低賃金は、労働者の生計費、類似の労働者の賃金及び通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない」と定めており、生計費は考慮すべき一要素にとどめられている。妥当な考え方であろう。これに対し、生活保護法はその第3条で「この法律により保障される最低限度の生活は、健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない」と定めており、ほぼ生計費を基準とすることとされている。生活保護の趣旨からしてこれも妥当であろう。
 したがって、最低賃金(さらには生活保護も)の水準が妥当か低いかという問題は別として、最低賃金で生計費をすべてカバーすることを前提とする「最低賃金生活」のような主張や、生活保護との比較で高低を議論することは、あまり意味がないということになる。冷静な議論が必要であろう。